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【38】アンジェリーナ

 レオンハルト・ベルツーリ。我が国の王太子殿下だ。

 その彼が、何故(なにゆえ)に我が家の中庭へ現れるのか。

 サンディカ様や、メルク様を呼びに急ぎで来られた、という事でもないらしい。


「え、私?」


 そう。レオンハルト殿下は何故か(・・・)私の名前を呼びながら、こちらへやって来た。

 いや、本当に何故? ミーシャと私は、彼に『最も関わりが無い』でしょう。


「メルクを泣かせたな、アンジェリーナ!」

「ええ?」


 どうやら彼は怒っているらしい。興奮しているのか。

 であれば、ここは私が対処しなければならない。

 他の3人は私が招いた客人であり、私は今この場の責任者なのだから。


 私は席から立ち上がり、頭は下げずに彼と対峙した。


「そこで立ち止まりくださいませ、殿下」

「……!」


 言葉と身体に魔力を纏わせる。『威圧』する技術だ。

 意外と弱い魔獣であれば、これで怯み、引いてくれるもの。アッシュ様に習った技術だった。


 殿下は、その威圧に反応してか、距離を空けたところで踏み止まる。

 私はその行動を見て、威圧の魔力を解いた。


「……本日は、どのような用向きですか? 生憎と、私は殿下の来訪について報せは受けておりませんが」


 何者かは分かっているが、正式な手順を踏んでの来訪者ではない。

 はっきり言ってしまえば失礼だ。

 相手が王族と言えども、こちらも公爵家。卑屈になる必要はない。

 加えて、ここにはサンディカ様が居る。彼女もまた公爵令嬢で、その目の前であのような振る舞いなど。


「……アンジェリーナ!」


 私は眉間に皺を寄せる。すべて気になるし、気に障るとも言えるのだけど。

 一番は『これ』だろう。


「失礼。なぜ、そのように私の名を呼び捨てるのか。

 どうぞ、私のことはシュタイゼン公女、公爵令嬢とお呼び下さい。

 私は、いずれバルツライン辺境伯閣下、アッシュ様の妻となる身。

 親しくないどころか言葉を交わした事さえほとんどない殿方に、そのように名を呼ばれるのは不快でございます」

「……っ!」


 私は当然の主張をしたつもりだ。なのだが。

 何故か、レオンハルト殿下は私の言葉に衝撃を受けたように固まった。

 いや、だから何故……。

 言動が意味不明なのは思春期を患っていらっしゃるカルロスお兄様だけにして欲しい。


「レオンハルト様っ……! あ、あの! 私、泣かされていません……!」


 固まった殿下に、メルク様もお言葉を添えてくれる。

 そうよね。あれを『泣かせた』扱いで怒られてはたまらないわ。


「メル、ク。だが、先程、君は目に涙を浮かべて……」

「それは! そうですけど! ですが、それは別にアンジェリーナ様に何かされたからでも、言われたからでもありません! ただ、私が勝手に思うところがあっただけです! アンジェリーナ様には関係ありません!」

「ぐっ……。そ、そう、か」


 ……過保護かしら?

 もしかして、いつもメルク様の扱いはこのように?

 それは周りを疲れさせるでしょうね。サンディカ様はよくやっていらっしゃるわ。


「だが!」


 メルク様が事情を説明してくださり、一段落と思った。

 けれどレオンハルト殿下は尚も言い募ってくる。


「アンジェリーナが! 君を茶会に誘うなど! 他意があってもおかしくないではないか!」

「……なんですって?」

「は、え? れ、レオンハルト、様?」


 私は、いよいよもって不快を露わにし、殿下への視線を鋭くした。


「おっしゃっている意味が分かりません。何故、私がメルク様……シュリーゲン嬢に他意があると?

 お話しさせていただきましたのも本日が初めてですわ。

 そんな私が、彼女に一体どうして他意があるのです。非常に不愉快ですわ、殿下」

「そんな言葉が……!」


 これは駄目だ、と判断した。即断即決が辺境では重要なことだ。


「──破裂音(プロセブ)!」


 パァアン!


