1話
カーン…カーン…カーン…カーン…
時刻を知らせる鐘の音が、どこか遠くで響く。
「イシス、今日の夜は貸し切りなんだ。片付けはもういいよ、後は私に任せときな!」
帝都の中でも特に賑やかで大型の商店が立ち並ぶメインストリート…その一角にあるレストラン『シャンテ』。
朝7時から開店して、ランチの営業は16時まで。
一旦店を閉めた後、18時からはパブとして酒類を主に提供する夜の営業を始める。
「え?…お任せしてもいいんですか?」
女将さんの言葉に、私はキョトンとして…洗い場にある皿の山を眺めた。
私“イシス”は、栗色の長い髪に黒い瞳をした…“どこにでもいる”17歳の少女。
夜の営業時間に働くことは女将さんのお許しが出ていないため、一番忙しいランチタイムの洗い場係として雇われている。
「あぁ、店は貸し切りだけど…10人ってことらしいから、そんなに忙しくないんだ。洗い物なら空いた時間に私がやっておくよ!」
女将さんは、一言でいうと見た目も中身も豪快な人。
でも、とっても優しくて…いつも私を気遣ってくれるし、何より働き者なの。
「分かりました。ありがとうございます、女将さん!」
貸し切りは、10人以上の団体様から。
ということは、今夜は…お客様としては人数が少なくて楽なのかもしれない。
そう考えた私は、早めに店を出てもよさそうだと思った。
厨房には女将さんの旦那さんと息子さん、フロアーには女将さんと娘さん。レストラン『シャンテ』は…家族経営。
洗い場には、私の他にも4人が雇われていて…交代で勤務している。
手早くエプロンを外し、皆さんへご挨拶を済ませる。
店の裏口から勢いよく出たところで…男性とぶつかってしまった。
「あっ!」
「…っ!!…おっと…」
鋼の様にガッチリした身体に体当たりした私は、弾かれて転びそうになった。
とっさに手を伸ばした男性が…私の手首と腰を掴んで抱え込んでくれて…危機一髪救われた。
「…うわっ…軽っ!!」
「キャッ!…すっ、すいません!」
男性の顔を見上げた瞬間…眼の前がグラリと歪み、頭の中を掻き乱される感覚がした。
─しまった!─
私はパッと男性から離れ、顔を両手で覆うと…ペコペコ頭を下げながらその場から走って逃げ出した。
──────────
…ハァ…ハァ…
大通りからは離れた路地へと入り込み、わずかに痛む頭を押さえ…乱れた息を整える。
ぶつかったあの男性が…誰かと話をしていたり、剣を振り回していたり、豪華な部屋で書類を見ていたり…そんな様々な映像が頭の中をグルグルしている。
ギュッと目を閉じてやり過ごす。
「…終わっ…た…?」
ほんのわずかな時間だったと思うけれど、まだ頭はぼんやりしている。
「はぁ…術が解けちゃうなんて…」
黒くしていた“イシス”の両眼の瞳は…右眼が金色、左眼が赤色に戻ってしまっていた。
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