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旅の始まり

設定の説明回なので、センパイと後輩のくだりは、理解できなくても問題ありません。興味なければ読み飛ばしてください。



 ガタガタと揺れる馬車。夜には瞬く星とお月様。街から離れて明かりが無いせいか、今にも落ちてきそうな、満点の星空だった。そして手にはいつの間にか中身が補充される、不思議な酒瓶。


「めちゃくちゃ綺麗だな。星ってあんなにいっぱいあるんだ。星がない場所を探す方が難しいくらい」


 つぶやきながら、グイっと酒をあおる。脳天から突き抜ける快感。酒で熱くなった息を吐きだす。

 酒のつまみがなくても、星空が綺麗なら酒はこんなにも美味い。

 

「ほとんど星座の知識がないのが悔やまれるなぁ。詳しければ、ここが地球かどうかくらい分かったかもしれないのに」


 オリオン座と北斗七星くらいしか知らない。だが見たところそれらしき星座は無かった。


「これからどうなるんだろうなぁ。ワケのわかんない世界だし。これが現実かどうかも怪しいし」


 死神との闘いで傷ついた身体がズキズキと痛むが、何とか動ける。けっこうな大怪我だったと思ったけど、自分の血を見てパニックを起こしてただけで、あの時死神が言っていたようにそれほどの深手では無いようだ。情けないけどしょうがない。こちとら元々、現代日本のイチ市民だ。たぶん。


「夢と言えば、ちょくちょく前世っぽい夢をみるよな」


 それまではただの夢だと思ってたけど、死神との死闘で気を失った時に見た夢はずいぶん印象的だった。死神に勝った技も、夢の先のオレが体得していた技だった。


「技の名前、なんていったっけ」


 今でも、あの技を使えるのだろうか。死神と闘った時はいつの間にかあの技を繰り出してたから、意識して使えるのかどうかは分からない。


 分からないと言えば、分からないことだらけだ。


 もういい、酒を飲んで忘れよう・・・


 オレは、グイグイと酒を飲み続けることにした。意識が遠くなって、この身が夢の中に落ちるまで―――。


◇◆◇


「・・・んぱい」


「・・・せんぱい!」


「せんぱい。せんぱいったら!!」


 ガクガクと肩を揺さぶられる。


 目を開けてみれば、目の前にはあきれ顔。薄いピンクの髪、金色の瞳、軽そうな笑顔。

 俺の後輩だ。


「待て。今、別世界の夢を見ていて、なにか掴めそうだったんだ。二度寝させてくれ」 


「それも夢見の研究?脳波測定機と磁場センサーを体に取り付けて良く眠れますね」

  

「夢だけが研究対象なわけじゃないぞ。ただ、夢を見ている時が一番観測しやすいだけだ」


「量子力学の"他世界解釈"―――エヴェレットの提唱でしたっけ」 


「そうだ。観測のたびに分岐していた無数の宇宙が現実化されていく。つまり、"起こりえる全ての未来"は、それぞれ別の宇宙で実際に起きている」


「起こりえる全ての未来って言われても、起こりそうもないことは起こらないんじゃないですか?」


「確率なんて、所詮は普段の生活の中で人間が安心するために作ったものさしに過ぎないさ。お前がここにこうして存在している、その確率を本気で計算したことがあるか?」


「いえ、ないですけど・・・」


「まず、お前が精子の中から選ばれた確率。1億分の1だ」


「精子っていうな」


「お前も今、言ってるだろ。さらに生命が誕生しうる、地球に似た環境の星が誕生する確率は、100億個の星が宇宙に誕生するとすればその中のたった1個だ」


「そこまで桁外れなら最初の精子のくだり要りますか?」


「それだけじゃない。例え星の環境が揃ったとしても、生命が自然発生する確率は1/10の4万乗。0.0000・・・0.1。つまりゼロが4万個のあとに1だ」


「やっぱり精子のくだりいらないじゃないですか」


「精子に固執するな。さらに他の生物ではなく人類として誕生する確率だが、進化の全分岐回数、つまり数十億分の1×人類までの生存ルートの確率。これなんか計算不能レベルだ」


「絶対、精子のくだり要りませんでしたよね」


「絶対、精子って言いたいだけだろ。これを全て合計すると、何億兆分の1どころか、数学的には"ゼロ"と言っていい確率だ。でも、その「限りなくゼロ」が目の前で実際に起きている」


「つまり、"君と僕が出会ったのは奇跡だ"って言いたいんですね!キャッ!」


「違う。無限の時間と無限の広さを持つ宇宙では、どんな小さな確率でもそれはいつか必ず起きる事象なんだ。たった一つの宇宙でもコレだ。さらに22世紀になってから科学機器の進歩によって解明された宇宙のインフレーション現象とマルチバース現象は知っているな?」


