40話(フェルナンドSide 37話回想あり)
飛龍襲来をいち早く察知したイシスが飛び出して行った…そう聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。
いや、多分止まったな。
昨夜、行かないでと泣いた可愛いイシス。
兄ではなく男として、私の存在を意識させることにやっと成功した…そんな“歓喜に満ちた思い”が一瞬で真っ黒に塗り潰され…記憶の端へと追いやられた。
─イシス!どこに行った!─
私が城の最上階へ駆け付けると、イシスが1人で飛龍に立ち向かっている姿が見えた。
どうやら…身体強化の術で能力を最大限に高め、飛龍に挑んでいるようだ。
強力なシールドは、飛龍の炎を難なく弾く。
宝石眼が数回激しくスパークしていたのは、おそらく飛龍を視界で捉え縛るためだろう。
私はイシスの無事を確認して、やっと自分の全身に血が通ったように感じていた。
「イシス!!1人で無茶をするな!!」
「フェル!お願い、シールドを張るのを手伝って!」
「…っ!!…君のようには…無理だぞ!」
「大丈夫!同じ場所に常に3重になるように張るの!1つ破壊されてもいいように!
後5秒で、また炎を吹くわ!」
“先読み”?!
まさか、両眼を使ってやっているのか?!
いろいろ言いたいことはあるが…仕方がない…
「分かった!」
─────────
「ご…ごめんなさい」
飛龍の討伐には成功したし、完全勝利だと思う。
だが、私の心は少しささくれ立ってしまったぞ…どう責任を取ってもらおうか。
「…もうそのくらいにしてはどうかな?」
ガーラント辺境伯に止められては仕方がない。
懲りずに…まだ出歩くようなこと言い出すイシスを部屋に閉じ込め、私はガーラント辺境伯と執務室へ向かった。
「改めて感謝申し上げる。飛龍の襲来を受けて無傷だった経験など…私は一度もない。
イシス嬢は全てを守り切った。“守る”とはこういうことなのだな。…初めて知ったよ…」
「えぇ。ですから、彼女は優秀な魔術師だと…最初にご紹介申し上げたのです」
「…っ!…」
これくらいは言っても、バチは当たらないだろう?
「先ほどは…婚姻の話が途中でしたな。一応、断る理由をお聞かせ願いたいのだが」
「はい。私はイシスを愛しております。彼女以外を妻にするつもりは…ありません」
「…そうだとは思いましたが…それは、形だけの婚姻でも拒否されるということか?」
「貴族として受け入れるべきなのでしょうが、私自身の感情に線引きができませんでした」
「それほどまでに…深く…イシス嬢を愛していると?」
「仰る通りです。そんな私が…辺境伯軍の戦士たちの命を預かり、率いていくことなど…」
ガーラント辺境伯は両目を閉じてしばらく黙っていたが、
徐ろに立ち上がると…扉の外の従者へ何かを告げてから戻ってきた。
「フェルナンド殿のお気持ちは理解した。少し、お付き合いいただけるだろうか?」
───────
城の地下室は空気が冷えていた。
食品貯蔵庫などもあるようだが、1番奥の部屋に案内される。部屋の入口にはジェンキンス殿と1人の騎士が立っていた。
「これから、シルフィに会っていただく。この者はローウェン。ローウェン…ご挨拶を」
「ローウェン・ルイスナーでございます」
「フェルナンド・ランチェスターだ」
室内に入ると、寝台の上にはシルフィ嬢が横たわっていた。全身を包帯で巻かれ、意識がないため全く動かない。
赤い飛龍の口から吐き出される激しい炎が…頭に思い浮かぶ。どれほど恐ろしかっただろうか。
小さくすすり泣く声が聞こえた…ローウェン殿だった。
何とも重苦しい気持ちのまま部屋を出た。
「フェルナンド殿、ローウェンは…シルフィと結婚する予定でした」
3体の飛龍襲来と貴族の事情で…2人の人生は大きく崩れてしまったのだ。
私が婚姻を断るのなら、シルフィ嬢の望んでいたローウェン殿と結ばせてやりたい…ガーラント辺境伯はそう考えたようだった。
その場で婚姻の手続きをし、私とジェンキンス殿が見届人となった。
「フェルナンド殿…ローウェンには何の後ろ盾もありません。どうか、後継者として立つローウェンを…支えてやっていただきたい」
「私でよければ、お力になりましょう」
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♢
2日後…シルフィ嬢は静かに息を引き取った。
ガーラント辺境伯とローウェン殿は、最期を看取ることができた。
イシスの気遣いだった。
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