10 よみがえる思《おも》い出《で》の味《あじ》
私は世界ノ珍品堂という店に向かった。
いろんなスパイスの香りがいりまじる店内には、ワニ肉だのウサギ肉だのシカ肉だの、スーパーでみることのないめずらしいものがところせましと並んでいる。
うわぁ、ワニなんてウロコと爪までついているよ。どうやって食べるのかな。
いや、世界のどこかにこれを食べているから、店にあるんだよね。
変わりダネがならぶ店で、中学生の私は明らかにういていた。
そしてついに、カエル肉をゲットした。
何語かわからないパッケージの上に日本語のラベルシールがはりなおされていて、食用ウシガエルと書いてある。
うへー、……形がまんま、カエルだ。
カチカチにこおっている。
カエルってみどり色の皮をはぐとピンクなんだ。
ショーケースのガラスに、カエルを抱える私がうつっている。
えほんに出てくる悪いまじょになったきぶん。
家に戻って、自然かいとうされるようにカエルを冷ぞう庫にいれる。
今日の営業がおわってから、私たちはカレー作り取りかかった。
カエル肉はほどよく溶けていてぷるんぷるんだ。
父さんは真剣なかおでカエルからホネをそいで、細切れにしていく。
フライパンにバターを引いて、長ネギといっしょに炒める。
ジュワ! といい音と香りが広がる。
そこに小麦粉をよくからめる。
ショウガとニンニクもすりおろしてくわえる。
「あらら、カエルってこうして火を通すと本当にトリ肉みたいなのね。初めて見たわ」
「俺も、じぶんちでカエル料理を作る日がくるとは思わなかった。調理師学校のころもカエルなんて使ったことがない」
母さんの感想に、父さんもうなずく。
火が通ったら昆布だしを注いでカレー粉を入れ、じっくりと煮込んでいく。
こうして、ついにカエルカレーが完成した。
皿にごはんをのせて、カエルカレーを盛りつける。
雪路はこれまでにないほどのいきおいでかぶりついた。
「これだ、この味だ!! 草凪といっしょに食べたあのごはんだ! わしはこれを食べたかったのだ!」
「ほんと!? やったぁあ!!!!」
ついに私たちは、ご先祖さまが作ったカレーの再現に成功した。
三人でハイタッチ!
雪路が大好きだというカレーを、自分たちでも食べてみる。
トリ肉のような舌ざわりなのに、なんとなく白身魚にもにている。
あっさりしたカレースープのような。でも、しっかりスパイスを入れて煮込んだおかげでおくがふかい。
この味を知っていたら、たしかにブタ肉と野菜ゴロゴロカレーはちがうという感想になる。
「ふしぎな味。明治時代のカレーってこうなんだね」
「雪路が俺の店のカレーを思い出の味とちがう、と言うわけだな。たしかにカエルのカレーは、うちのカレーとはぜんぜんちがう」
父さんはカレーを食べてうなった。
「少ないヒントをたよりに料理を作るなんて、推理小説のたんていになったみたいで楽しかったわね。雪路のおかげで貴重な体験をできたわ。ありがとう、雪路」
母さんもえがおでおかわりまでもっている。
カレーをきれいに完食して、雪路はうれしそうになく。
「ありがとう、誉、千夏、マコト。わしはとてもまんぞくしたぞ。あのとき食べたのとおんなじだ。こうして心をくだいてくれる食べ物のなんとうまいこと。どれほどときが流れようとも変わらぬものはあるのだな」
「……雪路、カエルカレー食べられて良かったね」
「ありがとうな、雪路。大昔の料理を再現するなんて、料理人としてとても楽しい経験だった」
「わたしも楽しかったわ。キツネのあやかしとおしゃべりして一緒にカレーを食べたなんて、だれかに言っても信じてもらえなさそうだわ」
父さんと母さんも、しんみりしてる。
「ふふふ。お主たちなら作ってくれると信じていたさ」
雪路はシッポをふって出ていく。
「草凪の、とおいとおい子どもたち。わしはおぬしらに会えてうれしかったぞ。また気が向いたら食べにくるから、よろしくな」
そう言って、日の落ちた夜の町に消えていった。
……雪路は、私と父さんが、草凪さんではないととっくに気づいていたんだ。
わかっていて、友だちの草凪さんと同じようにせっしていた。
次に雪路が来るとしたら、また百年くらいたったあとなのかな。
私の孫やひ孫の時代に。
きっと、私はもう雪路と会うことがない。
おフロに入ってパジャマにきがえたら、布団にもぐり込む。
布団の取りあいがないのが、ほんのちょっとだけ、さびしい。
せめて百年後でなく、生きているうちにもう一回来てくれないかな。
そうしたら私は、キツネの友人のためにカエルカレーを作るんだ。
「あいかわらず、キツネのくせに食い意地がはっているんだね」なんて言いながら。




