ココまっしぐら
「ベッート、ベッート、モアベット!」
今日は衛兵達とポーカーに勤しむココ。腕まくりをして、大きな手が入ったであろう相手に勝負をかける。
「おっ、 大丈夫か? そんなに上乗せしたらスカンピンどころか、どえらい借金になるぞ」
「それはこっちのセリフよ。今までの負けを一気に取り返してやるんだから! 怖いなら、降りてもいいけど?」
フフン、とココは手に持つトランプを扇子のようにして自分を扇いだ。
「これで負けたら、今までの負け分と合わせて取り立てるけどいいか?」
「いいわよ。その代わり、あなたが負けたら全部チャラだからね」
自信満々のココはウインクしながら、ビシッと衛兵に指を差した。
「じゃ、いくぜ」
と、衛兵がパサっと、カードをオープンする。
「フォーカードだ。悪いな聖女様」
勝負ありだ、という感じの衛兵。しかし、ココは衛兵のカードを見ても勝ち誇ったような顔で、手持ちのカードをヒラヒラさせた。
「ふーん、フォーカードね。あなたもなかなか頑張ったじゃない」
「なに?」
「じゃーん! 私はストレートフラッシュよ!! キャーっ、借金がチャラよ、チャラ! 見た? みんな見た? これが神様に愛されてる聖女の実力よ!!」
「くそっ! 何が神様に愛されてる聖女だ。残念聖女のくせに」
悔しがる衛兵の前で、ケタケタ笑って、人をムカつかせる躍りをする聖女ココ。
「ん? ちょっと待て」
衛兵がココのカードを見て、は? という顔をする。
「お前の役はただのフラッシュじゃないかよ」
「何、言いがかり付けてくれてるのよっ。ちゃんと見なさいよ。私の役はハートのストレートフラッシュでしょ」
ココは机の上にオープンされた自分のカードをバンバンと叩く。
♡J、♡Q、♡K、♡A、♡2
「ほらぁ、フラッシュに加えて、ちゃんとストレートにもなってるじゃない」
「なってねぇよ。ほら、これで確認しろ。ちゃんとルールを覚えてねぇから、そんな勘違いをするんだ。負けは負けだからな。端数は負けてやるから、借金と今日の負け分を足して100万G払えよ」
と、ルールブックを見せられる。
「う、嘘でしょ……」
ココはルールブックの役が書かれているページを見つめてワナワナと震えている。
「本当にお前は物覚えが悪いな」
頭が悪いと言われたココは、国中のエリートが集まる魔法学園を首席で卒業している。実はこれには理由があるのだ。
◆◆◆
「学園長、ど、どうしましょうか。このままでは……」
魔法学園の学園長は、ココの赤点答案用紙をズラッと並べられたのを見せられ、担任教師から相談されていた。
「ぐぬぬぬぬ」
魔法詠唱の文言をまったく覚えられないココ。テストはいつも赤点に加えて、詠唱のいらない初級魔法しか使えない。このままでは卒業はおろか、進級すらさせられない状況だ。
「満点だ」
しばらく考え込んだ学園長は手を後ろに組みながら、窓の外を眺めて担任教師にそう伝える。
「は?」
「聖女ココ様にテストを受けてもらうこと自体間違っていたのだ。我々凡人が、聖女様にテストをするなんておこがましいことだとは思わんかね?」
学園長の言葉に担任教師も、あっ、という顔をしたあと、
「そ、それもそうでしたね。ただの魔法学園の教師である私ごときが、聖女様を試すようなマネをするなど、愚かな行為でございました」
「うむ、私もそう思う。十分に反省したまえ」
魔法学園の学園長は、ココを聖女として王家に報告し、第一王子の婚約者に推薦した手前、後には引けなくなっていた。それに加え、すでにココは高位貴族の養子にもなっている。
「聖女ココ様はテストをするまでもなく満点を取られることでしょう。あとは卒業するまで、穏やかに学園生活を楽しんでいただくのが良いと思われます」
「そうあるべきだな。うむ、賢明な君は、聖女様を導いた教師として、この学園に名を残すことになるだろう」
こうして、ココは魔法学園首席卒業という名誉を引っさげて、大教会の聖女として崇められることになったのだった。
◆◆◆
「うわーん、カッシー。お金ちょーだい!!」
カシスレットが私室でカチャカチャと魔道具を組み立てているところに、バンッと扉を開けてココが入ってきた。
「ノックもせずに人の部屋に入ってくんな。それに金をせびりに来るとか、聖職者のやることじゃないだろ」
「だって、だって、衛兵達がズルいのーっ!」
と、カシスレットの膝に突っ伏して泣きわめく。
「ズルいも何も、またギャンブルで負けただけだろ? あいつら、あれでも手を抜いてくれてるんだぞ」
カシスレットは、衛兵達の詰所でココがギャンブルをしているのを知っていた。どこか他の所に遊びに行くよりマシだと、放置しているのだ。
「だって、私がルールを覚えてないの知ってて、勝ちにくるのよっ!」
「覚えないお前が悪いんだろ? それに金なら教会から支給されてるじゃないか。それで払え」
