第二十一話 それぞれの思惑
父はこういうに違いない。
「わたしたちは、お前の幸せを思って、グラスジュール殿下の婚約者候補にした。そして、婚約者になったのだ。でもグラスジュール殿下は、王太子としてふさわしくなかった。これからは、ウスタードール殿下と、その婚約者候補である妹のコルヴィテーヌが、婚約者、王太子妃、王妃になるのを応援してあげてほしい」
継母も同じようなことを言うのに違いない。
要するに、ウスタードール殿下が王太子になることを見込んでいるのだ。
その妃になるのはコルヴィテーヌ。
こういう考えがあるからこそ、わたしを平気でグラスジュール殿下の婚約者候補にしたのだ。
冗談ではない。
この婚約を断りたい!
そう思うのだけれど、前世の記憶を思い出す前のわたしは、今思ったようなことは深く考えることはできず、既に婚約者候補になることを了承してしまっていた。
この公爵家の雰囲気が嫌になっていたので、ここにいるよりは、はるかにましだと思う気持ちが強かったようだ。
となると、このままグラスジュール殿下と婚約するしかないのだろう。
でも噂のような人であれば、結婚どころか、婚約を続けられるかどうかもわからない。
婚約を破棄されたら、わたしはもうフィリシャール公爵家には戻れない。
前世と同じく、追放されてしまうだろう。
処断は避けられると思う。
しかし、行くところはないので、修道院に入るしかないと思われる。
そういう意味では現時点でのわたしは、前世と比べても、決して状況は良いとは言えない。
わたしはこれからどうすればいいのだろう……。
そう悩んでいると、わたしは、
「そう言えば、わたしはグラスジュール殿下のことを噂でしか聞いていない……」
という思いが心の中に湧いてきた。
グラスジュール殿下の悪評は、すべて噂で聞いているものだった。
わたし自身は、今まで、グラスジュール殿下とはあいさつ程度しかしたことはない。
グラスジュール殿下は、悪評で埋め尽くされるほどの酷い人なのだろうか?
今までのわたしは、そうしたことを考えたことはなかった。
自分自身が「悪役令嬢」として見られてきたので、グラスジュール殿下がどういう評判であろうと、たいして気にならなかったという面が強い。
しかし、今のわたしは違う。
前世のことを思い出したわたし。
わたしの評判は悪くなっていく一方だったのに、それをほとんど気にせずに進んでいた結果が処断だった。
自分の身を守る為にも、自分の評判は気にせざるをえない。
そして、わたし自身の評判だけではなく、グラスジュール殿下の評判も気にしなければならない。
わたしはもうグラスジュール殿下と婚約をするしか道はない。
これが後半年前だったら、婚約を回避することができたかもしれないのに、と思う。
しかし、婚約は避けられない。
となると、グラスジュール殿下と運命をともにすることになってしまうだろう。
グラスジュール殿下の評判が悪いままでは、わたしがいくら自分の評判を良くするべく努力をしたとしても、無断な努力で終わるだろう。
先程も思ったことだけれど、最後に待っているのは修道院行きだ。
評判を良くするならば、グラスジュール殿下と一緒に努力していかなければならない。
しかし、わたしはグラスジュール殿下がそれほど酷い人だとは思えなかった。
もともとは学業が優秀で、武術・馬術・剣術についても優秀な方だ。
周囲の評判など百も承知のはず。
特に最近は、
「傲慢であることに対して苦言を呈しても、全く聞く耳を持たない愚かな人物」
という悪評がますます高まってきていた。
優秀な方であるのだから、そういうことを承知していないということはありえないと思う。
もしかすると、グラスジュール殿下はわざとそういう態度を取っているのではないのだろうか?
どうもそういう気がしてくる。
考えてみると、グラスジュール殿下の周囲は敵が多い。
その勢力は、ウスタードール殿下が生まれてから発生し、年が経つと同時に拡大が続いている。
特に継母の王妃殿下は、わたしの耳にも入ってくるほど、自分の実子であるウスタードール殿下を王太子にしたいと強く思い、その動きの中心となって動いてきた。
その動きが自分の幼い頃から始まっているのだから、グラスジュール殿下としても嫌な気持ちをずっと持ち続けるようになったのだろう。
父である国王陛下はグラスジュール殿下をそのまま国王にしたいと思っているので、今のところグラスジュール殿下は、王太子の地位を維持することはできている。
しかし、国王陛下は王妃殿下を愛しているので、王妃殿下の、
「ウスタードールを王太子にしたい」
という要請を断れなくなる可能性は、かなり強いと思われる。
こういう場合、反対勢力と戦う道を選ぶか、恭順して王太子をあきらめるという道のどちらかを選ぶのが普通だと思う
しかし、どうもグラスジュール殿下はこれ以外の第三の道を選んだようだ。
それは、
「王太子にふさわしくない態度をわざと取って、ウスタードール殿下に王太子の座を譲る」
というものだ。
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