 ……と。私は、その場に大きな音を発生させる魔法を使った。

 これもまた威圧・威嚇などに使う魔法だ。

 大きな音を立て、相手を竦ませることが出来る。攻撃性はなく、対人でも使い易い魔法となっている。


「!?」

「きゃっ!?」

「……!」


 その場に居る3人が、大きな音に反応して動きを止めた。

 申し訳ないわね、サンディカ様。


「……王太子殿下。どうやら興奮なさっているようですが。とんとお話にならないご様子。

 私に、そのような態度の殿下に付き合う義理はございません。

 頭を冷やす事が出来ぬなら、私も相応の対応をさせて頂きますが……?」


 再び私は『威圧』を滲ませた。


「頭に水でも掛けて差し上げれば、少しは冷静になれますか」

「アンジェリーナ!」

「……ですから、名を呼び捨てにされる事は不快と申し上げましたわ。

 はぁ。サンディカ様、メルク様、ミーシャ。今日はもうお開きと致しましょう。

 このような方の相手をするだけ時間が無駄のようですから」

「……そうですわね。まったく、王太子がこのような方とは。呆れます」

「あ、あの。レオンハルト様」


 本当に不愉快極まりない。3人は立ち上がり、この場を解散するよう準備を始める。

 メルク様だけは、私に威圧されて百面相を披露しておられる王太子殿下に近寄って話し掛けた。

 危ない、と思ったけど。流石に彼女に危害は加えないわよね。


 私はもう警戒は解かず、対応させて貰った。

 サンディカ様やミーシャに害は与えさせない。もちろん私自身も自衛する。


「一体、どうしたんですか? 何故そんな。だってアンジェリーナ様は……私に何もしていません。本当に」

「……メルク」

「彼女の言う通りです。先程から不快ですよ、殿下。

 当然、本日の事は王家に抗議させていただきます。

 公爵令嬢が二人揃ったお茶会への乱入など。何を考えておられるのか。

 そもそも、ここまでどうやって来られたのか」


 私は威圧を滲ませながら、そう詰める。当然、距離は開いたままだった。

 男性相手であろうと、剣を持っていなかろうと、今の私は簡単に屈する気はない。

 一線を越えて暴力でも振るうおつもりならば、当然に反撃させて貰う。


 だけれど、そうして私が彼を冷たく睨み付けると。

 それだけで彼は、またショックを受けたような表情を浮かべるのだ。

 いや、だから何なのだ、一体。


「……私、は。アンジェリーナに、」

「シュタイゼン公爵令嬢。と、お呼び下さい。何度言わせますか?

 私とシュタイゼン公爵家、そしてバルツライン辺境伯閣下を愚弄するおつもりか」

「ぐっ……。公女……が、メルクにまた(・・)何かするのではないか、と……心配しただけ、で」

「『また』とおっしゃいました?

 私がメルク・シュリーゲン様に何かした事など、一度たりとてございません。

 そして、そうする意味も、意義もまるでない。本当に何をおっしゃっていますか?

 父と共に国王陛下に直接、抗議に参ります。王太子殿下に愚弄されたと。

 ……サンディカ様。証言をお願いしてもよろしい?」

「ええ。構いませんわ。目に余ります」

「ま、待って……くれ。アン……シュタイゼン、公女。違う……私は」

「弁明など不要。今この場で起きた事だけが純然たる事実。……残念ですわね。

 シュタイゼン公爵家は、レオンハルト殿下に、太陽の光を見ないでしょう」

「──!」


 私が告げた言葉が最終通告となった。

 レオンハルト殿下は『何故か』私に甘い対応を求めている節があるのだが……。

 何の理由があって?

 ほぼ初対面に等しい関係の令嬢に、そのように便宜を求めるなど意味不明に過ぎるし、そうする理由などあるはずもない。


 ちなみに『太陽』というのは、王家に敬意を払って呼ぶ場合の、公の場などで使う言葉だ。

 つまり今の言葉は『シュタイゼン公爵家は、貴方を王太子として支持しませんよ。むしろ反対だなぁ』という意味である。


 ……だって当然でしょう?

