15話
「師匠は、大魔術師としていろんな国を巡っていた。どの国へ行っても…必ず異能の魔眼について調べていたそうだよ」
「…うそ…」
「異能は、その力を正しく使える者にしか与えられない…神からの特別なギフトなんだってさ。
それを知った師匠は、イシスの魔眼が非常に稀で強い能力であっても…たとえ周りにとって脅威の存在だとしても…なかったことにしてはいけないと思ったそうだ」
「……………」
「あのご様子だと…ここ数年は情報収集に奔走していたんじゃないかな。イシスのために、少しでも懸念材料をなくそうと考えてのことだと思う」
「そんな…私なんかのために」
フェルナンド様が悲しそうな表情で首を左右に振る。
「違う…イシスだから…だ。君は師匠にとって大切な弟子。この先も変わらずずっとね。
分かったら、もう自分を卑下しないで」
「…ひげ…?」
「んー。イシスは…魔術が使える?」
「はい」
「皿洗いができる?」
「はい!」
「可愛くてガッツがある?」
「ん?ガッツ?…う…う~ん?」
…ギギギ…と、まるで錆びたブリキのおもちゃみたいにぎこちなく首を傾げる。
「ハハッ…君は優秀だ。私は、イシスみたいに手早く綺麗に皿洗いはできないよ?」
「お兄様にはできないけど、私にはできるってこと?」
「そうだね。だから…イシスにはもっと自信を持って欲しいし、この先いろんなことを経験して欲しいと思うんだ」
「…自信…。そっか…お兄様、私…マナーも頑張って覚えてみます。できることが増えるのは、私にとってプラスになるんですよね!」
「うん。………いい子だ………」
──────────
「訓練?」
出会って5日目の夜、フェルナンド様は『異能の訓練をしよう』と私に言った。
「そう。もう少しこの生活に慣れたら…と思っていたんだけれど、イシスはもう皆に可愛がられているし…ね」
可愛がられているのかな?
昨日は…昼から夕方までアデリーナ様とずっと一緒にいた。
昼食の時には食事のマナーを教わり、おやつの時にはお茶とお菓子を飲んだり食べたり。
あ、カーテシーっていうご挨拶の基本であるお辞儀も教わったの。今までは…ただ頭を下げる挨拶しか知らなかったから、できることがひとつ増えた。
食事は勿論だけど、お茶を飲むにも作法がちゃんとあって、お貴族様って本当に大変だなと思う。
今朝は…アンドリュー様とカイラ様、お子様たちと朝食をご一緒した。
朝食はいつもご家族4人で召し上がるそうだから…お邪魔じゃなかったかな。
「侯爵家の皆様には、とてもよくしていただいてます。
そういえば、伯爵家のほうは特に何も異常ないのでしょうか?」
「うん。異常なしとの報告を受けている」
やっぱりね。
“イルシス”は、伯爵家に存在していないんだもの。
“イシス”はこんなに幸せなのに。
「そうですか」
「…イシスは…まだ伯爵家に戻りたいか?」
え?
たった5日間だけど、侯爵家で“家族のあたたかさ”を知ることができた。
それは、師匠や薬師から与えられた愛情とはまた少し違う“あたたかさ”だった。
最初は…伯爵家に帰ると言ってあんなにフェルナンド様を困らせたのに、今ではもう…
「戻りたく…ありません」




