閑話3 (フェルナンドSide)
やっと、イルシス嬢と思われる少女と話をする機会を持つことができた。
平凡な容姿に变化しているが、不思議と眼力がある。
大魔術師グランド様の名を出すと、少女のオーラがわずかに反応を見せた。
この時点で99.99%イルシス嬢だと確信していたが…私は少女の逃げ道をサクッと塞いで答えを急かす。
やはり、この少女がイルシス嬢で間違いなかった。
今は“イシス”という名で街に働きに出ているらしい。
「兄弟子さま、私は大丈夫ですよ」
伯爵家から救い出したいと話す私に、イルシス嬢はその必要はないと答える。
私は耳を疑った。あんな仕打ちを受けていて…なぜだ?!
守ってやりたいのに…
そう思ってイルシス嬢を見つめていると、突然『あっ!』と大きな声を出すものだから驚いた。
オーラは少し不安を表しているが、变化の術に異常はない…魔眼に何か起きたのか?
私は着ていたコートを脱ぐと素早く彼女を包み込み、抱き上げて近くに待機させていた馬車へと駆け込んだ。
目薬の効果が切れたイルシス嬢の瞳は、宝石のように輝いていた。異能の魔眼がこれほど美しいものだったとは…。
抱かれたままでいるのが恥ずかしいのか…頬をほんのりとピンク色に染め、口元をキュッと引き結び、緊張で小さな鼻をヒクヒクさせている。
こんな姿…可愛らしいとしか私には表現できない。
「よく生きて来れたな。これからは私が側にいる…心配はいらない」
『兄弟子さま』と呼ばれると、私の中に潜んでいた庇護欲というものが刺激されてしまう。
とにかく、邸に連れて帰って休ませてやらなければ。
「少し…休むといい」
私はイルシス嬢を眠らせた。
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ランチェスター侯爵家に着くと、私のすぐ隣の部屋にイルシス嬢を寝かせ、メイド長には楽な服に着替えさせるよう命じた。
「フェルナンド様、差し出がましいようですが…医師の診察が必要なのでは?
あまりにお痩せになっていて…お可哀そうです」
「メイド長、彼女のことは“口外禁止”だ」
「…畏まりました…。では…私が責任を持って、誠心誠意お仕えいたします」
「あぁ…そうしてくれ。必要なものがあればすぐに取り揃えて構わない。…少し席を外す…頼んだぞ」
私はその足で、父上と兄上の執務室へと向かった。
「…そんなに酷い状態だったのか…」
私の話を聞いた父上と兄上は眉をしかめ…イルシス嬢を虐げていたアンデヴァイセン伯爵家へ強い嫌悪感を示した。
「皇族の“影”がイルシス嬢の件を確認済みならば…まぁ…構わんだろう。いい判断だったな、フェルナンド。
だが、お前も分かってはいるだろうが…あまり好き勝手もできんぞ?イルシス嬢は何と?」
父上にそう言われて、私は返答に困った。
「それが…貴族にも社交界にも興味はないから、今のままで大丈夫だと。グランド様にも元気だと伝えて欲しいと言っていました」
「…は?…何を…そんな馬鹿な…」
父上は驚いていた。
社交界は別として、あの暮らしぶりであれば…少なくとも伯爵家からは逃げ出したいに決まっている。
誰もがそう考えるのに、イルシス嬢本人は全く気にしていないのだ。
「メイド長が哀れむほど痩せた少女が、大丈夫なわけがないだろう?」
いつも冷静な兄上まで困惑した様子だ。
「イルシス嬢は魔力に保護されて、あの状態でも何とか維持できたのだと思います。
いや…もう感覚が麻痺しているのかもしれません。今の自分を太ったと言っていたくらいですからね」
「「絶対に伯爵家へ帰してはならん!!」」