「足りない……」
「足りない? いくら負けたんだ?」
「100万G」
「はぁぁっ。100万Gって、下手したら庶民の年収の半分ぐらいの負けじゃないか。どうやったら、そんなに負けられるんだよ!」
「そ、それは負けが積み重なって……」
ココの話によると、負け分が払えなくなって、借金に借金が積み重なったらしい。
「残念だが、俺もそんなに持ってない」
「あなた、この国の第一王子でしょ。それぐらいどうとでもなるじゃない」
「ばかもの。俺がもらってる金はこの国の税金なんだぞ。国民のためになることに使うのが筋だ。ギャンブルの負け代なんかに使えるか」
「国民のためになるものってなによ? ガラクタを作ってるだけじゃない」
カチン。
無限エネルギー装置を開発中のカシスレットは頭にきた。
「あのなぁ、これが成功したら、輸入に頼っている国のエネルギー問題が一気に解決するんだぞ。お前の負け代なんかと一緒にするな」
「なによ……ちょっとぐらい可愛い婚約者のために使ってくれてもいいじゃない」
と、ココは顔を上げて、涙を溜めた上目遣いでカシスレットを見る。
ぐっ……。
確かにココの見た目は可愛い。それに婚約者というのも本当だ。だが、こいつはダメだ。見た目以外は残念過ぎるのだ。
「その調子じゃ、いずれ婚約も破棄になる。負けた金は自分で何とかしろ」
「えーーっ! 何よそれ。私のことを可愛いって言ったわよね? 赤い顔をして、これからよろしくって言ったじゃない!」
「いつの話をしてるんだ。お前がろくでもないことばかりをしてるからだろ。婚約破棄されたくなければ聖女らしくなれ、聖女らしく」
「カッシーだって、王子らしくないじゃない。それに、みんなからやらかし王子って呼ばれてるくせに」
「だ、だ、誰がやらかし王子だっ。お前こそ、残念聖女と呼ばれてるくせに」
「誰が残念聖女よ!」
「お前だ、お前」
「私のどこが残念聖女だっていうのよ!」
「ここだ」
と、胸を指差したカシスレット。
「あなた……ひんぬー協会を敵に回したわね……」
すくっと立ち上がって、ワナワナと震えるココ。
「なんだよ、ひんぬー協会って?」
「ひんぬーの、ひんぬーによる、ひんぬーのための協会よ。あぁ、ひんぬーの女神よ、我らひんぬー教徒に幸せを!」
ココは左手を胸にやり、右手を上げて祈りを捧げながら悦に入る。
「祈りを捧げるなら、女神カナエールに捧げろ。他の神に祈りを捧げるとか、バチが当たるぞ」
「あら、知らないの? 女神カナエールはひんぬー協会の女神でもあるのよ」
「カナエール様は豊かだろうが」
「あれは、パット」
と、ココは人差し指をチッチッチと振りながらウインクして見せた。本当にバチが当たっても知らんぞ。と、カシスレットは呆れる。
「とにかくだ、ギャンブルの借金は自分で何とかしろ。俺は知らん」
「えーっ、何とかしてよーっ。シスターにバレたらまた怒られる」
「怒られろ。俺がギャンブルしてるのを黙っててやってるだけでもありがたいと思え」
ココが泣こうがわめこうが、取り合わなかったカシスレットに「ふんっ、ケチ」と捨てゼリフを吐いてココは部屋から出て行った。
その時様子を見て、はぁ、とため息をつくカシスレット。あのままほっとくと、教会のシスター見習い達に金をせびりに行くかもしれないと思い、衛兵達の詰所に向かった。
「あっ、殿下。こんな場所にどうしたんですか?」
「ココの借金はどうなってる?」
「あー、そのことですか。俺達は別に払ってもらわなくてもいいんですよ。ここんところ、入り浸っていたもんで、お灸代わりに借金が払えるまで来るなと言ったんです」
「そういうことか」
「はい。実は俺達もシスターから小言を言われておりまして。聖女様が遊びに来てくれるのは楽しいんですけど」
衛兵達の話によると、ココの遊びが過ぎて、朝寝坊をする、お祈りの時間に寝るとか、酷い有様のようだった。
「世話かけて悪かったな」
「聖女様が来なくなると、それはそれで淋しいんですけど、仕方がないですね」
ココは天真爛漫。元から貴族でもないので、身分を気にせず、誰とでも気軽に接する。見目もいいので、男ばかりの衛兵達のアイドルのような存在感でもあった。
「殿下は今夜もお出かけで?」
「まぁな。頼んでいたものがそろそろ出来上がるはずなんだよ」
「おっ、いよいよですか」
「ふふん、そのときを楽しみに待っとけ」
カシスレットもまた、第一王子でありながら身分差を気にしない性格。これも王家の者としては好ましくないものであった。
◆◆◆
「フッフッフ、勝負よ。負けたらちゃんと払いなさいよね。私のカードはフラッシュよ!」
「あの……フルハウスです」
「う、嘘でしょ……」
カシスレットが衛兵達の詰所にいるとき、ココは教会の宿舎でシスター見習い達に盛大に負け越しているのであった。




