それぞれの想い
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◇◇ソフィーリア◇◇
私が初めて、王太子様の離宮にやって来たその日の深夜。
王太子様のお部屋まで案内されて行った。
「契約の儀」のためである。
緊張しながらお部屋に入ると、肩からマントを羽織った王太子様が迎えて下さった。
王太子としての正装をされている。
凛々しい御姿に、私はどきっとする。
「これより、婚約のための契約の儀を執り行う」
お付きのアネムスさんは、退室された。
二人きりになり、私の鼓動はさらに早くなる。
王太子様は、小さな箱から何かを取り出す。
それはキラリと光る、指輪であった。
紫色の石がついていた。
彼は私の左手を取り、取り出した指輪をはめる。
「王家代々に伝わる、守護の宝珠の一つだ」
王太子様は、左頬の皮当てを外した。
現れたのは、三日月のような傷痕である。
ああ、やはり、この方は……
「かつて、俺は呪いの武具によって、ここに傷を負った」
王太子様は傷痕を、人差し指でなぞる。
「傷は、癒えたのだ。ある方のお力で」
ふと、王太子様は私を見つめられた。
その瞳は、揺れているように見えた。
「だが、呪いが残っているのか、俺が『炎の神の加護』を受けているからか、傷痕を俺がなぞると、この様なことが起こる」
王太子様の人差し指には、ぽうっと炎が点いていた。
透き通った秋の空よりも青い色の炎だ。
「これが契約の炎である。ソフィーリア。君の指先をここへ」
「はっ、はい!」
言われるがままに、私は指先を王太子様の人差し指に近づける。
ほうっ
ため息のような音が聞えた。
同時に私の指にも、青い炎が宿っていた。
熱くはない。
炎は揺らめきながら、私の腕を這い、肩から首へ、頭へと燃え上がっていく。
空中からはキラキラと、金の粉が降る。
金の粉は、青い色をところどころ藍色に変える。
私は青い炎に、すっぽりと全身を包まれた。
着ている衣服は浄化され、跡形もなく消え去った。
「!」
私は裸体になっている。
私の素肌を薄っすらと隠すように、青い炎はドレスを形造る。
はっとして王太子様を見ると、彼の視線とぶつかった。
「契約に際し、誓いを言葉に」
私は頷き、王太子様に顔を向ける。
「俺は」
「わたくしは」
「君を」
「あなた様を」
「「生涯」」
「守り抜く」
「お守りいたします」
炎はすうっと消えた。
同時に、私の体を覆っていた、炎のドレスもかき消えた。
「きゃっ!」
思わず胸を隠そうとして自分の胸を抱くと、王太子様はご自分のマントをふわりと私にかけ、私を静かに抱き寄せた。
耳元で囁かれる声。
低い声だ。
「俺は君を守る、だが……」
「王、太子様……」
「名を呼んでくれ」
「クローガ、様」
「ソフィーリア、君は俺を守らなくて良い」
目を伏せたクローガ様は、苦しそうな声を出す。
「先王の喪が明けたら、俺は王位を継ぐ。成婚はその時に同時に行う予定だが……ソフィーリア、その時が来たら、君は自由だ」
えっ?
クローガ様。今、なんて……
「それまでは、君の安全を保障する。そして、君の純潔も必ず守るから、安心してくれ」
それって、所謂、『白い結婚』ということだろうか。
やはり、クローガ様は、私ではなく、姉をご所望なのか。
思わず、私は泣きそうになった。
だって。
ようやく会えたのに。
もう一度、会いたかった人に。
◇◇クローガ◇◇
今まで何人もの部下や使用人と、契約の炎を交わしたが、今回ばかりは俺も驚いた。
青い炎がソフィーリアの全身を包み、古い衣服を瞬時に燃やしたのだから。
そもそも、青の炎が、肉体を焼くことはない。焼くのは俺の掌から出る、赤銅色の炎だ。
ただし、青い炎は不浄の物体を、浄化することがある。
一瞬だけ、ソフィーリアの裸体が見えた。
まだ大人になり切れていない、少女のしなやかな裸体は、どんな芸術作品よりも美しかった。
ずっと見ていたい。そう思った。
青い炎は俺の不浄な思いを読み取ったのか、炎をドレスの形に変え、彼女を隠した。
正直、残念だった。
でも、ドレス姿も愛らしい。今度、新しいドレスを用意しようと思う。
契約の儀で、ソフィーリアは、俺を守ると言った。
違う。
守るのは俺の仕事だ。
俺は既に、君に守ってもらった。
そして、先王の喪が明ける前に、きっと奴らが動く。
君を奴らとの戦に、巻き込みたくはない。
特に、王妃は君の素性を知ったら、真っ先に君を狙う。
だから、決めたのだ。
王妃から、呪いの武具と守護の石を全部取り返すまで、君と正式な婚姻関係を結ばないと。
もっともそれらが揃わないと、俺も王位を継ぐことが出来ない。
もし君に、もっとふさわしい相手が見つかれば、清らかな身体のまま、嫁がせてあげたい。
いや、出来ればそんなことはしたくない。
俺のこの手で、ソフィーリアを永遠に幸せにしたい。
だが、この王家は、長く呪われている。
ゆえに、俺は実母から、疎まれ呪われ、あわや死にかけた。
ソフィーリア、君のお祖父さんならご存じだったろう。
もしも、王位を継承することで、呪いまでも受け継ぐのなら、俺は終生、妃を娶ることはないだろう。ソフィーリア以外の女性を抱くことは出来ないだろう。
だから、そんな哀しそうな顔をしないでくれ。
俺はただ、君の笑顔を守りたいのだから。
次回、幽閉されているはずのクローガの母が、動き出す予感。