 今この短い時間だけでも、殿下の言動は意味不明過ぎる。

 危害こそ加えられていないが、それは私が魔術等を鍛えているからでしょう。

 ただの、か弱い令嬢であったなら、そのまま横暴に振る舞われていたとしてもおかしくなかった。


「ま、待て。違う。本当に……違うのだ」

「何がでございましょう。ただの事実に対する、当然の対応しか口にしておりませんが」

「そんな目で……私を……見るのか。アンジェリーナ、シュタイゼン……公女」

「はい?」


 私は首を傾げる。なんだろう、その縋るような視線と態度は。

 なぜ、そんな態度を取られねばならないのか。

 どの道、私に関係のない男性を甘やかす道理などないのだけれど。


「レオンハルト様? ……レオンハルト様は、アンジェリーナ様のことがお好きなのですか?」

「……! ち、違う……! メルク、それは違う……!」


 メルク様の態度が冷たく凍り付いた気がした。


 それは……何と言えばいいのだろう。

 先程まで、彼女なりに精一杯頑張っていたけれど、まだまだ至らない可愛らしい令嬢、という風だったのが。

 その一瞬で、一気に大人びたような、そんな雰囲気になった。


「……ですが、貴方の態度は、言葉は、そのように私には見えました」

「違う!! メルク、違う!」


 修羅場かしら……? ええ? それは帰ってからやって欲しい。

 私を巻き込まないで。本当に。


「でしたら、先程から一体、何だと言うのですか。アンジェリーナ様を何故、責め立てるような真似を?」

「それは! それは……! メルク、君が! アンジェリーナをずっと疑っていたからだ!」

「えっ」


 あら? 私を? メルク様が?

 疑うって。一体、何を疑われていたのかしら。

 ああ、レオンハルト殿下をお慕いしているやも、と?

 ……迷惑!


「……疑われる素振りなどしたこともありません。実際に彼女に何かした事もございません。

 学園に入る前より、私には愛する(・・・)婚約者アッシュ様が居ます。

 メルク様がご懸念なさった事情も分からなくはありませんが、その点についても彼女に既に答えております」


 私は、勢いのままに。もしも、そういう疑いを向けられているのなら。

 もしも、殿下にまでそんな風に考えられていたのなら、と。

 それは非常に不愉快なことなので、言葉を続けた。


「私、アンジェリーナ・シュタイゼンは、レオンハルト・ベルツーリ殿下に対して、想いを寄せる心はございません。

 殿下に対し、王族として敬意は示しますが、それだけ。

 私は、レオンハルト殿下に対し、男性としての興味がありません。全く。欠片ほども。

 私が愛している男性は、後にも先にも只一人だけ。

 アッシュ・バルツライン辺境伯閣下のみが、我が最愛でございます。

 ……お二人の関係にまで口を挟むことはございませんが、この点を疑われるは許し難きこと。

 ましてや、ありえぬ恋情を理由に騒ぎ立てられるのは度し難い。

 どうか、もうお引き取りを。これ以上の問答を私は必要としておりませんので」


 そう、私は言い切った。思いの丈も、すべて。


「あ……」


 そこで。ようやく何かしら、心が折れたのか。レオンハルト殿下は膝を突いてしまった。

 いや、お帰り下さいませ。脱力している場合ではございませんわ。


「どうして。私が疑って? でも……」

「メルク。……君は。……アンジェリーナ」


 だーかーらー。名前で呼ぶなって言っているでしょうに。

 そろそろ私でも怒ってしまうわよ。というか、怖い。

 どうして頑なに名前で呼ぼうとなさるの?

 え、もしかして今まで、そんな風に私の名を頭の中で呼んでいた?


「……名前で呼ばないでいただけます?」


 私は、怒りを通り越して、気持ち悪くて怖い……という心理状態に至った。

 なので控え目に名前呼びへの指摘を主張。少し引いてしまう。

 なので一歩下がって、殿下を見据えた。

 そんな私の態度に、殿下はまた余計に傷ついた顔をする、という……もう! 鬱陶しい!


