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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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268/293

268.黒と白

 聖教国の全土から、革命の歌声が響き渡る。

 反乱の狂熱に駆られた民衆は、聖都の中心、威容を誇る大教会へと集結し、祭りの前夜を思わせる熱狂で、その神殿を取り囲もうとしていた。


 その頃、大教会の内部は、また別の、さらに異様な混沌カオスに包まれていた。


「あなたたち、そんなに簡単に反体制派に屈服するなんて、甘いにも程がある」


 ダンジョン・マスターの少女、スズが、まるで裏切られたかのような、納得のいかない表情で叫んだ。


(何を言っているのだ?! お前こそ、あちら側――革命の尖兵ではないのか?! なぜ?! なぜ、この娘は、我々に徹底抗戦を唆すのだ?!)


 枢機卿たちの心は、混乱を通り越し、もはや無明の境地である。


 そもそも、この大教会の制圧劇は、目の前の、この得体の知れない一人の少女によって、わずか数刻前に成し遂げられたばかりなのだ。


 宙を舞い、謎の光線を放つビット兵器によって、聖剣騎士団の誇る神聖な武具はすべて鉄屑と化し、聖教魔導士たちの渾身の攻撃魔法は、意味をなさぬ木葉のように弾き返された。

 彼女――この黒髪の少女の戦闘力は、信じられないという言葉さえ陳腐に思えるほど、圧倒的であった。


「……そ、そうは申されましても、もはや我々には、抵抗の術が残されてはいないのです……」


 聖剣騎士の一人が、恐怖に声帯を震わせながら、恐る恐る反論した。


「む、むう……」


 スズは、無造作に振り返る。視線の先には、鉄屑の山。

 それは、彼女のレーザー攻撃によって溶け千切れた、聖剣の骸だった。


「……彼らが求めているのは、聖女の解放なのだろう?」


「あ、ああ……。そうだ。教会の解体や、統治制度の転覆などは含まれていない……」


「ならば、なぁ。このまま、穏便に済ませて万事休す、では、いけないのか?」


 枢機卿たちは、鼠のようにコソコソとひそひそ話をする。

 彼らは、すでに戦意を喪失していた。各地の神官や荘園主までもがこの反乱に参加したという事実は、もはや旧体制の維持が不可能であることを示している。


 さらに、守護聖女の不在による国防の空白に対し、冒険者ギルドの誘致という、現実的な代替案までが囁かれている。

 冷静に状況を分析すれば、彼ら自身の地位は温存され、むしろ聖女に関わる煩雑な職務から解放されるという、楽観的な未来図さえ見え始めたのだ。


 そ、れ、な、の、に――。


「諦めが早すぎる! それじゃあ、つまらないじゃない!!!」


 地団駄を踏むほどに、スズは激昂する。

 その怒りは、状況とは全く無関係な理由から湧き出ているように見えた。


「……あ、あのぅ……。"堕天使様"は、いったい、何がお望みなのでしょうか?」


 聖教魔導士のオルティ・イルが、一縷の希望を託すように、恐る恐るスズに問いかけた。彼女のローブは、激戦――いや、一方的な蹂躙劇の爪痕を刻み、ボロボロに引き裂かれていた。


「むっ?! "堕天使"……。貴女、なかなか見込みがあるじゃない?」


 スズは、それまでの不機嫌が嘘のように、急に機嫌を直した。

 彼女は、右手の中指、薬指、小指の三本の指で片目を隠し、左手を右肘に添えるという、痛々しいポーズを取る。

 スズの胸に宿る、中二病という名の原罪が、激しく疼きだす。そして、その青臭い衝動を、感情の赴くままに言葉にする。


「フッ……。見事だ、『観測者ウォッチャー』よ。まさか、この『偽りのペルソナ』の奥底に潜む、『真姿オリジン』まで、見通す『まなこ』を持つとはな……。そうだ。今、この胸に疼くのは、単なる『動機イデア』ではない……。それは、『天界の炎』に焼かれし『原罪烙印ルシファー・マーク』ッ! かつて、『スフィア』より『追放』されし……我こそが、『闇の系譜』を継ぐ『堕天使フォールン』なのだ! よくぞ『禁忌タブー』を、口にした!」


 確かに、彼女の背には、金属質でありながら巨大な翼が広がり、頭上には円環の光が輝き、不可解な原理で宙に浮いている。その姿は、確かに「堕天使」という概念を具現化しているようにも見える……。


 しかし、それを目の当たりにした大教会の面々は、言葉の意味不明さと痛々しい振る舞いに、発言すべきか、呆れ果てるべきか、判断の回路を麻痺させる。彼らは、ただキョロキョロと視線を交わし、無言のパスを投げ合う。


(誰か、何か言えよ……)


 という、責任のなすりつけ合い。


 すると、「……コホンっ」と、スズは一つ咳払いをした。少しだけ赤面し、素に戻った彼女は、彼らに向き直る。


「……とにかく。強い人、何人かいるんでしょ? なら、順番に戦いなさいよ」


「え、えーっと? ……順番に?」


「そうよ……。強敵が一人ずつ立ちはだかる。……そして、向こうも『コイツは、俺に任せな……お前らは先に行け!』……って言いながら、熱いバトルが多層的に展開される。……それが王道!!」


