まるでハネムーン
「ねー、カッシーはどこに行ったの?」
カシスレットの私室にやってきたココが、誰もいないがらんとした部屋を見て、メイド達にどこにいるか聞く。
「カシスレット様は旅に出られます」
「えっ? いつ帰ってくるの?」
「予定は未定で我々には知らされておりません」
と、メイドと話していると、カシスレットの弟、ヤリーテがやってきた。
「聖女ココ様。ご機嫌麗しゅうございます」
「あら、ヤリーテが来るなんて珍しいわね。あなたなら、カッシーがいつ帰ってくるか知ってる?」
「はい。兄上は旅に出るのではなく、追い出されたのです」
「えっ、何よそれ?」
「取り返しのつかないやらかしをしたそうで、城から追い出されたようですよ」
「ええー!? 何をやったのよっ!」
「度重なる爆発騒ぎ、女性を連れ込み、無理やり言うことを聞かせる狼藉、メイド服の匂いを嗅ぎ、その服を持ち帰るなどです。王子らしからぬ振る舞いが続いたようです。恐らく、このまま王位継承権も剥奪されることでしょう」
と、ヤリーテはにこやかに伝えた。
「爆発はともかく、カッシーがそんなことをするわけないでしょう」
「公式には発表されておりませんからね。それより、ココ様。国政にも携わろうとせず、王にもなれそうにない兄上に見切りを付けられてはいかがでしょう?」
「見切りをつける? それって、婚約解消しろってこと?」
「はい。そして、私と婚約してくださいませんか? 聖女様は兄上と婚約というより、次期王になるものと婚約をされたのです。兄上はその資格を失いました」
ヤリーテは見目麗しい聖女ココにずっと憧れていた。
「えー、ヤリーテと婚約するの?」
「はい。私なら、ココ様になんでも与えることができます。それに王になった暁には贅沢三昧の日々をお約束いたしましょう」
と、跪いて、ココに手を差し出した。
ヤリーテの言葉に引っかかったココは、その手を取らずに、ヤリーテを見つめた。
「あなた、私のことを何か知ってる?」
「はい。世界最高の能力を持ち、魔法学園を首席で卒業され、教会で聖女として、人々に安寧をお与えになられている方です」
「それから?」
「とても美しく、気品をお持ちです」
「じゃあ、あなたは何ができるの?」
「兄上が国政に携わらなかった分、私は成人前から国政に携わっております。今すぐに王になったとしても、国を治めることができるでしょう」
「ふーん。私を贅沢三昧させてくれるって言ったわよね?」
「はい」
「そのお金はどうやって稼ぐの?」
「もちろん、国のお金です」
「それって、税金ってことよね?」
「そうですね。王妃になられる方が使われるものに、国のお金が使われるのは当然です」
「分かったわ」
そうココが返事をすると、ヤリーテの顔がパアッと明るくなった。
「それじゃあ……」
「考えとく。じゃーねーっ!」
と、ココはその場を走り去ったのであった。
◆◆◆
「旅に出る、ということはまだ出てないってことね。どこにいるんだろ? カッシー、ねー、カッシーどこにいるのー?」
と、ココが手当たり次第探していると、
「ココ、ようやく見つけましたよ」
「げっ、見つかった」
シスターの小言を言われていたココは、シスターがトイレに行った隙に逃げてきていたのだ。
「逃げろーっ!」
ココは迷いもなく逃げ出し、カシスレットを探す。そして、もう外に出ているのかもしれないと、城から出ようとした。
「ココ様、お待ちください」
そこで待ち構えていたのはヤリーテ。
「何よ? 私は急いでるのっ!」
「か、確認させていただきたいことが……」
「だから、何か早く言いなさいよ」
ヤリーテは渋い顔をして、ココの顔を見た。
「聖女様からシスター見習いに降格になるというのは本当……ですか?」
「そうなの?」
自分が聖女じゃなくなることを知らなかったココ。
「先ほど、陛下にココ様との婚約を申し込んだと報告をしたら、そのように聞かされました。まさか、兄上のせいですか? それなら、私との婚約を承諾してもらえれば、降格にならずに……」
「うーん、ヤリーテはいい人で、条件も申し分ないと思うの」
と、ココが答えると、ヤリーテの顔はパアッと明るくなった。
「それじゃ……」
「でもね、私はカッシーがいいの。あなた、私のことを何も知らないでしょ? カッシーは私のことを全部知ってても好きだと言ってくれたの。ヤリーテは私のことを知ったら、きっと興味をなくすわ」
カシスレットは一度もココに好きだと言ったことはない。
「そんなことはありませんっ!」
「それに、私はカッシーの考え方のほうが好きなの。だからごめんねー! 私、急いでるから。じゃーねー」
と、ヤリーテの求婚をあっさりと断って、カシスレットを探しに行ってしまった。
ダンッ!
