第八十九話 絶体絶命の危機
わたしは、王妃殿下の話を聞いて、国王陛下が王妃殿下から心を離しつつあることを理解できていないのでは、と思った。
「父上が認めるとは思いませんね」
「認めさせるまでのことです」
「まあ、いずれにしてもそんな命令には従うことはできませんが」
「従う気がないのであれば、実力行使しかありませんね」
王妃殿下はだんだん腹を立ててきているようだ。
しかし、グラスジュール殿下はどこ吹く風という感じで、
「それで、リランドティーヌの方はどうするのです?」
と王妃殿下に聞いてくる。
王妃殿下はどう応えるのだろう、と思っていると、
「リランドティーヌの身の安全の為、フィリシャール公爵家に戻ってもらいます。戻った後も、身の安全が一番大切ですから、一室に閉じ込められることになるでしょう。それを理解してもらう為に、リランドティーヌの継母とコルヴィテーヌを呼んだのよ。そなたたち、入ってきなさい!」
と言った。
すると、わたしの継母とコルヴィテーヌが、兵士と一緒に部屋に入ってきた。
「お母様、コルヴィテーヌ……」
わたしは乾いた笑いしか出てこない。
継母とコルヴィテーヌは勝ち誇った様子。
継母は、
「リランドティーヌよ、これからあなたは、王妃殿下のご命令により、。フィリシャール公爵家の屋敷の一室に閉じ込められた後、修道院に行くことになるのよ、わたしは謹んでその命令を実行させていただくの。あなたは一生そこで過ごすことになるのね。これでやっとあなたと離れることができて、うれしくてたまらないわ。まあでもあなたにとっても身の安全は保障されるのだから、いいことではないかしら」
と笑いながら言ってくる。
コルヴィテーヌも、
「あなたなんかもう姉じゃない。いや、もともと姉として尊重したことなど、物心がついてからは、心の中では一度もなかったわ。お母様の命令は絶対よ。これであなたは修道院に行って、一生とそこで過ごすことになるので、もうあなたと会うこともなくなるわ。これほどうれしいことはないわね」
と笑いながら言ってきた。
いくら継母、異母妹と言っても、ここまで言うことはないと思う。
まあ仕方がないことだ。
わたしはすぐに心を切り替えると、
「お母様、お言葉ですが、なぜそのような命令に従わなければならないんでしょう?」
と聞く。
すると継母は、
「あなたは王妃殿下に歯向かうグラスジュール殿下の婚約者です。そのようなものは、一蓮托生で処分をされなければならないのです。そうでございますね、王妃殿下」
と応えてきた。
王妃殿下はわたしの方を向き、
「そなたの言う通りだ。このものは、わたしに歯向かうグラスジュールの婚約者。一緒に処分をしなければ、示しがつかない」
と言ってくる。
何を言っているのだろう、この人たちは?
あきれてものが言えない。
わたしは、
「王妃殿下、申し訳ありませんが、こうしてクーデターを行うことこそが国王陛下の意に反していると思っております。グラスジュール殿下は国王陛下の正当な後継者でございます。そのことを国王陛下は舞踏会の場で宣言されております。後継者はウスタードール殿下ではございません。王妃殿下、そして、お母様やコルヴィテーヌが今すべきことは。兵士たちを下がらせ、グラスジュール殿下とわたしに詫びることだと思っております」
と力強く言った。
わたしのその言葉に対して、グラスジュール殿下は、
「よく言ってくれた」
と微笑みながら言ってくれた。
グラスジュール殿下が褒めてくれている!
わたしの胸は熱くなってくる。
王妃殿下は怒り始める。
そして、
「そなたは何を言っているの! せっかく身の安全を保障し、修道院で一生を過ごさせようと心を砕いていると言うのに! リランドティーヌもそなたも、わたしに従う気持ちがないのであれば、反乱を企てる可能性があるということで、いずれ処断するしかないわ!」
と言った後、少し怒りを抑え始め、
「まあ、これは最後の手段ということにになるわね。グラスジュールもリランドティーヌも別々の修道院行きということで処分を下すことにする。何度も言うけど、あなたたちの身の安全は今のところは保障するわ。ありがたいと思いなさい」
と言った。
要するに、グラスジュール殿下もわたしも、別々に幽閉をするということだ。
国王陛下は当然このことを認めないだろう。
しかし、無理矢理認めさせる気のようだ。
処断は最後の手段と言っているので、現時点では生命を取ることまではしないとは思う。
さすがにそこまでのことはできないはずだ。
そう思ったのだけれど、決して言っていることを鵜吞みにはできないと思い直した。
王妃殿下は、
「わたしに従う気持ちがないのなら、処断するしかない」
と言っている。
しかし、わたしたちがもし恭順の姿勢を見せたとしても。
「恭順したふりをしているだけ」
と思われて、前世のように処断される可能性は十分にある。
判断するのは王妃殿下だからだ。
今日の様子からしても、グラスジュール殿下に対する憎しみは相当強いものがある。
婚約者のわたしにも、一心同体の扱いでその憎しみをは向いているようだ。
わたしの場合はそれだけではなく、継母やコルヴィテーヌの憎しみまで向いていて、そのことが王妃殿下を動かしている。
こうした憎しみが向けられているので、処断はされなくても、幽閉をされたら一生そのままになりそうだ。
そのことは明言している。
冗談ではない。
なぜわたしたちが幽閉をされなければならないのだ!