 スズは、不可思議な拘りを熱く語る。それはまるで、「友情・努力・勝利」をスローガンとする、週刊少年誌のお約束展開そのものだったが、この世界の人々に理解されようはずもなかった。


 しかし、その時だった。


「その者、面白いことを言うようですね……」


 清廉な光を纏い、すべてを包み込むような白を身にまとった少女が、そこに現れた。教皇、オルショワである。


「きょ、教皇猊下!!」


 教会関係者は、反射的に跪く。


 スズは、ゆっくりと振り返る。


 そこで相対する、黒い少女と白い少女。


 まるで、堕天使と天使が睨み合うような、光と闇の対比。それは、聖戦の序章を告げるかのような、美しくも、恐ろしすぎる光景だった。


「貴女、人間ではないですね?」


 教皇オルショワが、静謐な声で問いかける。


「貴女こそ……」


 スズが、鋭い視線で切り返した。


「貴女は、異端……つまり、私たちの聖敵ではないのかしら? 何故、私たちに反撃せよと、そう望むのかしら?」


 すると、スズは、至極当然とでもいうように、繰り返した。


「それじゃあ、面白くないから……。熱きバトルが必要なのよ……」


「理解に苦しみます……。ですが、"私の国"を、無為に荒らされるのは不本意です。……そこのお前!」


 オルショワは視線を切り替え、枢機卿の一人を指差した。


「はっ!!!」


「この戦い、勝てるのか?」


「恐れながら、教皇猊下。……難しいと、言わざるを得ません……」


 枢機卿は、忌憚なき意見――そして、動かしがたい重々しい事実を伝えた。


 すると、オルショワは、大袈裟なまでに悲観的な仕草を見せる。


「はぁぁぁぁぁ、聞きたくなかった……聞きたくなかったですねぇ……」


「も、申し訳……、申し訳ございません!!」


 枢機卿は、額を大理石の床に擦りつけんばかりに平伏した。


「ダメだ……。お前、私の部屋に来て……。ああ、助祭たちよ、私の部屋で伸びている……ジェイコブと言ったか? 彼を運んでくれ……。少々汚れているから、なんとかしておいて欲しいわ」


 オルショワは、一瞬だけ、まるで悪魔のような、冷酷な笑みを浮かべた。


 それを告げられた枢機卿は、狂喜乱舞した。


「はっ!! 喜んで! ありがたき! ありがたき幸せ!! まさに、天上に昇らんとするかの幸せ!!!」


 いい歳をした大の男が、涙と鼻水を垂れ流し、真の歓喜の絶叫を上げた。


「気持ち悪っ……」


 スズは、心の底からそう呟いた。

 教皇はたちまち慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、振り返る。

 そして、その場を去ろうとする。不気味に泣き笑いする枢機卿は、助祭達が肩を抱き、無理矢理立ち上がらせた。

 そして、オルショワは、スズを見ることなく、問いかけた。


「異端の黒き天使よ……。お前は、狂っているようですね……」


「まあ、その自覚はある。でも、貴女たちほどじゃない……。それに、もっと"狂っている男"を、私は知っている……」


 スズはそう告げた。


 彼女の脳裏に浮かぶのは、偉大なる大魔導士の姿。


 たった一人の女の切実な懇願。

 聖女という重責に押し潰されそうになっていた、か弱い普通の女と、その腹違いの姉との、"真の友情"。

 そんな俗世の、ありきたりな、塵芥ちりあくたに等しい人の願いを叶えるため。ただ、些末な、そんなことの為に。


 一国と真正面から事を構えてしまう。

 壮大な侵略計画を、いとも簡単に発動してしまう。


 そんな、救いようのない"バカな男"を知っている。


「なるほど……。では、互いに、存分に、狂いましょう……」


 そう告げ、オルショワは純白の影となって去っていった。


 しかし、残された大教会の人々は、たまったものではない。この理解不能な展開に、ただ呆然とするしかなかった。


 だが、スズは、そんな彼らの困惑を無視し、独断で事態を進行させる。


「籠城戦の準備を! 向こうに、ラルフに、武器を要求するわ! あと、食糧も!」


「あっ、あのう……。立て籠もって、こちらの要求を通すには、……向こうが手出しできない状況。例えばですが、……人質とか、必要だと思うのですが……」


 オルティ・イルが、極めて現実的で、核心をついた疑問を投げかける。


「それは、心配ない……。アンナ……、貴女、人質になってくれる?」


 その唐突な言葉に、神官たちは眉をひそめ、理解に苦しんだ。


 すると、壁際に整然と並ぶ助祭たちの中から、「はぁ……」と、盛大なため息をつきながら、一人の女性が静かに歩み出してきた。


「スズ様……。少々、勝手が過ぎますよ……」

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― 新着の感想 ―
僕らの七日間戦争みたいに聖堂の中にひっそりと戦車とかないのかしら!
悪乗りが過ぎて逆におもんないって意見来てますが今回はちょっと同意かな〜。 元々パロディ要素だらけではあるんだけども。 素直に教皇とバチバチやりあっといて十分面白かったのでは。 後ブッコミかけて来たスズ…
悪乗りしすぎて逆に面白くない
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