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二周目の世界で、前世の護衛騎士から怖いくらいに溺愛されています。  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【第四章】

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第19話 先入観と作為

 ――君はまだ『あの日』を越えていない


 * * *


《おはよう! ヴィクトリア、起きたか!? 時間を無駄にできないぞ、起きろ!!》


 ばちっと目を開けた瞬間、ものすごく近いところでガンガンと騒がれて、ヴィクトリアはわけもわからぬままがばっと上半身を起こした。


「だれ、なに……!?」


 部屋の中に男の人がいる!? と、掛布を握りしめて辺りを見回すものの、人影はない。


《僕だよ、僕。ここ》


 再び声が響く。頭の中で。

 ヴィクトリアは、前夜までの出来事をざっと思い出して、「ああ~」と声に出して呻いてしまった。 

 夢となりて、消えることはない。


「ラルフ……、おはようございます」


《はい、起きる。晩餐会では強力な強制力が前回からの書き換えを無効にしようと迫ってくるはずだ。一歩しくじれば君は死ぬ。というか、もともと死ぬ運命にあるのを、死なないほうに書き換えなければいけないんだ。目が覚めた?》


 隣国オールドカースルの、エドガー王子を迎えた公式晩餐会。

 前の世界において、ラルフが越えられなかったその日が、目前に迫っている。


「晩餐会も一緒に出席したいと、ヒースクリフ様が言ってましたからね! 現時点では招待を受けていませんが、何かの力が働いて、参加することになると思っておいた方がいいですよね」


 今回は、護衛騎士たるヒースクリフは力の大半を失っており、ヴィクトリアは前世ほどに護衛対象とは認識されていないはずなのだ。ごく些細な出来事に関しては、ヒースクリフは力を使えるし、ヴィクトリアもロックを外せることは確認できたが、死を打ち消すとは思えない。

 そのヒントをくれたのは、エドガーだ。


 思い出した瞬間、ぞっと背筋が冷えた。

 まさに、肝が冷えるという感覚を味わう。


「エドガー殿下も、死んだと言っていませんでしたか……?」


 ――記憶を持ったままやり直している理由は、私にもわからないよ。わかっているのは、私が死んだのはラルフより少し後だということ。だから、その分だけ先の記憶がある


 心臓が、どくんと痛いほどに鳴る。


「ラルフ」


《わからない。僕が息を引き取って、ナタリアが毒殺を認め、ヒースクリフが僕の最後の願いを叶えるべく書き換えを行ったとして、そのわずかの間にエドガーの死があったとしても、僕が知れることではない》


 答えるラルフの声にも、焦燥が滲んでいた。


「エドガー殿下ご自身が、書き換えに巻き込まれたことに気づいているということは、エドガー殿下の死もキャンセルの範囲なんですよね?」


 ヴィクトリアのその願望に対し、ラルフは冷静な声で返してきた。


《それは君の信じたいことであって、僕に同意を求めたところで意味がないよ。現在まで確認がとれた、もしくは推測可能な事実は「キャンセルしても類似の現象は発生する」「ブルーイット侯爵家の護衛騎士の力は大半が失われている」「何もしなければ、おそらく今回もヴィクトリアは死ぬ」このくらいだ。この文脈に、エドガーは存在していない》


 ヴィクトリアが助かればエドガーも助かる、その因果関係を保証する根拠は、何一つないのだ。

 もし、わずかでも希望があるとすれば「記憶を持ったままやり直しをしている」エドガー自身が、自分の危機を回避する行動をとってくれること。ヴィクトリアには、それを願うことしかできない。

 ただし、前回とは違う状況になりつつある以上、エドガーの手に余る事態になるかもしれないことも、予想がつく。


「エドガー殿下には、死んでほしくないです。前回の状況は知りようがありませんが、ここで死なせてはいけないと思います!!」


 エドガーを死なせない。ヒースクリフを幸せにする。

 なすべきことがたくさんある。

 何か考えている様子だったラルフが、早口で声をかけてきた。

 

