21話
「イシス、準備はできたか?」
「あと少しよ…フェル兄様」
今日は第三皇子殿下の婚約披露パーティー、そして私の社交界デビューの日。
1年前には想像すらしていなかったこと。
見ず知らずの私を優しく見守ってきてくださった侯爵家の皆様方へは、本当に感謝の気持ちでいっぱい。
ミリアムさんが美しく結い上げてくれた黒髪には、フェルナンド様が選んでくれたサファイアの髪飾りがとてもよく似合っている。
私の身体への負担を失くすため…と、コルセットを使わない特注のドレスは、腰から裾にかけて広がる柔らかなドレープが美しく、優しい雰囲気に仕上がっている。
夜会用のドレスとしては、やや肌の露出が控え目のデザインとなっているらしい。その分…高級なレースを首元や袖にたっぷりと使用した贅沢な一品で、私のお気に入り。
「…はぁ…とても綺麗だよ、イシス。社交界デビューおめでとう」
目を輝かせ、笑顔でおめでとうと言ってくれるフェルナンド様…私よりうれしそう。
「フェル兄様も…騎士の正装が素敵です」
ランチェスター侯爵家としては当主夫妻が出席するため、フェルナンド様は殿下の側近としてパーティーに参加なさいます。
濃紺の騎士服には皇族に仕える証として豪華な金刺繍が施されており、その上から羽織る白いマントは騎士としての清廉さを表している。
長めの髪を後ろで少し束ねた姿は、いつもよりグッと大人っぽくてドキドキする。
もう…本当にカッコいいんだから!
「ん?耳や首の飾りはどうした?」
私の頬にそっと手を当てて撫でながら、フェルナンド様が不思議そうに聞く。
「ふふ…くすぐったい。
繊細なレース部分が美しいので、イヤリングと首飾りは少し小ぶりなものにしようかと思って」
「フェル、イシスの顔にベタベタ手垢を付けないの。全く…油断も隙もない。
イシス、この飾りはどう?」
アデリーナ様ご自身も準備があるのに、慣れた淑女は余裕綽綽。
出発ギリギリまで細かくファッションチェックをしてくださった。
────────
フェルナンド様にエスコートされ、会場に一歩足を踏み入れた途端…ザワッ…と、空気が変わった気がした。
「イシス、私の側を離れるな」
「皆様、フェル兄様を見ているのね」
フェルナンド様がパーティーに参加するのはかなり珍しい。しかも、有名人ですもの。
これほど注目されたら…オーラの視えるフェルナンド様は苦痛に違いないわ。
そこからは、とっかえひっかえ数人の貴族たちに囲まれ…挨拶したり、自己紹介したりと…忙しない時間を過ごした。
私たちのすぐ側で、侯爵様とともにアデリーナ様が目を光らせているので…おかしな輩は寄って来ない。
「あ、フェル兄様。殿下とタチアナ様よ」
皇帝陛下と皇族方がご入場、クリストファー殿下とタチアナ様の婚約を皇帝陛下が報告した後、初々しいお2人がダンスを披露し…祝宴が始まった。
「イシス嬢、私と踊っていただけますか?」
「はい、フェルナンド様。私でよろしければ…喜んで」
フェルナンド様は、緊張する私の手を引き寄せ…迷わずホールの中央へと誘い出す。
初めてのダンスは楽しくて…フェルナンド様に誘われるまま3曲も続けて踊ってしまった。
ふふっ、やっぱりダンスがお好きなのね!




