殿下の作戦会議編
「今日、君たちに集まってもらったのは、他でもない」
その日、レオルドはディルベルとミュリエルを王城に呼び出していた。
城の会議室。
レオルドは奥の席でひじをついて、指を絡ませている。
その眼差しは鋭く、真剣そのものだ。
その一方で、ディルベルとミュリエルは退屈そうだった。ディルベルはガラ悪く着席し、大あくびをしている。ミュリエルは自分の髪をくるくると指でいじっていた。
「最近、エリンとクラトスの仲が深まっているように思えてな。早急に対策を立てなければならない。そこで、私は2人のことをよく知る、君たちの意見を聞きたいと考えている」
すると、ミュリエルが髪をいじりながら口を開いた。
「ねえ、レオルド~。人間の言葉ってたまに難しいから、教えてほしんだけど」
「ああ、構わないよ」
柔和な微笑みで、レオルドは頷く。
見た者を誰でも虜にしそうなほどの笑みだったが……。
「噛ませ犬ってどういう意味?」
「…………」
その笑みが、ぴしっと引きつった。
代わりに、ディルベルがずばっと言った。
「こいつのことだ!」
「じゃあ、当て馬」
「こいつのことだな!」
「控えの選手」
「こいつだな!!」
新しいおもちゃを見つけたとばかりに、にやにやと笑うディルベル。
彼らの前でレオルドは撃沈していた。
「き、君たち……! もう言わないでくれ」
「でも、レオルドって、人間の中ではかなりいい男よね?」
「おう。そこは間違いない」
「顔がいいし」
「ああ。性格もな。人間の中でも上位クラスにまっとうで、いい奴だと俺は思うぞ」
「君たち! もっと言ってくれ!!」
レオルドは一瞬で復活した。
単純な男である。
そこで、ミュリエルが不思議そうに首を傾げる。
「じゃあさ、クラトスとレオルド。雄として優れてるのはどっち?」
「そりゃ、レオルドじゃね?」
「そうなのか!? 私はクラトスに勝っているというのか?」
「だって、クラトスはなあ。あいつ、割とダメなところ多いぞ。社交性ゼロだし、興味ないものは記憶しねえし、寝不足だとアホになるし。権力も金も持ってねえ」
「なるほど。つまり私は、クラトスが持っていない部分をアピールすればいいわけだな。権力とか金とか」
「そこをアピールしてくる王子は、嫌すぎるだろ……!?」
「では、どうすればいいのだ? 私も金がないふりをすればいいか?」
「……真面目に、言ってるんだよな……?」
ディルベルはさすがに呆れた顔をする。
すると、ミュリエルが思いついたように指を立てた。
「ねえ。クラトスがダメダメだって言うけど……エリンからしたら、そこがいい! ってことなんじゃない?」
「おお……! ダメなところが逆にいいってやつか。一理あるかもな」
「待ってくれ。メモする」
明らかに不要な情報しか話されていないのに、レオルドは律儀にメモりだした。
「つまり、人からすればダメとしか思えない箇所でも、それが共感や親近感を持たせ、なおかつ、それを支えてあげたいと思うことにより、保護欲を刺激されるというわけだな」
考察がうますぎて、ディルベルは舌を巻いた。
「あんた……実はすげえ頭いいだろ……!?」
「ふふ、私の異名を知っているかい? 『馬鹿じゃない方の王子』だよ」
「そんなもん、異名に使うな!!」
「私に足りないのは、『ダメな箇所』だったというわけか。とても参考になる意見をありがとう」
「これ参考になってるの?」
「これが『参考になる』という感想につながるところが、もうすでにダメじゃね!?」
竜のありがたい意見を、レオルドはさらっと聞き流していた。
(待っていてくれ、エリン)
彼は決意を固めていた。
(私は君のために……ダメになる!!)
彼は大真面目である。
真面目で優秀な、馬鹿だった。
数日後。
保護施設にやって来たレオルドは、沈みきっていた。
「ミュリエル、ディルベル! 聞いてくれ。私には才能がないんだ……!」
中庭のテーブルに突っ伏して、レオルドは嘆いていた。
「私は努力した。自分なりに分析し、勉強し……頑張って、ダメになろうとしたんだ」
「すでにその発言が破綻してるわ」
「努力できる時点で、優秀だもんな……」
「そして、悟った。私にはダメになる才能がなかったんだ……! うわああっ」
「これ、真剣に言ってるのよね?」
「これを真剣に言ってること自体が、すごくダメだということになぜ気付かねえ?」
レオルドが言うには、彼はまず職務放棄から始めたらしい。
仕事を投げ出す男は、ダメなやつに間違いない! ということで。
城を出て、街中をぷらぷらしていると、住人に声をかけられた。そこで街の困りごとの相談に乗り、その意見をまとめ、城へと持ち帰った。
その後、しかるべき機関に相談。問題解決に奔走した……ところで、彼は気付いたらしい。
めちゃくちゃ働いてしまっていることに……!
「いや、気付くの遅くね?」
ディルベルのツッコミを無視して、レオルドはへこみ続ける。
「他にもいろいろとやってみようとしたんだ。でも、私が街を歩くと、なぜか多くの国民に声をかけられ……。城でくつろいでいれば、城の者が多く声をかけてきて……」
「人望がすげえな!?」
「すごい! クラトスにはない人望力よ!」
「そう! 人望があるせいで、私はダメにはなれなかった……」
「これ、いったい何の相談だよ!?」
レオルドはいたって真面目である。真面目に、自分の優秀さを嘆いていた。
その時、
「あ、レオルド様! 来てたんですね!」
エリンが笑顔でやって来る。
すると、レオルドの情けない態度は、一瞬で消滅。姿勢よく、優雅な体勢をとる。そして、甘い笑みをエリンに向けた。
……やはり、10代男子たるもの、好きな人の前ではカッコつけたいらしい。
「やあ、エリン。こんにちは」
「こんにちは! そういえば、昨日、王都に行ったんですけど、レオルド様ってすごいですよね。教会の人たちがみんな褒めてましたよ」
「え……?」
「レオルド様はいつも親身になってくれる、優しい人だって」
「ほ、ほんとに?」
レオルドは、ぱああ、と顔を輝かせた。その背後で、犬のようにしっぽを振っている光景を、ディルベルは幻視していた。
「……エリンも、そういう男を好ましく思うのだろうか?」
「え? はい、もちろん!」
レオルドはエリンを見つめて、固まった。おそらく、嬉しすぎて思考が止まったのだろう。
その間にエリンはミュリエルに「クラトス見なかった?」と聞く。ミュリエルが「あっち」と答えると、そちらへと立ち去った。
(おい〜〜ッ! あまりにも不憫……!?)
ディルベルは内心で愕然とする。
だが、エリンがクラトスを探していることは、幸運にも、レオルドは聞きそびれたらしい。
止まっていた時間が戻ったらしく、レオルドは嬉しそうに頷いた。
自信満々な様子で、
「どうやら、私はこのままでも問題ないようだ。クラトスのような、ダメになる才能がないからな」
失礼千万なことを言っている。
「そして、そんな自分のことを誇りに思おう」
もう勝手にやってろよ!! とディルベルは思った。
数日後。
レオルドは会う度に、ディルベルたちに礼を言った。更には先日のお礼として、大量の肉を贈ってくれた。
律儀なものだ。
――そして、それこそがレオルドのいいところなのだと、ミュリエルとディルベルの2人は確信するのだった。





