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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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231/293

231.水上都市の巨大魚①

 ランドルフ第七王子が、ロートシュタインの水上マーケットを訪れるのは、もはや日常の儀式となっていた。


「マス寿司いらんかねぇ〜! とれたてだよ!」


「特製のウナギの押し寿司もオススメだぜ〜、王子様!」


「そこのお兄さん、今朝とれたての鯉で拵えた鯉汁が旬だぜー!」


 食べ物を売る小舟がひしめき合う人工湖の一角。水上に浮かぶ簡素な小屋群は、まるで水面に咲いた花びらのようだ。そこに人々が住み、生を営む喧騒は、王都のそれとは全く異なる、温かみのある生活の息吹に満ちている。器用に細い櫂を操る住民たちの声と、そこに集う観光客のざわめきが、湖面に複雑な模様を描いていた。


 ランドルフ王子は、この場所の自由な雰囲気がお気に入りだった。

 この日も、彼は護衛も従者も伴わず、少し前に自腹で購入した飾り気のない小舟に立っていた。

 長い櫂を水に差し入れ、淀みなく引き回すその手つきは、もはや王族というよりも、この水辺で生まれ育った漁民の少年のようだ。

 王族にあるまじき姿だが、彼は周囲の目を全く気にしなかった。


(さて、今日の昼メシは、なんにしようかなぁ?!)


 小舟の商人たちを眺めているだけで、迷いは尽きない。

 鮮やかな色彩の屋台、鼻腔をくすぐる食欲をそそる匂い。どれもが最高の味を約束していることは、彼がこのマーケットに通い詰める理由だ。

 時折現れる、隠れた名物であるカレーパンを売る少女の姿を見つけられれば、それこそが一択なのだが、あいにく、この日はその姿が見えない。


 それでも、腹の虫が無視できないほど、水上のグルメが彼の心を捕らえて離さない。


 ランドルフは結局、香ばしく焼き上げられたマスの塩焼きと、丁寧に握られたシンプルなオニギリを買った。

 そして、自前の小舟を、水上マーケットの密集地から、静寂な沖合へと漕ぎ出す。


 湖面の水は銀色に輝き、清澄な秋の空を鏡のように映し出していた。


 少し先には、活気溢れる水上マーケット。背後には、彼の身分を象徴する、荘厳な王族の離宮が見える。

 権威と平民の、ちょうどその狭間。この静寂に満ちた湖面こそが、ランドルフが心底愛してやまない場所だった。


 小舟に腰を下ろし、熱々の塩焼きを頬張り、オニギリに豪快にかぶりつく。距離を置いたマーケットの喧騒は、風に乗って遠い音楽のように耳に届く。


 この何者でもない、純粋な静けさ。それは、王位継承権が絶望的に低い(すなわち、王位に就く重責から解放されている)彼の心を、清貧なものへと立ち返らせる、儀式めいた時間だった。


 なんともなしに、湖面へと手を差し入れる。パシャパシャと、水面を乱す。その、一瞬の、安らぎの最中だった。


 人工湖の、仄暗い底から、ユラリと巨大なモノが浮かび上がってきた。


 一瞬、ランドルフは、湖底に沈んでいた太い丸太が水圧で浮上してきたのかと思った。


(いや、違う……!)


 本能が警鐘を鳴らし、思わず身の毛がよだつような感覚に襲われ、彼は素早く手を水から引き抜いた。

すると、


「うわっ!」


 小舟が大きく揺れた。重心を失い、ランドルフは舟の上に尻もちをつく体勢になった。


 水面を切り裂くように現れたのは、巨大な背びれ。そして、その背びれに続く、圧倒的な大きさの、黒くぬらぬらとした背中だった。


 それが魚類であることは間違いない。しかし、マスなのか、鯉なのか、あるいはナマズなのか……彼の知る全ての魚の範疇を超越していた。それは、あきらかに自分の身長を優に超える、とんでもない、巨大魚。


 なぜ、ここに、こんなモノが存在するのか?


 ランドルフは一瞬にしてパニックに陥った。

 ここは、ラルフ・ドーソンという伝説的な大魔導士が、爆裂魔法で大穴をあけてできた人工湖のはずだ。そして、ここに棲息する魚は、人の手によって意図的に移植されたはずではなかったのか?


 揺れる舟の縁に掴まりながら、ランドルフはただ、その巨大な影が音もなく再び深い湖底へと沈んでいくのを、呆然と見届けることしかできなかった。

 彼の穏やかな休日は、一瞬にして、この人工湖の持つ、計り知れない深淵を覗き込んでしまった。

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― 新着の感想 ―
非常識領主が常識を説くほどの住人が..いや容疑者が複数いるんだが?!
誰だよ、こんな所で従魔放し飼いにしてるのは(目反らし
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