幽閉されること自体がありえないことだ!
わたしは、
「そのような命令に従うことはできません。わたしはグラスジュール殿下のもので、一心同体であるので、別れて生きていくことなど、絶対にできません。グラスジュール殿下は国王陛下に認められた王太子でございます。ウスタードール殿下ではございません。そして、グラスジュール殿下はこれから国王の座につくお方でございます。わたしはグラスジュール殿下の婚約者で、今後、妃になり、グラスジュール殿下と一緒にこの王国の為に尽くすものでございます」
と言った。
王妃殿下に向けて言った言葉ではあったのだけれど、どちらかというとグラスジュール殿下への想いを伝える言葉になっていた。
言い終わると、急激恥ずかしい気持ちになってくる。
それでもわたしは、この想いがグラスジュール殿下に届くといいなあ、と思っていた。
すると、グラスジュール殿下は少し顔を赤くしながら、
「リランドティーヌよ、ありがとう。よく言ってくれた。わたしはそなたに惚れたよ。今からそなたはわたしの婚約者で、恋人だ」
と言ってくれた。
グラスジュール殿下とわたしが相思相愛になった瞬間だった。
わたしの心は一気に沸騰していく。
「グラスジュール殿下、好きです。愛してます」
わたしがそう言うと、グラスジュール殿下は、
「わたしもそなたを愛してます」
と応えた。
このまま唇と唇を重ね合わせたい……。
一瞬そう思ったのだけれど、それは王妃殿下の咳払いによって遮られた。
わたしは、
もう少しだったのに!
と悔しい気持ちになる。
「こんな状況でそなたたちは愛を語り合うなんて! うらやましい、じゃなくて、腹の立つことだわ! お前たち二人はわたしの指示に従うつもりはないということね。だとしたら、お前たちを屈服させるわ!」
王妃殿下がそう叫ぶと、グラスジュール殿下は。
「わたしはこの王国の王太子であり、リランドティーヌは婚約者です。そのことを改めて認識していただきたい。そして、わたしは国王陛下から既に権限の多くを委譲されておりますし、なんといっても、王位につく存在でであります。ということでありますので、わたしの命令には、ここにいるものたちを含め、従っていただく必要があります」
と言った後、
「リランドティーヌよ、ちょっとごめん」
と言って、わたしから少し離れた。
すると、王妃殿下はブリュネ中将に、
「このものたちはわたしに対する反逆者。わたしに従わない以上、残念ながら力づくで従わせるしかありません。いいですね」
と言った。
ブリュネ中将は、
「了解しました」
と言ったのだけれど、王妃殿下は、
「いや、この態度からすると、力づくでも従うとは思えないわね。改めて命令をします。抵抗するようであれば斬ってしまいなさい!」
とすぐに考え方を変え、厳しく命令した。
それに対しブリュネ中将は、
「よろしいのでしょうか? われわれに抵抗されたとしても、さすがにグラスジュール殿下を斬ってしまうのは……」
と躊躇する。
これを聞いて苛立った王妃殿下は。
「なにをしているのですか、ブリュネ、わたしが命令するのです。そなたが恐れて命令できないのであれば、そなたの上位者であるわたしが命令します」
と言った後、グラスジュール殿下に、
「そなたに最後の言葉をかけてあげます、わたしに服従することを誓うのであれば、生命は救けてあげます。しかし、服従しないのいであれば、この場でそなたを切り捨てます。さあ、そなたはどちらを選択する?」
とあざけり笑いながら言ってくる。
グラスジュール殿下の返事はただ一つ。
「そのような要求、受け入れるわけがありません」
グラスジュール殿下はそう言った後、剣を鞘から抜く。
王妃殿下とグラスジュール殿下の間が、完全に決裂した瞬間だった。
この返事を聞くと、王妃殿下はすぐに、近衛第一師団の兵士に対し、
「ブリュネに代わり、わたしが命令します。わたしの命令に従わないものには厳しい処分を下しますので、覚悟しなさい」
と言って一回言葉を切った後、心を整え、
「あらかじめ選んでおいた三人に対して、グラスジュールを斬ることをこのわたしは命令します! そしてその後、リランドティーヌが抵抗をした場合、リランドティーヌについても斬ることをこのわたしは命令します! このわたしの命令に絶対に従いなさい!」
と叫んだ。
その命令を受けて、兵士たちの内、三人がグラスジュール殿下の前へ進んでくる。
近衛第一師団の兵士は、この王国の兵士の中で、もっとも高い能力を持っているという話を聞いていた。
その中からあらかじめ選んでいたという三人。
腕がとても立つ達人なのだろう。
その三人がグラスジュール殿下と戦おうとしている。
三人は、それぞれ、
「王妃殿下の為、尽くします」
と言った後、剣をグラスジュール殿下に向けた。
グラスジュール殿下の生命の危機がやってきていた。
そして、わたしにとっても生命の危機がやってきていた。
絶体絶命の危機!
