全開、脳内アゲハチョウ
「なんと、ここかっ・・・!」
シャーロットの指定した酒場は、いつもオレが飲みに来ている場所だった。なんという偶然。・・・いや、良い酒場を探そうとすると、案外、同じ街では同じような選択肢になるのかもしれない。
目の前の酒場の扉を見て、俺は興奮を抑えきれない。とうとうやって来てしまった。・・・脱童貞する、その時が。
もちろん、記憶が無くなっているだけで実は童貞ではないのかも知れない。だが仮にこの体が童貞では無いにしても、女の子とどうこうなった記憶は全くもって綺麗さっぱり無いわけだ。これはもう心の童貞だ。いや、ひょっとすると普通に体も童貞なのかも知れないが。
だが仮にそうだったとしても今宵、俺は生まれ変わる。
それはあたかも青虫が脱皮して蝶になるかの如く。
今宵、童貞(仮)はアゲハチョウの羽を背に生やし、夜空へ飛び立つのだ。
さあ、いざ行かん!
酒場の扉をギィと開いて見渡す。店内はそこそこの広さがあるが、酷く暗い。テーブルは10個ほど、カウンター席もある。
ランプが各テーブルの上に置かれているが、まるで明るさが足りていない。それはさながら誕生会のローソクのように、ほのかにテーブルの周りをぼんやりと浮かび上がらせているだけだ。
客がいるテーブルの上に料理の類は見られない。ナッツ類がつまみとして置かれているのがせいぜいだ。ここは酒のみを振舞う店。前の世界のクラブやBARの様なものだろう。
暗がりで良く見えないが、客層は大体が若者だ。それもアウトローな感じの。よく見ると男も女も、多くの客が顔やら腕やらにタトゥーの様な彫り物をしている。
さらに光の届かない隅っこのほうでは、即席カップルなのか、酒に酔った男と女がイチャイチャとけしからんことをしている。暗すぎて詳細が見えないのがいつも少し悲しい。
と、そんなことを心の中で零していたら、暗がりから誰かがこちらへと近付いてきた。
スラリとしたスタイルの、腰まで伸びた青毛のサラサラロングヘア。
つり目がちな二重瞼のクールな瞳。
シャーロットだ。
彼女の黒で統一したシルクの服装は暗い店内に溶け込むかのようだった。
「時間通りね。来てくれて嬉しいわ。こっちよ。一緒に飲みましょう」
そう言うとシャーロットは、脚線美を見せ付けるかのように黒いスカートを翻して俺を先導する。
こちらを注目していた周りの客達がヒュウ、などと口笛を立てて意外そうな表情をしている。
なんだかちょっと気持ちいい。なんせ、見回した限り、シャーロットはこの中のどの娘よりも美しい。
・・・というか、俺がこの世界で見かけたどの娘よりも、かもしれない。
・・・いや待て、ソアラちゃんとシャーロットとではどうだろう、可愛い系とキレイ系で、まるでタイプの違う2人だが・・・?
そんなことを考えているとシャーロットは店の端にある丸テーブルの椅子に座る。俺もそれに続いて、対面に座った。すぐ近くのテーブルに客の姿は無い。
俺とシャーロットは近付いてきた筋肉隆々なスキンヘッドの店主に蒸留酒を頼む。俺はスキンヘッドに目配せをした。そう、いつも通っているこの店の主人と俺はもはや以心伝心。そして俺が女を連れてきたこの状況。きっと上手くいくように協力してくれるはずだ。
シャーロットは、上目使いの小悪魔的な笑顔で、こちらへ問い掛けた。
「ねえ、私、対面で向かい合うのって苦手なの。隣に行っていいかしら?」
「えっ?じゃあ、一緒にカウンターに行って座りますか?」
そう言うと、シャーロットは一瞬キョトンとした顔をしたが、
「フフッ、馬鹿な人」
「えっ!?」
シャーロットは、椅子を俺のすぐとなりに並べ、そこに座った。
かと思えば、俺の右腕に左腕をからませる。
俺の右腕におっぱいがムニュと押し付けられた。
「あなたとこうしたいから言ったのよ。決まってるじゃない」
グイグイと右腕におっぱいを押し付けて来て、上目使いで見つめてきた。
つり目がちのパッチリしたスカイブルーの瞳に吸い込まれそうになる。
こんなことをしそうにない雰囲気なだけに、何だか夢見心地だ。ドキドキが止まらない。




