29話
「本当に社交界の噂とは恐ろしいものだな。イシスがどんな令嬢か…貴族たちは気になって仕方がないようだ。
イシス、結婚適齢期なのだから…婚約者を決めることは問題ない。アデリーナと相談をして、いくつか茶会に参加をしてみても構わんぞ」
「…はい。皆様に大変ご迷惑をおかけして…すみません」
俯く私の頭を…ポンポン…と軽く撫でながら、侯爵様はガハハ!と豪快に笑った。
「娘を持つ他家の話を聞いたことはあったが、あ奴らの悩みをもっと真剣に聞いてやればよかったと…今ごろになって思う。
イシス、これは私たちがお前のためにすべき苦労なのだ。迷惑や面倒だなどとは思わんよ。
可愛いイシスが大人気で、私もアデリーナも鼻高々としているのだからな!」
びっくりした。
侯爵様がそう思っていてくださっただなんて…知らなかった。
どうしよう…凄くうれしい。
「子爵という身分だと、男爵家からもお茶会の誘いがあるのよね…とりあえず、日にちの近いものからお返事を出しましょう。
参加するなら吟味して、かなり候補は絞らないといけない…わ……よ………イシス……」
私は…両腕で…しっかりと侯爵様の首元に抱き着いていた。
まるで小さな子供みたいに。
「…ははっ…ど…どうした?…イシス…。
…これは…どうすればいいのだ…アデリーナ?」
「あなたったら、馬鹿ね…抱き締めるに決まっているでしょ!」
「うむ。そっ…そうだな…」
─ギュッ─
「侯爵様…大好き」
「ん?…そうか…ありがとう。
…アデリーナ、この娘は他所へ嫁に出したくないな…」
─ギュッ─
「アデリーナ様…大好き」
「えぇ、私もよ…可愛いイシス。
…あなた、うちには切札のフェルがいるわよ…」
その日、私は侯爵様とアデリーナ様からあたたかい愛情をたっぷりといただいた。
─────────
「イシス、婚約の打診があったって…?」
侯爵様から聞いたのかな?
お仕事から帰宅したフェルナンド様は、夕食も湯浴みもまだの状態で私の部屋にいる。
何だか…とても疲れているみたい…?
「はい、まだ増えるかもしれないって」
昼間、タチアナ様に言われたことが頭の隅にずっとあって…フェルナンド様への態度が少しぎこちないものになってしまう。
「パーティーからまだ4日しか経ってないのに。皆が…とうとうイシスの魅力に気付いてしまったな…」
「フェル兄様ったら、今日はそんなことばかり言うのね」
フェルナンド様はソファーに座って両手で顔を覆うと、大きくため息をついた。
「…ごめん…嫌だったか…?…」
「……………」
「イシスだけじゃなくて…私にも、婚約の打診がいくつかあったんだ…」
「……え……」
疲れた身体をソファーの背もたれに預けるようにして脱力したフェルナンド様は、少し困ったような…悲しそうな表情をした。
それはそうだ…婚約の打診が私にだけ来るはずはない。当然フェルナンド様にも…。
そう考えるべきだったのに、私の思考からはスッポリと抜け落ちていた。
「…これだから…パーティーって怖いよな」
「あの、フェル兄様は…結婚したいの?」
「ん?貴族の婚姻は殆どが政略結婚だ。希望が通る方が珍しいんだよ。
次男とはいえ、侯爵家の一員であることに変わりはないからな…それなりの役目や責任はあると思っている」
つまり、フェルナンド様は近い将来誰かと結婚をするかもしれないってこと…
そう理解した時、私の心臓は早鐘のように打っていた。




