寝不足の時のエヴァ博士
「エリンー!」
鈴の音を鳴らすような可愛い声が、施設内に響く。
空を飛んでやって来たのは、1人の女の子だった。
その姿を見て、私は手を振った。
「あ、ミュリエル!」
「やっほ~! 遊びに来ちゃった!」
「いらっしゃいー!」
私たちは中庭で手を合わせて、飛び跳ねる。
ミュリエルは火竜【フロガルド】だ。先日の事件で大変な目にあったけれど、今ではすっかり回復した。
彼女の人化は、私と同い年くらいの女の子だ。
長い赤髪をポニーテールにしている。気の強そうな顔立ちをしているけど、表情は豊かだ。特に私に懐いてくれていて、私と顔を合わせるとパッと笑顔になってくれる。
角と黒い翼が生えていて、一目で人外だとわかる。
あれからミュリエルは、王都に足繁く通って、街の復興のお手伝いをしていた。
街を壊したのはマルセルであって、ミュリエルは何も悪くないのに……責任感のある、いい子だ。
私はお茶をいれて、中庭のテーブルでミュリエルとお喋りを始めた。
すると、施設の他の人たちも顔を覗かせる。
「ねえ、聞いて、エリン! あたし、王都にしばらく住むことに決めたの。レオルドも許可してくれたし。というか、むしろ食い気味に『ぜひ滞在してくれぇ!!』って頼まれたわ。あたしのために家も建ててくれるって」
「レオルド様が?」
そんなにミュリエルのことが気に入ったのかな? と思ったけど、ディルベルが呆れたように告げる。
「……そりゃ、ミュリエルがいれば空間転移ができるから、エリンに会いやすくなるからじゃねえ?」
「え?!」
いや、そんな理由で? 今だって週1で私は王都に通っているから、頻繁に会っているはずなんだけどなあ。
「それで、ここの展望台にあるような転移ゲートが、王都にもあれば、行き来か楽になるんだけど……あのゲートって、どこで手に入るものなの?」
「あれは僕が作った」
涼しい顔でクラトスが言う。
おお……自作だったのね。でも、この人の正体ってエヴァ博士なわけだから、魔導具製作もお手の物なのだろう。もしかして、この施設にある魔導具って全部、クラトス製なのかな?
「同じものが欲しいなら作るよ。3日かかる」
「本当!? ぜひお願いするわ!」
「うん。じゃあ、さっそく作ってくる」
クラトスは空を飛んで、自室に向かう。
すると、ディルベルがやれやれという顔をして、
「エリン。たまにメシをあいつに届けてやってくれ」
「え?」
「あいつ、一度集中すると他のことが目に入らなくなるだろ? それで寝食忘れて、引きこもりになっちまうぜ」
いやいや、さすがに。
3日間、飲まず食わずで、眠りもしないなんてこと、ないよね?
…………クラトスだよ?
やっぱり、ありえそう……!!
「それって、前はどうしてたの?」
「いや、何も。放っておくしかなかったぜ。クラトスは、集中してる時はどんなに声かけても気付かねえし。エリンくらいだからな、反応してもらえるの。たまに限界迎えて、そのへんでぶっ倒れてるってこともあったぜ」
私は「ええー……」と思った。
やっぱり、天才ってどこか変わってるのかなあ……?
