3 おさかな事件
港町に降り立って、びっくりしたのが『風の匂いがちがう!』ってことだった。
この匂い……潮の香り?
ギラギラと照り付ける太陽が、水面に反射して、より眩しく目に突き刺さる。
おお、すごい! これが海! 知識では知っていたけど、私、実物を見るのは初めてだよ!!
保護施設にいると、すぐにどこでも津々浦々って感じだけど、それは当たり前のことじゃない。空間転移の魔法は、人間には使えないからね。それこそ竜とか、力の強い幻獣だけが扱える。
この国の交通は、馬車がメインだ。だから、私は実家のある領地と、王都ぐらいしか知らない。
爽やかな潮の匂いをはらんだ風が吹き抜ける。私たちが降り立ったのは船着き場だった。正面には海! たくさんの船!
後ろを振り返れば、開放的で活気のある港町の風景が広がっていた。
ミュリエルが嬉しそうに飛び跳ねる。
「わ! 海~! 潮の匂い~!」
「おっきいね~」
私は両腕を広げて、胸いっぱいに空気を吸いこんだ。
スゥちゃんも真似するように、私の肩の上で両手を万歳している。
この風景を目にするだけでも、何だか楽しい! 私とミュリエルはすっかりはしゃいでいた。
一方、
「……日差し、強い……」
クラトスはげんなりと呟いていた。腕を掲げて、自分に降り注ぐ陽光を遮ろうとしている。
確かに、引きこも……んんっ、室内にこもりがちな人にとっては、この日差しはきついかも。
おっと、はしゃいでいる場合じゃなかった。
今日は遊びに来たわけじゃないもんね。これはれっきとしたお仕事!
私はクラトスを見上げて、尋ねる。
「ねえ、クラトス。シルクが『泥棒が出た』って言ってたけど」
「うん。また情報収集からだね」
また『顔』で情報を集めるのかなあ。そう思いながら、クラトスをじっと見つめる。すると、クラトスはやんわりとほほ笑みながら、首を傾げた。
え、……あの。以前の不愛想ぶりは、どこに飛んで行ってしまったのですか?
顔を合わせるたびにほほ笑まれたら、もたないんだけど。主に私の心臓がね。
こほん……ともかく、私たちは辺りを散策しながら、漁師さんから話を聞くことにした。
はい。今回、情報収集において、とても役立ったもの。
それは、クラトスの『顔』ではありませんでした!
「ねえねえ! おじさん、それは何?」
「うん? お嬢ちゃん、釣りを知らないのかい?」
「知らない! 教えて~」
わ、ミュリエルが話しかけると、おじさんたち、みんなニッコニコだよ!
可愛いもんね。
今回はクラトスの顔よりも、ミュリエルの元気で可愛い態度が大活躍だ。
「ねえ、おじさん、この辺りで最近、泥棒が出たりしなかった?」
「ああ、それなら俺たち、みんな困ってるんだよ」
すごい! 会話を始めてから、たった数秒で、もう欲しかった情報が!?
「みんなってことは、被害に遭っている人が多いの?」
「ああ。この辺りの漁師たちは、みんなやられちまってるね。罠にかけてやろうともしたんだが、相手はどうにもずる賢い」
「罠?」
私は横から口を挟んだ。
「あの、泥棒を捕まえたいのなら、この街の衛兵さんに被害を訴えるということはできないんですか?」
「ダメだダメだ、あいつら俺たちの話を聞いちゃくれねえよ。まあ、盗まれたものが盗まれたものだしなあ」
ん? ってことは?
「それって、何を盗まれてるんですか?」
「お魚、だよ」
泥棒って、お魚泥棒のことなの?
その後、他の漁師さんたちから聞いた話を総合すると。
泥棒が現れるようになったのは、今から1週間くらい前から。獲った魚がなくなっちゃうんだって。でも、誰も犯人の姿は見ていないらしい。
訝しく思った漁師さんが、一晩ずっと見張っていたこともあるらしいんだけど、犯人の姿を見ることはできなかった。でも、なぜか、お魚は減っている。
なるほど、不思議な事件だ。
それにしても、犯人はどうしてお魚を狙うんだろう? 食べてるのかな?
そこまで考えて、私のお腹がぐうって鳴った。ハッとして、お腹を押さえる。
うう、恥ずかしいよう……。
でも、すっかり朝ご飯を食べるのを忘れてたんだもん。
すると、クラトスが気付いたように言う。
「そうか。普通の人は毎朝、朝食を食べるんだね」
「え、当たり前のこと言ってる!? そういえば、私が施設に来る前のクラトスの食生活って……」
「時間通りに食べるってことはしなかった。忘れていることもよくあったけど」
「だめだよ!? 食事は、健康な生活の基本だから! クラトスも、ちゃんと食べてね?」
私がそう言うと、クラトスはこくりと頷く。
「うん。エリンと一緒なら、食べるよ」
「え……!?」
そんな純粋な目で肯定されると……!
私の頬は熱くなる。
ミュリエルが私の耳元でささやいた。
「……エリンがいなくなったら、クラトスってとことんダメになりそうよね」
「うう……」
私は恥ずかしくて、何も答えられなかったけど。
内心ではこう考えていた。
本当に、そうかも……?
クラトスって天才なのに、生活能力の欠如が激しいもんなあ。(むしろ、だからこそ天才なの?)
とりあえず、まずは事件の調査前に、朝食といきますか。
◇
お店はミュリエルが選んでくれた。「こっちからいい匂いがする~!」と、どんどん坂を上っていく。
たどり着いたのは、街の中でも小高いところにあるカフェだ。テラス席だから、爽やかな風が通り抜けて気持ちいい! 海を一望できて、景色も最高だ。
フルーツ盛り合わせの器が届いた。スゥちゃんが「わーい!」と飛んでいく。フルーツを手にして、もっしゃもっしゃと頬袋にたくわえ始めた。
「ねえ、クラトス。今回の事件って、ずいぶんとまったりしてるっていうか……あ、もちろん、お魚を盗られた漁師さんたちは、すっごく困っていると思うけど。私はまた、幻獣ハンターとか、傷ついた幻獣がいるとか。深刻な問題が起こってるのかと思ったよ」
「ああ……事件の規模は、毎回それぞれだから」
クラトスは何かを考えこむようにしながら、視線を海へとやった。
風が通り抜けると、クラトスの繊細な金髪が揺れる。
何というか……この人、考え事をしてるだけで絵になるんだよなあ。
どこからか、「きゃ……」と黄色い声が聞こえてくる。うう……また注目を集めています。店中の視線がこっちに向かってるよ。
というか、今日はミュリエル(美少女)も一緒だから、老若男女問わず、じろじろ、じろじろと……。
私は1人だけ地味な見た目だから、きっと背景に溶けこんでいるだろうね。
「そういえば、施設に入って来る情報って、どうやって集めているの?」
「ごめん。それは誓約があるから言えない。……僕に、言えることがあるとすれば、個人の主観によって、問題の深刻さは変わる」
「シルクが伝えているのは、客観的に見たピンチじゃなくて、主観が入ってるってこと?」
「うん」
確かに、前の時はディルベルがあんなに大変な目に逢っていたのに……。その情報はシルクは伝えてくれなかったもんね。
うーん……考えてみれば不思議だ。あのクリスタルにはどうやって、情報が集まってきているんだろう。