しかし、グラスジュール殿下は動揺していない。
グラスジュール殿下は、微笑みながら、
「リランドティーヌ、わたしに生命をあずけてくれ!」
と言ってきた。
好意を持っている方が、熱い言葉をわたしにかけてくれている!
わたしは胸が一気に熱くなった。
「もちろんでございます。グラスジュール殿下にこの生命をあずけます!」
わたしの言葉を聞いて、うれしそうなグラスジュール殿下。
そして、
「よく言ってくれた! 安心しろ! わたしはリランドティーヌを絶対に守る!」
と叫んだ。
わたしはその言葉を聞いて、涙が出るほどうれしくなってきた。
それに対し三人は、それぞれ、
「王妃殿下のご命令です!」
と言ってグラスジュール殿下に斬りかかってくる。
すると、グラスジュール殿下は、その三人の剣をあっという間にかわした。
そして、その三人の腕をそれぞれ強打する。
三人はそれぞれ防具をつけているとはいうものの、その剣の衝撃は強い。
三人は剣を持てなくなり、剣をその場に取り落とした。
さすがは剣術の達人!
わたしは胸がますます熱くなり、涙がこぼれてきた。
「わたしに抵抗しなければ、剣を拾うことを許す」
グラスジュール殿下にそう言われた三人は、自分の剣を拾うと、後ろに下がっていく。
抵抗する気はまだ持っているようだけれど、腕が痛くて戦うことはできないようだ。
これにより、兵士たちの動きは止まった。
グラスジュール殿下と対峙はするものの、斬りかかる勇気のあるものはいないようだ。
現在の状況を確認したグラスジュール殿下は、
「ブリュネ、そして、みなのもの、わたしは近衛師団のすべてを動かす権限を国王陛下より与えられている。そして、ここにその権限書がある」
と言いながら、権限書をここにいる全員に示した後、
「わたしは、ここにいる王妃殿下よりも立場は上だ。それはもうそなたたちも十分理解をしたと思う。わたしに斬りかかった三人も含めて、今、わたしに降伏するのであれば、条件付きでここにいる全員の生命を助ける。それだけではなく、ブリュネは師団長から退いてもらわなければならないが、別の役職を与えることにするし、他の兵士たちはそのまま師団で働いてもらう」
と言った。
ブリュネ中将や兵士はグラスジュール殿下の話を黙って聞いている。
ブリュネ中将を始めとした各師団長は、グラスジュール殿下に近衛師団の指揮の権限が移ったことは聞いていたし、権限書も見せられていた。
しかし、王妃殿下の指揮下にあるという意識が強かったので、グラスジュール殿下の指揮下に入ったという実感は全くと言っていいほどなかった。
この三人がグラスジュール殿下に斬りかかったのも、王妃殿下の指揮下にあるという意識が強かったからだろう。
それが、この状況で権限書を改めて提示されたことで、ブリュネ中将には、グラスジュール殿下の指揮下に入らなければならないということが、急速に認識されてきたのだと思う。
兵士たちの方は初めて聞かされる話ではあったので、最初は戸惑いがあった。
しかし、それならばこそ、グラスジュール殿下の指揮下に入らなければならないということが、ブリュネ中将以上に、急速に認識されてきたのだと思う。
そして、グラスジュール殿下は続けて、
「その条件というのは、そなたたちがこの事態を招いたことをきちんと反省をし、今後、わたしに絶対的な忠誠を誓うことだ。もし、その条件がのめないのであれば、ここで全員、わたしのこの剣で処断をする!」
と言った後、剣を天井に向けてかざした。
「面白い」
「続きが気になる。続きを読みたい」
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