《エドガーなら、前回のスケジュールから考えて、今日は王立図書館にいるはずだ。僕の存在に気づいているエドガーなら、あえて前回をなぞるくらいのことはしていると思う。ここは、エドガーと接触し、ヒースクリフと行動を共にして、協力を仰いだほうが良さそうじゃないか? ナタリアが、お茶会や晩餐会を待たず「目のかたき」である君を潰すべく、殺し相当の何かを仕掛けてくる可能性が高い。そうだ、これだ!》


「これ?」


 突然のラルフの閃きに、ヴィクトリアは何がでしょう? と聞き返す。

 頭の中で、ラルフがまくしたてた。


《先入観だよ! 前回は晩餐会が終わりの日に選ばれたが、今回は伯爵家の娘たる君が晩餐会に出席する予定はまだないんだ。であれば、ナタリアはその日まで待つ必要がないよな? それより前に仕掛けてくるのが、自然じゃないか! これだ、昨日から何か引っかかっていたんだ!》


 ああ、とヴィクトリアは細い呻き声をもらした。

 ラルフの言うことは、正しい。


「完全に、思い違いをしていました。ナタリア嬢が、晩餐会でヒースクリフ様を追い込むつもりなら、そこまでに道筋を作りますね。わかりました、一日も無駄にできません。『時間が過ぎてこの世界における出来事が確定していけば、それだけ打てる手が減っていく』ということですよね! 早速、お二人と合流しましょう。今日は誘われていませんけど!」


 ヴィクトリアは、たとえ「帰したくない」「ずっと一緒にいたい」と言われても、「額面通り真に受けて、彼の元まで押しかけるのははしたない」という良識の持ち主であったが、ぐずぐずしてはいられない。

 がばっとベッドから跳ね起きた。

 そのとき、メイドではなくアマリエが「ヴィクトリア!」と名前を呼びながらドアを叩く。


「おはようございます、お母様。どうなさいました?」


 素早く、ベッドサイドに用意していた柔らかいくつを履いて、ドアへと向かう。

 アマリエは、焦った様子で答えた。


「びっくりしないで聞いてね! ブルーイット侯爵邸から使いの方がきて、知らせがあったの。『お茶会の予定が変わって、今日になった』のですって。忙しくなるわよ。急いで支度をしなければ!」

 

 何かが、動いている。

 まだ良いとも悪いとも言えない予感に、ヴィクトリアは胸を震わせて「わかりました」と答えた。

 頭の中で、ラルフの声が響く。


《そうだ、こうして事態はめまぐるしく動き、状況は常に移り変わる。今日が最後の一日になるかもしれないんだ。そのつもりで、君は生きろ》



 * * *



 朝の光の差し込む、空気の澄んだブルーイット侯爵邸にて。

 エドガーは、ロングギャラリーに飾られた肖像画を見上げていた。


 きらびやかな額縁に収まっているのは、絹糸のような金の髪にアイスブルーの瞳を持つ、超然として浮世離れした美貌の青年。

 エドガーの知る人物に、よく似ていた。

 思い浮かべたそばから、当人が近づいてくる気配を感じて、エドガーは振り返る。


「おはようございます」


 隙無く騎士服を着こなしたヒースクリフが、瞬きもせずエドガーを見つめていた。すでに、早朝の運動を済ませてきた後のようにも見える。エドガーはゆったりとした笑みを向けて口を開いた。


