王妃の回想
いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。
誤字報告、感謝申し上げます。
今回の話は、主人公サイドではないので、少しばかり胸クソかもしれません。
◇◇◇塔の王妃◇◇◇
王宮の最上階よりもさらに高く、王妃の間の三分の一もない広さの部屋に、わたくしはいる。
長男のクローガにより幽閉されたからだ。
本当に可愛げのない、憎々しい長男である。
わたくし、レフコー王妃は、王立の学園に在籍している時、当時マグワイヤ国王太子であったエイドス殿下に見染められた。
正確に言えば、エイドス殿下は当時婚約者がいたのだが、そちらを捨てて、わたくしを選んだ。
当然である。
当時、殿下の婚約者であった女は、身分は公爵令嬢で、わたくしよりも家柄はずっと上であったが、顔だちや体つきは、殿方が好むものではなかったのだ。
だが、殿下との婚姻に際し、殿下の母君である王妃は良い顔をしなかった。
婚姻前にあわただしく行われた王妃教育では、わたしくはとにかく苛められた。
それも当然なのだ。わたくしは父上が資財を投じて買った、男爵家の出自である。
王家や公爵家のような、上級の教育を受けていない。
カップの置き方一つでも気に入らないと、王妃はわたくしに罰を与える。
王妃の持つ加護は「炎」だ。指先から出る小さな炎を、わたくしに投げつける。
わたくしの手は、いつも小さな水疱が出来てはつぶれていた。
「そのくらいのこと、公女は六歳から出来ていましたよ」
意地悪く、眉を上げ、王妃はよくこう言った。
公女とは、殿下の婚約者であった、ノスコーナ令嬢のことだ。
地味な容姿に控えめな気質は、王妃のお気に入りだった。
特に、マグワイヤ国では貴重な「治癒」の加護を持つ女だったと聞く。
「あなたは、ただ、嫡男を産めばいいのです」
結婚式での王妃の言葉だ。
悔し涙を何度も流しながら、ようよう子を孕んだが、悪阻はきつく、食も通らず、死ぬかと思った。
いざ出産になると、私のベッドの周りには、医者と殿下の他に、王妃と王妃の侍女たちが、ずらりと並んでいた。屈辱的な出産であった。
生まれ落ちた子は男児である。
歓声があがり、わたくしがほっとしたのも束の間、嫡男となる御子は、王妃と侍女らに取り上げられた。
わたくしは、張る乳を絞り出す以外、子を育てることに一切、関わらせてはもらえなかった。
殿下には何度かお願いした。わたくしにも、子を、息子を抱かせて欲しいと。
「母上に任せておけば、問題ない」
そんな答えしか返ってこなかった。
時折絞った乳を持って、王妃の部屋を覗くと、わたくしには見せたことのない王妃の笑顔と、王妃に甘える長男の姿があった。
どす黒い感情が生まれたのは、その時だと思う。
長男は、わたくしの息子ではない。
あれは王妃の子。
わたくしは、ただ腹を貸しただけ。
そんな長男を、王妃が望むようなマグワイヤ国の嫡男などに、絶対しない。
わたくしは、わたくしだけの子を作る!
わたくしの加護は、「雷」であるが、実はもう一つ、隠している加護がある。
神の加護、というより呪いなのかもしれない。
わたくしは人を陥れ、だまし、放逐することに心が痛まないのだ。
息を吸って吐くがごとく、嘘がつける。
いや、わたくしにとっては、己の言葉はすべて真実である。
そう思って語ると、どんな虚言も真実になってしまう。
その「加護」は、当時の殿下の婚約者、ノスコーナ嬢から殿下を奪う時にも役立った。
ノスコーナ嬢は、王太子の婚約者ではなくなり、辺境の地へ嫁いだという。
わたくしは、殿下に申し上げた。
「嫡男は体が弱い子です。念のため、もう一人、男児が必要では」
殿下もその気になって、わたくしは再度身ごもった。
今度は悪阻もなく、王妃は関心がなくなったようで、わたくしは落ち着いて出産し、子育てが出来た。
わたくしの最愛の子ブロンティは、嬉しいことに、わたくしと同じ、「雷」の加護を持っていた。
ブロンティがよちよち歩きを始めた頃、前陛下はお隠れになった。
嘆く王妃にわたくしは囁いた。
「あの世ならばもう一度、陛下にお会いできますよ」
王妃は疑いもなく、わたくしの差し出したカップに口をつけ、そのままお眠りになった。
殿下は国王となり、ようやくわたくしは王妃となった。
次は、ブロンティを王太子にする。
そのためには、長男のクローガはいらない!
クローガの目の前で、わたくしはブロンティを溺愛し続けた。
クローガはわたくしに愛されたいのか、王妃亡きあとはわたくしにすり寄って来た。
もう遅いわよ。
あなたはいらない。
わたくしには、ブロンティさえいれば良い。
クローガに冷たい対応をし続けると、古くからいる侍女や執事からは、何度か苦言を頂戴した。
でもね、わたくしは、もう王妃なのです。
逆らった使用人たちは、すべて首にした。
クローガも途中から、わたくしに距離を取るようになった。
そしてクローガが八歳になった時。
マグワイヤ国では十二歳になると立太子出来る。
クローガの専属教師によれば、あと数年で、帝王学も習得できるそうだ。
そろそろ良い時期になった。
わたくしは、前王妃亡きあと、宝物殿より持ち出したマグワイヤ国の七つの神器の一つ、「呪力の刀剣」に言い聞かせた。
「嫡男は、ブロンティ。邪魔ものは排除するわ。力を貸して」
すると刀剣に、雷が落ちた。
わたくしの願いを、雷神は受け取ってくださった。
わたくしは、国王陛下が不在の夜、クローガにその剣を向けた。
わたくしはクローガの左の頬と、足の腱を深く切った。
呪力を持った刀剣の傷は治ることがない。
だらだらと血を流して、息絶えれば良い。
わたくしは前王妃によって、いつも心に止まることない血を、ずっと流していたのだから。
そのまま、クローガを国境沿いの村はずれに捨ててもらった。
血の臭いにつられて、魔獣たちがやって来る。
骨まで食い尽くされればいい。
わたくしはそう願った。
「クローガ第一王子は、辺境地への視察に同行し、行方不明」
陛下にはそう伝えた。
哀しみながらも、陛下はわたくしの言葉を信じた。
あとは、ブロンティが立太子する年齢になり、陛下の決断を待つだけとなった。
そのはずだった。
それが、まさか、生きて戻ってくるなんて。
しかも、クローガの背後には、前王の近衛兵団長まで付いていた。
どこまで、どこまでわたくしの邪魔をすれば気が済むの!
「母上」
「あら、ブロンティ。どうしたの?」
わたくしの回想は、愛しい息子の声で途切れた。
「辺境伯の協力を、取り付けられそうだよ」
にこにこと笑うブロンティ。
わたくしと同じ瞳、同じ髪の色。
笑うと一層美しい、わたくしだけの王子。
「さすが我が国の正統な王子よ、ブロンティ。よくやったわ。では、そろそろ準備に入ろうかしら」
この塔全体には、魔力による結界がかけてある。
生意気なクローガと、その手下がかけた、杜撰な結界だ。
わたくしとブロンティの加護を持ってすれば、簡単に破れる結界なのだ。
わたくしはブロンティの手を取って、天空に向かって力を込める。
刃よりも光る稲妻が垂直に走り、同時に木の枝を引き裂くような音が落ちる。
わたくしとブロンティの居場所を覆う結界は、雷の加護の力で粉砕された。
感想お待ちしております。
次回は主人公たちの視点に戻ります。