「──そこまでにしていただこう、レオンハルト殿下」

「えっ!」


 そこで。思わぬ声が聞こえてくる。この声は、まさか。


「アッシュ様?」

「ああ。アンジェ。また来てしまったぞ」

「ええ?」


 そう、そこにはアッシュ様が立っていた。

 悠然と歩き、こちらに近付いて来て、アッシュ様は私の肩を抱いた。


「アッシュ様。何故。今日は、こちらに?」


 ここはシュタイゼン公爵家の屋敷だ。つまり場所は王都である。

 いくら街道を整備して、以前より速く行き来できるようになったとはいえ。

 そう、ほいほいと王都に現れていい方ではない。


 もちろん嬉しいのだけれど。


「うん。まぁ、例の如く、匿名の一報が入ってな」

「またですか。前回の件は、割と的外れだったような……今回も信じられたのですか?」

「……アンジェが心配でな」

「アッシュ様ったら」


 それはそれで心配なのだけど。

 手紙で簡単に誘き出される方だなんて。これは私がフォローしなくてはいけないわね。


「今回は、カルロス公子の手引きもあり、既に屋敷内に控えていた。

 すぐに馳せ参じても良かったのだが……アンジェが自力で対応してしまったから。

 口出しするのも、と思ってな。

 どうやら殿下も凶器の類は持って来ていない様子だったし。

 アンジェが活躍する武勇伝が増えるとアリアが喜ぶんだ」

「ちょっと待ってください。それは、つまり、さっきから私を見ていた、聞いていた、ということですか?」


 え、待って。それはつまり、さっきの台詞も……。


「……ああ。聞いていた。いつでもキミを守れるように、と」

「ああああああ……!」


 告白! ほとんど愛の告白を聞かれていた!

 アッシュ様も頬を赤く染められて……!

 なんて恥ずかしい……!


 あっという間に二人の世界になりかけたが、アッシュ様は厳しい声を掛ける。

 私の肩は抱いたままだ。


「レオンハルト殿下。如何様な思惑かは存じあげません。ですが、アンジェリーナは俺の妻になる女性だ。

 親し気に名を呼ぶことは、どうかご遠慮願いたい。

 また彼女の名誉を傷付ける言動は許せない。

 当然、王家への抗議にはバルツラインも名を連ねさせていただく」

「……バルツライン、卿」

「……臣下として言わせていただきます、殿下。

 殿下に必要な話し合いは、アンジェリーナとではなく、そちらのシュリーゲン嬢となさるべきかと」


 アッシュ様の言葉に、メルク様とレオンハルト殿下は気まずそうに視線を交わした。

 どうやら想い合っていないわけではない様子だ。

 私は、この二人の間に挟まる気は毛頭ない。

 王家の進退としては気にすべき事であるが。


「自分が責任を持ってレオンハルト殿下を護衛していこう。アンジェ、それでいいか?」

「はい。お任せします、アッシュ様」


 アッシュ様の手を借り、レオンハルト殿下にはご退場願うことにした。

 メルク様は困ったような表情で、私と目を合わせ、頭を下げる。

 私は『構わない』と手振りと表情で示して応えた。

 メルク様は、アッシュ様たちの後を追っていく。


「……騒がしい日でしたわね。お疲れ様、アンジェリーナ様」


 サンディカ様がそう労いの言葉を掛けてくださる。

 そして、ふと私は屋敷の方へ視線を向けた。


「あ」


 そこにはカルロスお兄様とフリード様もいらっしゃった。

 お二人共、それぞれのパートナーを守る気でいらしたのだろうか。

 アッシュ様に場を譲ってくださったみたいだけど。

 レオンハルト殿下の行動は筒抜け?

 それならば未然に防いで欲しいものなのだが。


「サンディカ様は、レオンハルト殿下の後を追わなくてもよろしいのですか?」

「……構わないでしょう。あの情緒では先が思いやられますもの。私、今回の一件で決めましたから」

「そう、ですか。…………お義姉様(・・・・)とお呼びした方が?」

「いずれね」

「あはは……」


 うん。まぁ。色々な将来の行く末が、この短い時間で決まったようだった。


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サンディカ様の返答いつもクールでかこいい
デニスも王子もメルクが好きなはずなのに 前回の婚約者の心が自分に全くないと知って折れるって……プッ
[一言] サンディカお義姉ちゃん!
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