「おはよう、ヒースクリフ。昨日は、予定外の夜会もあったけど、疲れは残っていない?」


「問題ありません。夜会の件は忘れました」


 完全なる無表情。エドガーは、くすっと声を立てて笑う。


「忘れた、か。そう、ヒースクリフはいつだって、いろいろなことを忘れてしまうよね。潔いと言うべきなんだろうか。羨ましいな」


 ヒースクリフは、軽く首を傾げる。

 背に流した絹糸のような髪が、さらりと揺れた。

 もの言いたげなその顔から視線を外して、エドガーは肖像画へと体ごと向き直る。


「この肖像画は、ブルーイット侯爵家の先祖だよね。ヒースクリフに似すぎていて、びっくりした。本人を見て描いたんじゃなくて?」


 エドガーの横まで進み、並んで肖像画を見上げながら、ヒースクリフは「俺が子どもの頃からここに、今と同じようにありましたよ」と答えた。


「似ていますが、たまにいるみたいです。『守護精霊の血が出た』と一族では言われています。俺は祖父の妹君に似ているそうで、女性ですがその方もこの肖像画によく似ていたのだとか。だから、自分も成長したらこうなるのかと思っていました」


 へえ? と先を促すように相槌を打ちつつ、エドガーは淡く微笑んでヒースクリフに視線を流す。


「その女性は、今はどこで何を?」


 ヒースクリフは、表情を変えぬまま、エドガーへと顔を向けた。


「俺が生まれる前に、亡くなっています。王家の剣技指南役で、王子殿下の教育係を務めていたそうです。馬車の事故で、王子殿下をかばい、その方だけが亡くなったと。王子殿下はその後、王位を継ぎましたが、若くして病気で亡くなりました。先代の国王陛下ですね」


「ああ……、そうだったね。先代のシルトン国王陛下は夭折している。いまの私の年齢だ。私は、この年齢を超えるのが難しいんだよ。それでその後、弟君が継いで現在の国王陛下に……。結婚後、次代の王たるアルバート殿下がお生まれになるまで、ずいぶん長い時間があった。もっと前に、王子か姫のひとりくらいいても良かっただろうに」


 瞬きをして、ヒースクリフは唇を引き結んだ。エドガーの言った内容を吟味するようでもあり、王子の生まれる時期云々といった話が出たことに、遠慮しているようでもあった。言及するのは不敬と判断したのか、積極的に発言する様子はない。

 シルトン王家に跡継ぎがなかなか生まれなくて、何より焦ったのは王室関係者であろう。散々議論されたであろうことに対し、責任を持たぬ立場から口を出すのは無粋というもの。ヒースクリフであれば、そう考えるに違いない。


 痕跡も残さずにこの世界から消えた王子の存在など、誰の記憶にも残っていないのだから。

 エドガーは、肖像画へと視線を戻した。


「王子をかばい、命を落とした剣技指南役か。なるほど、ブルーイット侯爵家でこの顔を持つ者は、命がけで王家の血を守る騎士となる宿命なのかな。であれば、君は本来、シルトンの王子を守る立ち位置になるのが自然だったのでは? 隣国の私ではなく」


「アルバート殿下には、兄が教育係としてついています。王位に就いた際には、兄も宰相となってお支えするのではないでしょうか。俺はなんというか気ままな身で……。エドガー様がお側に置いてくださって良かったです。感謝しております」


