新任、拷問官どの
俺は確保した見張りの案内で、他の見張りの交代の隙を突きながら、邸宅内を慎重に移動していた。見張りは屋敷の見取り図とペンを持っていて、俺が指示するたびに、屋敷内の見張りの位置や交代時間、さらには貴族の居場所まで記入していく。貴族の部屋周辺は、まるで鼠一匹通さぬ厳重な警備体制。しかし、これから向かう地下牢の警備はそれほどでもないらしい。
見張りの話によれば、この貴族は高慢な若い女性で、家族が流行り病で亡くなって以来、精神の均衡を崩しはじめたとのこと。過剰な支配欲と歪んだ愛情に満ちた行動が目立ち、かなり危険な人物として噂されていた。家族という歯止めを失ったことで、それまで抑えていた衝動が一気に表に出たのかもしれない。
「こちらですよ旦那。シャーロットは、あの地下牢の中に。……ここまで案内したんだから、俺が裏切ったこと、黙っててくださいよ。バレたら俺、殺されちまいますからね」
「もちろん口が裂けても言わないともイーッヒッヒ〜〜」
舌をレロレロさせながら、俺は内心で悩んでいた。
さっき、この見張りを斬ろうとしたが、結局できなかった。できないものは仕方ない。幕末の侍じゃあるまいし、知人を助けるためとはいえ、そう簡単に人を斬れるものじゃない。――だが、それならこの先、地下牢を突破できる気がしない。相手が一人や二人ならまだしも――
「そこにいるのは誰だ!!」
突然の怒鳴り声に思考が遮られる。ドタドタと足音が近づいてくる。見ると、鎧に槍を持った私兵がざっと二十人はいる! やばい、どうする!? この状況を切り抜ける手段を――
私兵たちが目前に迫る。
考えろ、考えろ、考えろ――――ダメだ、何も思いつかない!!
狼狽しているうちに包囲され、四方から槍の穂先がこちらを向く。逃げ場はない。槍相手では刀も届かない。このままでは一斉に突かれて――間違いなく死ぬ。今すぐ死ぬ。確実に死ぬ。もうだめだ。
「イーーヒャッヒャッヒャッ!! ウーーヒャッヒャッヒャッ!!」
目玉をグリグリ、舌をレロレロ。自分でも何をしているのか分からない。絶体絶命のパニックの中で、俺は完全にテンパっていた。
「うおっ!? まさに聞いていた通りの風貌……もしや、新しい拷問官どの……?」
「えっ?」
「……えっ?」
「い、いや……その通りっ! 君! ここまで案内ご苦労!!」
「えっ!!?」
見張りに振り向き、親指を立ててみせる俺。これで俺が侵入者だとバレたら、奴も裏切り者として処刑されるに違いない。スマンな、見張りよ。成り行き上、仕方がなかった。
見張りは目を見開いて、口をパクパクさせていた。その様子はまるで、酸素の足りない金魚のようだった。