ココが出ていった扉を力の限り叩いたヤリーテ。
「あの……あの、役立たずの兄上のどこがいいっていうんだっ!」
ヤリーテはそう叫んだあと、改めて王の元へと向かったのであった。
◆◆◆
「あーぁ、なんでこんな日に追い出されなきゃならないんだよ……」
カシスレットはブツブツ言いながら、小型トラックに荷物を運び終えた。
「さて、行くか」
カシスレットが出発しようとすると、
「ちょっとー、カッシー! どうして1人で行こうとしてんのよ」
と、トラックに駆け寄って来たココはカシスレットと言い合いをしたあと、ニコッと笑いながら助手席に乗り込んできた。
「いえーい、レッツラゴー!」
そう叫んだココは、物珍しげにトラックに付いているスイッチを触る。
「あちこち触るなっ!」
スイッチをいじりたくるココに怒鳴りながら、カシスレットはそろそろとトラックを動かした。
「ココーっ! 待ちなさいっ!!」
「ゲッ、シスターが来た」
ノロノロと動き出したトラックを鬼の形相でシスターが追いかけてきた。
「カッシー、もっとスピード出して!」
「は、話しかけんな」
ハンドルにしがみつくような姿勢で、ノロノロと走らせるカシスレット。
「早くしないと追いつかれるのっ! もうっ!!」
ココは助手席から足を伸ばしてアクセルを踏んだ。
ウィーーーン! キュキュキュキュッ。
パンッ、バリバリバリバリバリッ。
「うわわわわわわっ!」
ココがあちこちを触ったせいで、小型トラックに付いているクレーンが伸びている。それがイルミネーションに当たって破壊しながら加速していく。それが原因で王都のイルミネーションが消えていった。
バリバリっ。ガックン、ガックン。
クレーンがイルミネーションを引っかける度に、トラックの前方が浮かび、ドスン、ドスンと暴れる。
ガッシャン、ガッシャン、ガッシャン。
荷台に積んでいる荷物も大暴れ。そして荷物を固定していたロープが緩み、
ガラガラガラガラ。
ひとつの箱が荷台の外に飛び出て、金貨や銀貨を撒き散らし、大きな音を立ててトラックに引きずられていく。
「ココ、足をどけろってば」
「ダメっ! 追いつかれるの」
そう言ったココはアクセルを踏むのをやめない。
その様子を驚いて見ている人々。
「おー、王子様と聖女様が派手なことをやらかしてるなぁ」
「わーっ、王子様がお金を撒いてる! やったー!!」
国の人々は、イルミネーションが消えたのは王子による宝探しイベントだと受け止めた。
人々はトラックが撒き散らしたお金を大喜びで拾って「王子様、ありがとう!」とトラックに手を振ったのであった。
「あんなにくっついて、仲良いお二人ねぇ」
「外に出て行っちゃったけど、旅行かな?」
「あー、もしかしたら、新婚旅行に行かれたのかもしれないねぇ」
「やめろーーっ! やめてくれー!!」
トラックの中で、カシスレットがそう叫んでいるのは誰も知らないのであった。
旅立ち章はここまでです。
初めての冒険章が始まるまで、しばしお待ちくださいませm(_ _)m