 試すようなエドガーの物言いに対し、ヒースクリフは実直そのものの、含みのない口ぶりで礼を口にする。

 嘘の気配は、ない。オールドカースルで過ごした日々を、ヒースクリフが大切に思っていることは十分に感じられた。

 だが、遠くない未来を見据えたエドガーは、やがて訪れる別離を思って柔らかく微笑み、告げる。


「それでも、ヒースクリフは間もなく私の元を去る。この国で、自分の運命に出会ったからだ」


 ヒースクリフは、すぐには答えなかった。自分の中で、適切な回答について考えている様子であった。

 やがて、エドガーの目を見つめて、問いかけてきた。


「殿下は、最初からヴィクトリア嬢が、俺の運命だと知っているようでした。彼女について、元から何かを知っていたのではないですか?」


「ということは、彼女が自分の運命だと、心はもう決まっているんだな?」


 質問に質問で返したエドガーに、ヒースクリフは目を細めて、苦しげに眉をひそめて胸の内を吐露する。


「出会ったばかりだというのに、かけがえのない女性だと、確信をしています。求婚しました」


 じっくりと真剣に耳を傾けていたエドガーは、不意に飛び出した求婚の単語に、さきほどにも増して、明るい笑い声を弾けさせた。

 腹を抱え、目尻には涙を浮かべて、呼吸を乱しながら笑う。


「笑いすぎですよ」


 無表情に戻ったヒースクリフが咎めると、エドガーは「ごめんごめん」と形ばかりの謝罪を口にして、顔を上げた。


「ひとまず、了解した。おめでとう」

「返事は頂いておりません」

「それは、焦るな」


 肖像画を背にして、エドガーはゆっくりと踏み出す。ヒースクリフは、足音も立てず、大股に進んでエドガーと肩を並べると、聞きそびれた質問の答えを求めて、重ねて問いを口にする。


「彼女は俺の運命なのだと、俺より先に、殿下のほうが確信していたのは、なぜですか」


「ええ? そうだなぁ……。彼女と出会うまでは、私だってわからなかったよ。この世界のどこに、君の運命がいるのか。だけど、ひとめ見てわかった。私は『他人の運命』を見つけるのも、得意らしいんだ。どれほど姿形が変わっていても、会えばわかる。いつだって、何度だって」


「それではまるで、ヴィクトリア嬢は殿下にとっても運命であると言っているようにも聞こえます」


「嫉妬?」


 立ち止まって向き合い、エドガーは真正面から不敵に笑いかける。

 その視線を受け止めて、ヒースクリフはきっぱりと答えた。


「嫉妬です。ヴィクトリア嬢のことになると、俺は冷静ではありません」


 少しも揺れることのないアイスブルーの瞳に宿る意思を見て、エドガーは「ヒースクリフが、この私に対してそこまで言うのなら、そうなんだろう」と口に出して言い、頷いてみせた。


「言ったろ、私に見えたのは『他人の運命』だ。彼女はヒースクリフの運命だ。私自身の運命は、きっとどこか、べつの場所に存在しているんだろう。そうであれば良いと思っている。まあ、この話はいい」


 ゆっくりと歩き出したエドガーであったが、また「ああ」と呟いて足を止めた。


「昨晩のうちに、お茶会中止の連絡が正式に来ていたな。手回しが早いね。ブレナン伯爵邸にも、早々に使いを出そう。『明日のお茶会は中止。お騒がせしただけになってしまって申し訳ない、この埋め合わせは必ずする』と」


「それは、晩餐会で」


 打てば響く早さで、きっぱりとヒースクリフが言った。


「ヴィクトリア嬢を誘うの? 婚約者として」


「……即日求婚して、猶予もなく婚約だけでもと迫るのは、さすがにどうかしていますか」


 ばし、とエドガーがヒースクリフの背を手のひらで叩いた。


「よく気づいたな。その通りだ。どうかしている。さしあたり、今日の予定は予定としてこなそう。王立図書館の見学訪問に、アルバート殿下との交流を兼ねた食事会だ。ヴィクトリア嬢には、お茶会中止の連絡をしがてら『明日の空いた時間をそのままください』と、約束を取り付ける手紙を書いたら? 晩餐会は手紙ではなく、顔を合わせたときに直接誘ったほうが良い」


 即座に「はい。今回は手紙を書きます」と応じたヒースクリフに、エドガーはくすっと笑い声をもらして、再び歩き出す。

 ふと、何かを思い出したように肩越しに振り返った。同じようにヒースクリフも振り返り、エドガーの視線を追う。


 まっすぐに肖像画の人物を見ていたエドガーは、唇に笑みを浮かべて、声に出さずに何かを呟いた。短い、単語の一つ。ひとの名前のようだった。


 * * *

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✼2024.9.13発売✼
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✼2025.2.13配信開始✼
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