閑話(クリストファーSide)
つい先日…
ガーラント辺境伯の後継者として選ばれたフェルナンドが、私の側近から外されるという出来事が起きた。
側近候補は他にも数人いる。
数日が過ぎても困ることはそれほどなかったが、どこか気持ちが不安定だ。
私にとってフェルナンドは大事な存在だったな…と改めて思う。
「クリストファー殿下!」
「あぁ…タチアナ嬢」
「宮殿にいる間に、イシス様ともう一度お茶会をしようと思っていましたのに…残念ですわ」
「そうか、イシス嬢は帝都から離れたんだったね…」
タチアナ嬢は、かなりイシス嬢のことを気に入っているらしい。会えないのが寂しい様子だ。
「殿下、何だか元気がございませんのね?」
「ん?…フェルナンドがいないから…かな」
「あのお2人に…何かありましたよね?」
鋭い!というか、まぁ…普通そう思うよな。
「あったとしても、私からは何も言えない」
「それは理解しております。ただ…イシス様が心配で…」
──────────
ガーラント辺境伯の後継者に決まったのは、ローウェン・ルイスナーという人物だった。
どうやら、辺境伯令嬢にはそもそも婚約者がいたらしいのだ。
正式な婚姻届が帝都にて無事受理され、ローウェン・ガーラントとなったことが高位貴族たちに報告された。
中には、身分に関して口を出す貴族もいたが…
ランチェスター侯爵に『じゃあ君が辺境の地に後継者として行くのか?』と問われ、黙って引き下がるしかなかった。
タチアナ嬢はイシス嬢のことを心配していたが、それは杞憂に終わった。
イシス嬢は辺境の地で飛龍に立ち向かい、見事討伐に成功したという。
炎を吐く赤い飛龍を難なく討伐した?
見目麗しいご令嬢が?
城が無傷だと?
負傷者ゼロなのか?
ランチェスター侯爵以外、父上も周りの者たちも…前代未聞のこの知らせにザワついた。
イシス嬢は私の婚約披露パーティーで一躍有名にはなっていたが、それは美しい容姿であって…飛龍や魔物などに繋がる話ではない。
父上は目をひん剥いて…書状とランチェスター侯爵の顔を交互に見ながら困惑している。
全ての者たちが、侯爵の言葉を待っていた。
「イシスは魔術師としての能力が非常に高い娘です。
フェルナンドが…それはそれは…大切に囲っておりまして。常に側に置き、決して手放しはいたしません」
父上は、パーティーで仲睦まじい2人の姿を見ていたと思うのだが…そこまでの関係だとは考えていなかったらしい。
まぁ、だから“婿入りしろ”などと言えたのだろう。
結果、フェルナンドは従わなかった。
「辺境の地を救うことこそが皇命だと、フェルナンドは心得ております。後継者となられたローウェン殿をお支えし、帝国を…帝都をお守りいたします。
イシスは、そんなフェルナンドを側で助けたい…そう私に懇願したのです。深い愛情で繋がっている2人を引き離すことは、私の力では無理でございました。お許しください、陛下」
ランチェスター侯爵は父上に一応謝罪をしていたが…その姿は…どこか誇らしげだった。
ガーラント辺境伯の望み通り、後継者は途切れることなく決まった。
忠誠心ある騎士が“最強の魔術師”付きで飛龍と魔物の討伐を引き受け、辺境の地と帝都を救い…守ると約束した。
これほどの好条件を出してきた最強カップルに、帝都という保護された場にいるこちら側から…文句など…言えるわけがない。
皇命を、まさかの方法でねじ伏せてきた。
─────────
これからどうなるのだ?
フェルナンドとイシス嬢に、婚約や結婚という事実はまだない。
彗星の如く現れた“イシス”という眩い存在に、貴族たちは群がり始めるだろうな。
それどころか、イシス嬢の高い能力が知れ渡れば…皇族、魔塔、他国…などから望まれても…何もおかしくないのでは?
たとえ既婚者だとしても、皇帝が愛妾として召し上げ…無理やり奪ったなどという話も聞いたことがあるぞ。
兄たちにもそれぞれ婚約者はいるが、婚約者は…今は…ただの婚約者だ。
もしも、イシス嬢の争奪戦になったら…
待て待て、私が心配になってどうする?
フェルナンドには手紙を出しておこう。




