17話
それから、私の部屋でフェルナンド様と異能の訓練を始めた。
…3日ほどが過ぎたある日…
─コンコンコンコンッ!─
いつもよりかなり忙しなく扉がノックされる。
「フェルナンド様!こちらにいらっしゃいますか?!」
珍しい…ミリアムさんの焦った声がする。
フェルナンド様は、何事かと急いで部屋を出て行かれた。…が、またすぐに戻って来た。
「イシス、緊急事態だ」
「何かあったのですか?」
「アンデヴァイセン伯爵家の…イシスが生活していた小屋が燃えた」
「燃えた?火事ですか?!」
「小屋だけがな。今、見張らせていた者から小屋が焼け落ちたとの第一報を受けたところだ。詳しいことはすぐに調査する」
何ともいい難い不安と、よからぬ考えが私の中で湧き上がる。
「あの…お兄様、私がそのまま住んでいたら…」
「言うな…ここにいてくれて本当によかった。まぁ、イシスなら魔術で簡単に抜け出せたさ」
「そ…そうですね。でも、運悪く命を落とすことも…ありますよね…ね?お兄様?」
「…イシス…?」
あの小屋は無人で、火の不始末などは考えにくい。間違いなく放火による焼失だろう。
伯爵家の敷地内にある小さな小屋だけ燃やす…犯人が誰かなど、簡単に導き出せる。
燃え尽きた小屋を見て“イルシス”はもうこの世にはいない…と、伯爵家の者たちはほくそ笑んでいるはず。
ならば、逆らわず…そのシナリオに従がってみようではないか。
「“イルシス”は消えた。残ったのは“イシス”だわ」
私のその言葉を聞いたフェルナンド様は、何も言わずに頷いて…部屋を出て行った。
隣のフェルナンド様の部屋からは、日ごろは耳にしない…人の出入りの激しい音が1時間ほど続いた。
────────
私があの小屋に住み続けていたとして、何かしらの事態が起きたら…どうしただろう?
火事が起こったら、魔術で火を消した?
いいえ。
これ幸い…と、騒動に紛れて姿をくらますと思う。
それから…教会へ行って、仕事をしながら何とか生きていくわ。
“イシス”として。
アンデヴァイセン伯爵家は、たとえ私の遺体が見つからなくたって気にはしない。
不慮の事故で娘を失った…と、あっさり処理するはず。
“イルシス”はゴミくずなんですもの。始末ができて大喜びよね。
────────
「イシス、起きているか?」
夜遅く、扉の外からフェルナンド様の声がした。
「はい、どうぞ…お兄様」
扉の開く音がした後、暗い部屋の中…私が横になっていたベッドのすぐ側で人の気配がした。
「イシス…全て終わったよ。安心して」
「はい。ありがとうごさいました」
「イシス」
「はい」
「…君を抱き締めたい…いいかな…?」
何も言わずにいきなり抱き締めたら、ビックリして目薬の術が解けてしまうから…気遣ってくださっているのね。
「…ふふっ…」
「イシス?…いい?…」
フェルナンド様は返事を待ち切れないみたい。
私は…両手を伸ばし、暗闇の中でそっとフェルナンド様の腰に抱き着いた。
「…っ!!…」
ビクリ!と、フェルナンド様の身体が反応する。
「抱き締めてください」
もう先に抱き着いちゃいましたけど。
「あぁ。…可愛いイシス…私がずっと側にいるよ」
ふんわりと優しく、フェルナンド様が私を抱き締める。
あたたかくて、大きな胸の中にスッポリと包み込まれて…私は…幸せだった。
──────────
ん…もう朝?
ゆっくりと重いまぶたを開く。手のひらに温もりを感じた気がして、ふと目をやる。
あれ?…フェルナンド様…?
フェルナンド様は、ベッドサイドのソファーに座ったまま…こちらへ倒れ込むようにして眠っていた。
その手は…私の手と繋がっている。
昨日“イルシス”という存在を…私は失った。
ぽっかりと空いた心の穴を、フェルナンド様が優しさと愛情で埋めようとしてくれたことが…とてもうれしかった。
「睫毛…長い。本当に綺麗な人ね」
うつ伏せ寝のフェルナンド様。
彫刻のように整ったお顔立ちが浮腫んでなきゃいいけど。