「そりゃ知ってますよ。こないだせんぱいが学会で発表して大騒ぎになったじゃないですか。せんぱいノーベル賞とっちゃいそうなんですもん。仮説は昔からあったやつですよね。1980年代に物理学者アラン・グースが提唱したんでしたっけ」


「そうだ。というかお前、あの学会から明らかにオレへの態度変わったよな・・・。まぁいい。宇宙の始まりに"インフレーション"と呼ばれる急膨張が起こり、その結果、泡のように"無数の宇宙"つまり、"マルチバース"が誕生した。この無数の宇宙こそ、創作で良く使われる並行世界。すなわちパラレルワールドだ」


「むふふ、学会で私、せんぱいの話ちゃんと聞いてましたから。パラレルワールドでは、過去で選ばなかった未来、つまり別の人生を歩んだ私達が確かに存在している。それも無数に。だからそこでは私とせんぱいが付き合ってる世界も確実に存在するってことですね!」


「ぐぬっ、ま、まぁ、そうだ。俺たちのこの宇宙の"外側"には、物理法則も時間の流れも様々な"無数"の他の宇宙が今もなお生まれ続けている。その宇宙群が無限に生み出される以上、その中には"俺たちが想像したどんなあり得ない世界"も、必ずどこかに存在している」


「せんぱいが研究してる"無数の宇宙"とか"別の自分"とか"パラレルワールド"って、荒唐無稽な妄想じゃなくて、昔から現代物理学で議論されてた話ですもんね」


「そうだ。そしてシュレディンガーの猫を代表とする量子論では、"観測"することが可能性を現実の物として確定させる。この量子論の"他世界解釈"では、"観測"とは人間の肉眼による観測だけじゃない。夢を見ることや想像することも、広義には意識そのものの関与、つまり"観測"していると言えるんだ」


「むずかしすぎー!うーん、つまり、夢を見たり想像したりするのって、実際に存在するどこかの宇宙の中から、妄想じゃない"実在している世界"を実際に見てるってことですね」


「そうだ。うまくまとめたじゃないか」


「へへっ。せんぱいに褒められちゃった」


「しかしそれだけじゃないぞ。この世界の法則が、観測によって確定する量子論的な物であるならば―――。過去の記憶や因果さえも、"今この瞬間"の意識によって再定義されるはずだ。そもそも時間の概念なんて、人間が作り出した物だからな」


「過去や未来の自分とも意識の中で繋がってるかも知れないってことですか?」


「そのとおりだ。目下のところ、それを証明するのが今の俺の使命だな」


「せんぱい、かっくいー!」


 そう。かつて、夢は生体反応の副産物とされた。

 しかし、科学の進歩によって常識とは常にくつがえされる。


 俺が今研究しているのは、"夢の奥にある現実"だ。正確に言えば―――別の宇宙や過去や未来に存在する、もう一人の自分との接触。


 もし、意識がそんな"もう一人の自分とリンク"できるのだとしたら?俺たちが見る夢の中に、他世界の自分の記憶が混じっても不思議ではない。いや―――それはもはや、幻想ではない。


 俺は、夢を見る際の脳波・心拍・シナプス活動を研究し続け、ある発見をした。それは「REM睡眠」のさらに深層、意識が完全に内側へ沈んだ瞬間。その時、脳は未知の振動を起こしていた。デルタ波ともシータ派とも異なる、不可解なパターン。それは、まるで"向こう側"との共鳴のようだった。


 夢は、多元宇宙と意識の交差点だ。そしてオレは、そこを通って"別の自分"に触れようとしている。これは空想ではない。可能性がゼロではないということは、宇宙規模では必ずどこかで起こるということだ。それが、量子宇宙の摂理。オレはこの研究で、それを証明する。



<注意>


一度は完結させたこの作品ですが、私の夢でキャラクター達が出てきて、なんか活躍したがってたので再開することにしました。ただ、この作品に関しては、それが例え石ころでも、磨き上げるように何回でも読み返して百回でも加筆修正したいと考えております(しかも超遅筆)それに伴い、ストーリーや設定や人物名がガラッと変わったり、何万文字分も無かったことになったり、そもそも続編が無かったことになって削除される可能性があります(実際に、実はこれまでのストーリーも投稿初期はほとんど18禁の内容でした。そのほとんどが今は削除されています)それでも良いという方は、お付き合い出来れば幸いです。ですが、最初からちゃんとしたものを読みたい方は、タイトルに完結がついてから読むことを強くおすすめします。

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