炎の王子
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◇◇炎の王子◇◇
離宮に今いるのは、俺が確実に信頼している者だけだ。
それは俺が左手から出した「契約の炎」を受けとめることの出来た者たちである。
呪いの傷が治癒してから、右手の人差し指を頬の傷に当てると、俺の指先には青い炎がともるようになった。
それは魔力を使用する時の、紅い炎とは異なるものだ。
契約は互いの指先を交差させ、青い炎が一瞬燃え上がることで完了する。
もしも契約を違えたならば、その人間の全身は、青の炎と俺の赤い炎で焼き尽くされる。
離宮は王宮に比べれば、敷地も建物も大きくはない。
だから少ない人数でも離宮でも生活をまわすことができるし、少ない護衛でも、万全の防御が出来る。既に敷地全体には、強度の魔封じが貼られている。
何度も命を狙われた俺だから、今ある危険性は承知している。
この時期に婚姻を結ぶこと自体、側近の者には止められていた。
「辺境伯を信じていらっしゃるのですか」
聞いてきたのは、騎士団長のアネムスだ。
ずっと俺の存在を隠し、育ててくれた騎士の息子である。
「信じていないからこそ妃を迎えるのだ。それが人質の意味を持つくらい、辺境伯も分かっているだろう」
家臣への言い訳かもしれない。
だが、俺は決意していた。
幼少の頃、実母に殺されそうになった日に。
必ず、生き延びて国の実権を握ることを。
そして、助けてくれた少女に、恩返しをすることも。
少女について覚えているのは、出会った場所。
燃えるような髪の色。
「リア」という名前。
後々調べたら、少女に出会った場所は、先代の辺境伯の領地である。
先代の辺境伯は、王家の血筋を引いている、武術と魔術の達人だったそうだ。
代替わりしてからはあまり良い噂を聞かないが、現辺境伯は第二王子との戦の終盤、俺に味方し部隊を派遣してきた。
俺は一時期、王都から離れ、アネムスの父親に匿われていた。
アネムスの父は元近衛兵団長。
剣術と君主論を彼から学んだ。
いよいよ第二王子が王太子に指名される年齢になった時に、俺は王都に戻った。
第一王子が生還したと、近隣諸国にも広く伝えた。
父である陛下は、涙を流さんばかりに喜んだ。
母である王妃は、俺と目が合うと、憎しみを湛えた色を見せた。
なにゆえに、俺は母にそこまで忌み嫌われているのか分からない。今もだ。
ともかく、しばらくは何事もなく、俺は遅ればせながら学園に通い始めた。
頬の傷は治癒していたが、お坊ちゃんお嬢ちゃんの貴族が通う学園であることを考慮して、傷痕は皮を当て隠した。
学園において、弟の第二王子ブロンティは一つ下の学年で、いつも貴族の子女に囲まれていた。
確かブロンティは俺がしばらく姿を隠していた時期に、俺も知っている公爵令嬢と婚約をしたはずだが。
まあ、俺の目から見ても、弟は美形だ。
母譲りの青みを帯びた髪を、肩よりも長く伸ばし、琥珀色の瞳を持つ彼は、雷の神の加護を受けている。
俺が王妃に殺されかける前までは、可愛い弟であった。
俺は母には似ていない。
凡庸な茶色い髪と、黒に近い色の瞳は、先代妃、つまり俺の祖母に近い。
炎の神の加護も、祖母と同じだという。
母から疎まれたのも、その辺なのだろう。
俺が学園生活に慣れてきた頃、ブロンティがいつも傍らに侍らせていたのは、フランシオン家の令嬢、トリアンティだった。
初めてトリアンティを見た時、俺も少々胸が高鳴った。
燃えるような色の髪を無造作にかき上げ、赤紫色の瞳は煌めいている。
その髪と目の色は、かつて俺を見つけてくれた少女に近い。
顔かたちも、どこか面影が残っている、そんな気がした。
そして、トリアンティと言う名前。
あの時は、リアしか聞き取れなかったが、リアという音が入っている名だ。
しかし。
漏れ伝わってくるトリアンティの噂は、芳しくはなかった。
「意地悪で陰口の多い人」
「上位貴族でステキな男子には、すぐに近寄り媚びを売る」
「なんといっても、他人のものをやたら欲しがり、奪い取る」
俺はあの時助けてくれた少女が、わずか十年たらずで、そこまで人格が変貌すると、思いたくはなかった。
学園に通っている間、俺はひそかにトリアンティを見続けた。
観察といっても良い。
あるパーティで第二王子は婚約者ではなく、トリアンティをエスコートしてやって来た。
きらびやかな宝石をいくつも身に付けたトリアンティは、確かに大輪の花のように美しかった。
だが、その姿に俺は実母と同じ匂いを感じ、気分が悪くなったのだ。
第二王子のブロンティは、そのパーティ会場で、婚約者の公爵令嬢を悪しざまにこきおろし、
婚約破棄と騒いでいた。その横で、亀裂のような笑みを浮かべているトリアンティ。
違う!
俺を助けた少女ではない。
俺は確信し、フランシオン家の調査を行った。
調べてみると、フランシオン家にはもう一人、娘がいると分かった。
年齢も、トリアンティの二歳下。
名前は、ソフィーリア。
……リア。
「本当に、これで良かったのですか、殿下」
アネムスは心配顔である。
「賭けだからな」
「えっ?」
俺は椅子の背もたれに沿って背を伸ばす。
「俺の調査と推測が正しければ……」
家令がドアを叩く。
「着いたようだ」
俺は、立ち上がり、門から入ってくる馬車を見つめた。
馬車から降り立つ少女の姿を見て、俺は久々に笑った。
「どうやら、賭けに勝った!」