まあ、ご飯はちゃんと食べた方がいいよね。
というわけで、私はサンドイッチを作って、クラトスの部屋までやって来た。
ドアをノックして、声をかける。
「クラトス、ご飯持ってきたよー」
「……エリン? 入っていいよ」
ちゃんと返事があった。
お邪魔しまーす……あ、そういえば、クラトスの部屋、初めて入る。
室内は本棚と本がいっぱい置いてあった。
すご、書庫に置いてあるのだけじゃなかったんだ……。
クラトスは空中で座りこんで、宙に浮いた石と向かい合っている。
魔法石だ。
クラトスは手をかざしていて、そこに複雑な紋様やら文字(私には読めない)が浮かび上がり、次々と流れていく。
淡く光を発していて、神秘的な光景だ。
そういえば魔導具って、魔法石に魔法陣を刻んで、作るんだっけ。
「お疲れ様、サンドイッチ作ってきたんだけど……」
「エリンの手作り……たべる……」
返事はあるけど、こっちは見てくれない。
持っていたトレイからサンドイッチが浮かび上がって、クラトスはそれをつかんだ。
食べながら作業を続けている。
すごく真剣な様子だし、邪魔しちゃ悪いよね。
そう思ったけど、私はなかなか部屋を去ることができなかった。
だってさ、そのー……。
私はちらっとクラトスの横顔を見て、顔を赤くする。
……集中してる時のクラトス、いいなあ……。
冴えた感じとか、真剣な目付きとか。
しばらく見つめていてもクラトスは気付かなかったので、存分に堪能できた。
クラトスが自室から出てきたのは、それから3日後のことだった。
「……できたよ」
空中から中庭に降りてくる。
彼のそばには扉も浮かんでいて、それが地面に置かれた。
ああ、クラトスの目付きが悪くなってる……! 寝不足みたいだ。
扉を見て、ミュリエルは嬉しそうに顔を輝かせた。
「さっそく使ってみてもいい!?」
「……ん」
ミュリエルが手をかざすと、扉に赤い光が灯る。ディルベルが使う時は闇色なのに、ミュリエルの時は緋色に輝くんだね。
ミュリエルは楽しそうにゲートの中を行ったり来たりしていた。
ちゃんと使えるみたいだ。
「すごいじゃない、クラトス! これが王都にもあれば便利だわ!」
ミュリエルは飛び跳ねて喜ぶ。背中の翼も一緒にパタパタとしてて可愛い。
それにしても、3日でこんな大がかりな魔導具ができるなんてすごい。
「クラトス、お疲れ様」
「………………ん、……」
私が声をかけると、クラトスはハッとした。
……今、立ったまま寝てた?
何だかつらそうに顔を押さえてるし。
「じゃあ、僕は寝てくる……」
クラトスは浮かび上がって、自室へと向かおうとした。しかし、飛行がふらついている。
その結果、
ごーん! べしゃっ!
壁に激突して、落下した。
寝不足のクラトスって、途端にドジになるよね!?
「大丈夫!?」
「い……いたい……」
……本当に大丈夫?
いつもより口調も、ゆるゆるになってるんですけど。
「額が赤くなってるよ!? 治すからこっち向いて」
「……うん」
素直にこっちを向いたクラトスに手をかざした。
これくらいの怪我ならすぐ治せるからね。見える光景もきっと大したものじゃない。
そう思っていたのに……。
『今日もエリンが可愛い』
『エリン……好き』
いや、そのちょっとの量が、特大感情~!
ぐうう……!
すごいものが見えた!
胸を押さえてうずくまりたい衝動にかられる。
その上、クラトスは歩き出しながら、ぼそりと言った。
「ねむい……エリンの膝枕でねたい…………」
「っ…………!?」
ちょちょ、ちょっとおおお!
今、この人、ものすっごく変なこと言わなかった!?
ディルベルが呆れたように告げる。
「眠気のせいで頭がやられてやがる……! おい、エリン。試しに『膝枕? してあげよっか?』って言ってみてくれ。今のアイツがどんな反応するのか見たい」
「言わないよ!? やりません!!」
ミュリエルは顔を赤くして、私のことを見た。
「え? そういう……? 2人って、そういう関係だったの?」
「ちがうよ!」
「でも、膝枕って恋人同士じゃないと普通はしないわよね?」
「あれは不可抗力! たまたまそうなっちゃっただけなの!」
「やっぱり、してあげたことあるのね?」
う、うわあああ、墓穴を掘った!
ミュリエルは顔を赤くしたまま言う。
「……してあげたら?」
だから、しませんってば!!
このあと、殿下が押しかけてきます。





