第六十六話 奇跡
わたしが治癒魔法によるグラスジュール殿下への治療を終えた後、侍医が診察を行い始めた。
わたしが治療をしている間、ずっと黙って見守っていた国王陛下は、診察が始まった後も、黙ってそれを見守っている。
わたしも黙って見守っていた。
というより、疲れで動けなかったと言った方がいいだろう。
わたしは、残りわずかの魔法の力で、自分自身を癒した。
もっと力が残っていたら、ある程度疲れが取れたのだろう。
しかし、今のわたしの力では、倒れる寸前の状態からの脱出だけで精一杯。
それでもこの魔法の力で、この後の国王陛下への対応、そして、グラスジュール殿下への対応が可能になった。
あれほど苦しんでいたグラスジュール殿下が、穏やかな表情になっているので、治療は成功したと思う。
思うのだけれど……。
病状そのものが良い方向にいったのではなく、症状だけが緩和されただけの可能性もないとはいえない。
すなわち、熱が下がることなく、苦しみだけが和らいだということだ。
もしそうであれば、結局のところ侍医が言ったように、今夜を越すのは難しくなるだろう。
そうであってほしくはない。
病状自体が良くなり、健康になっていこと。
それがこの魔法を使う意義なのだ。
わたしは心が苦しくなりながら、侍医の診察が終わるのを待った。
診察が終わったようだ。
侍医は国王陛下とわたしの方を向く。
緊張の一瞬。
やがて、侍医は。
「国王陛下、リランドティーヌ様。お喜びください。グラスジュール殿下は熱も下がり、脈拍も安定してきており、病気に伴って発生した症状も改善されてきております。これでもう生命の危機は脱出することができたと申してよろしいかと存じます」
と言った。
普段は淡々と話し、謹厳な表情の侍医。
彼は、医療というものに生命をかけ、どんな時にも冷静に行動する人だ。
しかし、今回はうれしさを抑えきれないようだ。
話の最後の方ではほんの少しではあるものの、微笑んでいた。
まあ、すぐにまたいつもの謹厳な表情に戻ってしまったのだけど。
それまでずっと黙っていた国王陛下は、
「今の言葉、信じてもいいのだな?」
と言う。
それに対して侍医は、
「これからよほどのことがない限りは、健康になっていくでしょう」
と応えた。
「そうか、よかった。わたしとしては、グラスジュールが生命の危機を脱出することができたのが何よりもうれしい。そして、健康になっていく道が開けたこともうれしいことだ。そなたとリランドティーヌには感謝してもしきれないな」
国王陛下はそう言うと、グラスジュール殿下のそばの椅子に座り、涙を流し始めた。
「グラスジュールよ、もしお前がわたしを残してこの世を去っていたら、わたしは生きる気力がなくなっていたと思う。わたしはお前のことを愛している。わたしはお前とこれからも一緒にいられることが何よりもうれしいのだ」
王室の人たちのほとんどがグラスジュール殿下の敵になりつつあある中で、国王陛下だけは変わらずにグラスジュール殿下を愛し続けている。
わたしは胸が一杯になった。
やがて、国王陛下は涙を拭くと、侍医に対して、
「グラスジュールの生命が救われた。これは奇跡と言っていいことだな?」
と言った。
それに対し侍医は、
「はい、既にグラスジュール殿下の病状は、わたしの手ではもう治療できないほどまでに悪化しておりました。それをリランドティーヌ様は治すことができたのです。これはわたしも奇跡と言っていいことだと思っております」
と応える。
「そなたがそう言うのであれば。奇跡という認識で良さそうだ」
国王陛下はそう言った後、わたしの方を向いた。
そして、
「そなたの治癒魔法でグラスジュールは救われた。リランドティーヌよ、ありがとう。わたしはそなたに感謝してもしきれない思いだ」
と言って頭を下げた。
わたしはあわてて、
「国王陛下、頭をお上げください。おそれ多いことでございます」
と言った。
国王陛下は頭を上げると、
「いや、そなたはそれだけのすごいことを行ったのだ。医療ではもう手をつけることのできなかったグラスジュールの病気を治すという偉業を成し遂げたのだから、いくら賞賛してもしきれない。この王国には、聖女は存在していなかった。治癒魔法を使えるものたちはいても、そのののたちは軽い病気やケガしか治すことができななかったからだ。しかし、そなたはグラスジュールがなったような重い病気を治癒魔法で回復させている。これはこの王国始まって以来のことだと言ってもいいと思っているのだ。そなたの治癒魔法は聖女に認定できるほどのものだと思っている」
と言った。
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