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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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237/293

237.水上都市の巨大魚⑦

 未知の怪魚ロットン君を、領主ラルフ・ドーソンが一瞬ながらも、その釣り針に掛けた。


 そして、バラシたという噂は、落雷が大地を打つが如く、ロートシュタイン領に轟いた。何人もの釣り人が足繁く通いながら、誰も成し得なかった快挙。しかも、その激闘とも言うべき尋常ならざる水中の「何者か」の強い引きを、実際に目撃した者は少なくない。


「おいっ! 聞いたか?!」

「ふん、お前もか。どうせ、ロットン君の件だろう?」

「やはり知っていたか?! さすがはラルフさまだよなぁ」

「だが、バラシてしまったんだろう?」

「何人もの釣り人が足繁く通って、未だに掛けた奴はいなかったんだぞ……」

「そりゃあそうだ! やはり、あの水上都市には、ナニかいるぜ!」


 そんな熱を帯びた会話が、街中で、場末の飲み屋で、冒険者ギルドのロビーで、そして賑わう居酒屋領主館の客席で飛び交った。


 今までは、ランドルフ王子の目撃談しかなく、その存在は都市伝説の域を出なかった。しかし、この一連の出来事が「ロットン狂騒」に決定的な現実味を与え、さらに拍車をかけた。


 釣り人や魔獣研究者たちが中心となって盛り上がっていたはずが、なぜか一般の観光客が加速度的に増加した。どうやら、幻の巨大魚の噂は、「ランドルフ王子が目撃し、そしてラルフ・ドーソン公爵が一度は針に掛けた」という、一篇の物語性を帯びて、王都や諸外国にも届いたようだ。


 その立役者といえるのが、ヨハンを中心としたロートシュタイン出版の本好き達だ。ヨハンが執筆した『ロートシュタイン〜幻の巨大魚を求めて〜』や、なんと国王までが執筆に参加したという釣行エッセイ『オーラ!』が、瞬く間にベストセラーとなった。

「ヴラドおじさん」こと、ウラデュウス・フォン・バランタイン国王は、最高権力者としての表の顔を持ちながらも、「釣り」という庶民的なロマンと、大自然に向き合う一人の男としての生き様を見せ、それに感化された読者も多かった。彼は釣り人たちにとっての憧れの象徴、そして精神的なオピニオンリーダーとしての存在感を高めていった。


 水上都市の離宮で、国王がドワーフの火酒のロックを、グラスでカラリと鳴らしながら、共和国の記者相手にその渋さをふんだんに醸し出し語る姿を見たラルフ・ドーソンは、


(開高健先生かな?)


 と、前世の偉大なる小説家でありエッセイストの姿を重ねた。


 ラルフは、その最高潮とも言える、自らが治める領の喧騒を背に、夜の帳が下りる中、一人ある場所へと向かった。



 ロートシュタイン領の沖合に浮かぶ、孤立した岩島。


 ここには、この夏に新発見されたダンジョンの入口があり、同時に大物が釣れるという海流の当たる場所でもあったため、冒険者と釣り人が集う、一種の聖地となっていた。


 夜。その地下、岩盤の奥深く。


 海水が引き込まれた洞窟の中に、月の光も届かぬ浜が存在した。


 水中から、何か巨大で黒々とした物体が、ゆっくりと浮き上がってくる。それは、水面をザバッと割り、その姿の上部を海面に出す。まるで、黒曜石の塊が水面に躍り出たようだ。


 その物体は、スイーッと静かに岸辺に近づき始めた。やがて、その上部に開いたハッチがパカリと開く。


 そこから現れたのは、黒髪に黒色のセーラー服を着た少女。


 彼女が搭乗しているのは、潜水が可能な乗り物――ダンジョン・マスターである少女、スズが、ゴーレム技術を応用して生成した小型潜水艇だった。


「やっぱりな。そんなこったろうと思ったよ……」


 暗い洞窟の中に、聞き馴染みのある、静かだが確信に満ちた声が響き渡る。


「?! ラルフ……」


 ダンジョン・マスターのスズは、暗がりの岩に腰掛けているラルフ・ドーソンの姿に、驚きで目を見開いた。


「どうにも、あの時の引きがさぁ。魚ではないし、生き物とも思えなかったんだよ……。まるで、そう。機械みたいな引きだったんだ……」


 ラルフは、人差し指に魔法による淡い灯り――一筋の白い光――を灯し、洞窟の壁を照らした。


「ラルフ……。私は。そんな、そんなつもりはなかった……」


 スズはいつものような無表情を崩さない。しかし、その声には、微かな戸惑いと、逡巡の色が滲み出ていた。


「わかってる。他にも、……共犯がいるんだろう?」


 ラルフは言った。魔法の灯りに浮かぶ彼の表情は、責める色ではなく、むしろ優しさに満ちていた。


「違う! 本当に、そんなつもりはなかった!」


 スズは言い募る。その、滅多に声を荒げない彼女の声が、微かに震えた。


 しかし、ラルフは、洞窟の奥、暗闇のさらに向こうを見た。


 微かな足音が聞こえてきたからだ。


 小さな、だが石を踏む確かな足音。それは、共犯者が、その姿を現すということ、それしかないはずだった。

 そして、ラルフの灯した魔法の灯りが、その者の表情を、静かに、しかし鮮やかに浮かび上がらせる。


「やはりな……」


 ラルフは、諦念にも似た溜息をついた。


「あたしが、共犯者だと、いつわかったの?」


 と、暗い影から現れたその者が問うてきた。


「最初からだよ。何故、ロットン君騒動の前から、ロットン君の焼きゴテを発注できてたんだよ? エリカ……」


 暗闇から、その姿を現したのは、ラルフの奴隷である、エリカだった。

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― 新着の感想 ―
オーパみたいな本かな?
国王様、やっぱりあの方のSoulが宿ってたんですね。 それにしても、えりりんが共犯だったとは……確かに御領主のおっしゃるとおり、気をつけて見ていれば気づけたのか。そもそもラルフに奢ったって言う時点で…
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