32話(フェルナンドSide)
ガーラント辺境伯からの手紙を読んで、私はしばらく何も話すことができなかった。
1週間前、飛龍の襲来があったという。
通常、飛龍は単独行動。
その巨体を討伐するのは1体でも至難の業で…辺境伯側も当然無傷ではいられない。
なのに…飛龍が3体同時に現れたというのだ。
ガーラント辺境伯と長男アレン殿、長女シルフィ嬢が、それぞれ1体ずつを討伐したという話だった。
その結果、アレン殿は命を落とされた。
そして…シルフィ嬢は飛龍の炎に焼かれ…瀕死の状態だという。
飛龍の炎には毒がある…どんなに治療をしても、身体の内部から腐っていく恐ろしい猛毒だ。
助かる見込みはない。
アレン殿とシルフィ嬢は、幼いころから辺境の地を守る戦士として育てられた戦いのプロだ。
その貴重な戦力、何より愛する2人をガーラント辺境伯は一度に失った。
「次の飛龍の襲来がいつかは分からないが…今の状態では討伐できる保証がない。そう皇帝陛下へ申し出があったそうだ。
3体の飛龍によって辺境の地は大きく戦力を削がれ、アレン殿という跡継ぎを失い…緊迫した状態となっている」
「……えぇ……」
「フェルナンド。
ガーラント辺境伯が皇帝陛下へ宛てた書状には『娘の命が尽きる前に婚姻契約を結びたい』と書き記してあった。
これは…皇帝陛下に婚姻の許しを兼ねたものとなる…」
「………………」
「婚姻相手として後継者に望まれたのは…お前だ」
「…っ…それは…」
「現状、帝都への被害はない。アレン殿やシルフィ嬢のことは、我々軍事に携わる者以外には知らされていない。
後継者が決まるまでは…公にはならないということだが、今すぐに辺境の地へ誰かが行かなければならん」
父上は無表情だった。
侯爵家の当主として、感情を表には出さず…話すべきことを優先しているのだ。
「ガーラント辺境伯は、お前の剣士としての腕を見込んで申し入れたようだがな。
婚約も何もない…いきなり婚姻となるが…陛下は特例としてお許しになった」
「それは!…皇命と…いうことですか…」
「少し…違うな。お前が了承すれば、という条件付きだ」
そんなもの、あってないような条件ではないか!
私は絶望した。
「シルフィ嬢は…余命幾許もない。アレン殿と奥方の間にはまだ子がいなかった。ガーラント辺境伯は後妻を迎えない…となれば、結果的に…跡継ぎの血は途絶える。
厳しい辺境の広大な領地を担いたいという血縁者は、1人もいないらしいからな」
今回のようなことがあっては…身近な者ほど継ぎたがらないのかもしれない。
血の繋がりが無理なら、残すは婚姻による繋がりのみ。
血縁のない者が後継者として辺境伯軍を率いるには、必要不可欠な“契約”が婚姻だ。
辺境の地を守るものに求められるのは、強い帝国への忠誠心。
裏切ることは許されない。
故に、血縁者であっても継ぎたくない者に任せることはできないのだ。
“私が了承すれば”という条件がついているのもそのためだ。だが、断れば…忠誠心がないと言ったも同然。
どこにも逃げ場はない。
「シルフィ嬢を妻としても…残念ながらその時間は長くはない。お前は、すぐに次の妻を迎えることになるだろう」
「次の妻を、イシスにしろとでも?!」
「このままでは…必然的にそうなるという話だ」
イシスを妻にすることはできるのだから、それで納得しろと?
─吐き気がする─
辺境伯の後継者として、形式だけの婚姻だと理解している。だが…それでも…受け入れられない。
拒絶反応で頭がどうにかなりそうだった。呼吸が浅くなり…わずかに意識が遠のく。
「フェルナンド!しっかりしないか!」
「…父上…私は…」
「お前を追い詰めるつもりはない。少し落ち着け」
「……………」
「そんな状態では、後継者など到底無理だな」
「…父上…?」
「…この話を聞いた時は、私はお前を差し出すしかないと思っていた。だが、魂の抜けたお前では役に立たん。
婚姻が嫌なら自分で断れ!」
「よ…よろしいのですか?」
「苦境に立たされている辺境の地を救うことがお前の役目だ。やり遂げれば忠誠心を示すことはできる。
お前が最も力を発揮できる状態で辺境の地へ向かえ。でないと…命を落とすぞ。親より先に逝くなど許さんからな」
「…分かり…ました…」
「結果が全てだ、お前を信じているぞ。
クリストファー殿下へも話は伝わっているはずだ。魔導ゲートの使用許可が下りた。明日、朝一番に出立しろ」




