30話(フェルナンドSide 29話前半の後)
「さて…お前の話とやらを聞こうか」
「はい。母上も…少しお時間よろしいですか?」
執務室では、イシス宛に届いた書類を母上が処理している最中のようだった。
「改まって、何かしら?」
「イシスとの…ことです」
父上と母上は顔を見合わせ…頷いた。
「父上、母上。…私は…イシスを妻にしたいと思っています。我が家に迎え入れた時から、ずっと…彼女を愛しているのです。
何があってもこの気持ちが変わることはありません。お許しいただけないでしょうか?」
「侯爵家としては、次男のお前が婿養子としてどこか良家へ望まれればと…思っていたのだが、それを諦めろということだな。
そして、イシスに対しては…兄としての立場を捨てる覚悟を決めた、ということでいいか?」
「…はい…」
「フェルナンド、あなたの気持ちは何となく分かっていました。でも…私たちに話さなければいけないことは、それだけかしら?」
私はギュッと両手の拳を握りしめた。
母上には…イシスについて話していないことのほうが多い。
ずっと前から分かっていらっしゃったのだ。それでも…今日まで待っていてくださった。
「イシスとの結婚を許していただけるのなら…全て…お話しいたします」
イシスのことは簡単には…話せない。
「許そう」
「父上っ!」
「私も、許します」
「は…母上…?!」
今までずっと…行き過ぎた行動を慎め!と、私はお2人から強く言われ続けてきた。
なのに…なぜ急に認めてくださったのだ?!
「さあ、早く話せ」
「…父上…」
「そうよ、話しなさい」
「…母上…」
「あの可愛い娘のことを全て話すのだ、フェルナンド」
「出会いから今まで…全部聞かせなさい、フェル」
…ん?…
何かがおかしい…気がする。何だろうな、この違和感は。
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私は、今までのことを包み隠さず話した。
イシスが異能力者であること、その能力、そして…なぜイシスがここに来たのかを。
父上は大体のことはご存知だったが、それでもイシスの能力については驚いていた。
母上はイシスが可哀想だと、激しく泣いていた。
この話は家族だけに留めておく…そうお約束してくださった。
アンデヴァイセン伯爵家で住んでいた小屋を燃やされ、イシスが“イルシス”を失ったあの日…火を点けたのはバジルだった。
参加するパーティーでは非常識な言動が悪目立ちし、なかなか婚約者を見つけられないバジル。
遂には子供のように癇癪を起こし…『呪われている』と言って勝手に騒ぎ立てる始末。
どう考えたってバジル自身の問題なのだが、小屋に火を点け“呪い”を消すのだと息巻いた。
伯爵家では“イルシス”と“呪い”は同義。
そして…誰もその非情な行為を止めなかったのだ。
私が見張らせていた者はバジルが火を点ける瞬間を見ていたが、それを止めることはできなかったため…魔導具で映像として証拠を残した。
イシスが小屋にいなくて本当によかったと思う。
私は適当な遺骨を小屋の焼け跡に残し“イルシス”の遺体を偽装した。
こうして、イルシス・アンデヴァイセン伯爵令嬢は完全にこの世から消えたのだ。
「バジルは今でも婚約者がいないわよ?呪い以上に、令嬢たちから相当嫌われているわ」
「それは、私が手を回しているからですよ…母上」
「え?」
そう、バジルには常に見張りを付けてある。
ところ構わず女性を襲い、暴力を振るうことは数知れず。
愚行を映像に収め、危険な行為を未然に防ぎながら…その事実を噂として流す。この繰り返しだ。
身分と金を振りかざし、下位貴族の令嬢に肉体関係や婚約を迫ることなどは普通にする男なのだから。
今のところ、全て手を回して婚約は不成立とさせている。
最近では娼館通いを覚えさせ…ひたすら伯爵家の金を使い込ませているところだ。
要するに、歪んだ鬱憤を一時的に性欲で処理しているだけの単純で馬鹿な男。一生変われない。
知れば知るほど…アンデヴァイセン伯爵家の人間は“ゴミくず以下”だ。




