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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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215/293

215.偉大なる来訪者

 オープン時間を早め、居酒屋領主館の客席は米農園の復興作戦会議の場となっていた。


「まずは、氾濫堆積物を僕の魔法で吹き飛ばす!」


 ラルフの簡潔でいて大雑把な作戦が、喧騒を突き破るようにして客席に響き渡った。


「しかし、その後は人の手で整地をしなおすのだろう?」


 国王ヴラドが尋ねる。彼の声は、国の将来を憂う静かな響きを持っていた。


「そう。なので、来年の田植え時期に間に合わせるためには、人夫を雇う必要があるかもなぁ」


 ラルフは腕を組んで呟く。今、ロートシュタインは働き手不足の真っ只中だ。食文化の急激な発展に伴う新たな産業に労働者が流れ、かつての街道整備の時よりも、確実に報酬を引き上げる必要がある。それでも人が集まるか?

 ラルフには不安があった。


「冒険者ギルドとしては協力を惜しまない。なぁ?! お前ら!」


 ヒューズが客席にいる冒険者たちに声をかけると、


「おーよ!」

「任せろ!」


 と頼もしい返事が返ってきた。


「いやぁ、ありがたい! 金は領主である僕がいくらでも出す。もちろん、クエストとして扱って貰って構わない」


「それなら、こちらとしてもありがたい。まだ稼げないルーキーたちにとっても、良い実入りになるしな」


 ヒューズは冒険者らしい笑顔を見せた。


「しかし、厄介なのは、あの流れ込んだ赤土だよなぁ……」


 ラルフは心底困ったように言う。赤土は鉄分が多く、作物が育たない。大量に流入した赤土までも爆裂魔法で吹き飛ばせば、土地を抉ることになり、後の整地作業がさらに大変になってしまう。


「ちまちま手作業でやるしかあるまい? 騎士団にも、災害派遣という形で要請を出そう」


 国王が力強い提案をしてくれた。


「申し訳ねーっす……。あっ、ヴラドおじ、ビールおかわりいる?」


「むっ? では、次は紅茶ハイで」


「あいよー」


 ラルフは厨房に向かう。カウンターの中でオーダーされた一杯を作りながら、サービスのキュウリの漬物を包丁で切る。その手は、被害を目の当たりにして感じた焦燥とは裏腹に、驚くほど安定していた。


「そういえば、なんで昨日のうちに作業を始めなかったんです?」


 ヒューズがラルフに尋ねた。


「流れてきた物の中にさ、面白い物が紛れていた」


 その言葉に、ヒューズは入口の方を見て、納得の声を上げた。


「ああ、あれですか……」


 店に入ってすぐの場所に、不気味な丸太が鎮座している。その丸太には、苦悶に満ちたような顔が存在していた。


「これは、木の魔獣、トレントの死骸か……。確かに、良い素材になりそうだな」


 テイマーのヴィヴィアンが、その顔を興味深そうに覗き込んでいる。


「その通り。更には、岩の中には、魔石なんかが紛れ込んでいる可能性もある」


「なるほどなぁ……。では、まずはガラクタの中のお宝探しというわけか……」


 ヒューズが言い得て妙なことを口にする。宝探しとなれば、それは冒険者の得意分野だ。


 その時、店のドアが開き、ドアベルが澄んだ音を立てて新たな来客を告げた。


「いらっしゃいま……、うぅぅぅわっあ、あ、あ……せ?」


 ラルフは思わずおかしな言葉を吐いてしまう。その場にいた誰もが、その姿に釘付けになった。

 美しかった。ただただ美しい。

 一人のエルフの女性。まるで、宗教画に描かれた女神が降臨したかのようだ。彼女の周囲だけが、清浄な光で満たされている錯覚を覚える。


「な、な、なんなのよ……、あの人……」


 普段は傲慢なエリカさえも、その存在感に圧倒されていた。


 そして、そのエルフは、まるで透き通った泉のような声で口を開く。


「ここがその、居酒屋領主館という店かえ?」


 その瞬間、


「あっれまぁ?! 婆さま! 婆さまでねーかぁ! なーんでここにおるん?!」


 エルフのミュリエルが、地元の言葉で駆け寄っていった。


「ば、ば、ば……、婆さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 その場にいた全員が、驚愕に声を上げずにはいられなかった。


「んんん~? そなたは、……はて? 誰だっけ?」


 エルフの女性は首を傾げる。


「んもぅー。またボケてぇ、オラだよ! オラ! ミュリエルだってぇー」


 ミュリエルはビョンピョンと跳ねながら自分を指差す。


「ああ。ミュリエル……。そんな子もいた気がするのぉ……。何せ、もう子孫が何人いるかさえ、よくわからんのだ。子に孫に曾孫に玄孫やしゃごに、その後は何と呼ぶのかわからんが、いちいち全員を覚えてられんわ」


 彼女はとんでもないことを、涼しい顔で言い放った。

 数世紀、いや、何千年も生きてきたとしか思えない、神話級の存在の可能性が、ラルフたちの脳裏をよぎる。


「んもぅ……。婆さまったらぁ」


 ミュリエルは頬を膨らませた。ラルフや国王、ヴィヴィアンたちは顔を見合わせる。


(これは、……とんでもない人物なのでは?)


「まあ、とにかく……。ここは酒場なのだろう? ならば飲み食いさせてくれまいか?」


 エルフはテーブル席にドカリと腰掛けた。ラルフは慌ててメニューを手に取り、駆け寄る。


「あ、あ、あの……、どうぞこちらを!」


 メニューを差し出す。しかし、彼女は見覚えのある本を開き、注文を繰り出した。


「まずは、このフレーバービールとかいうのと、それとこの、きんぴらごぼう……。あとは、このキムチと冷奴を……」


 彼女が広げていたのは、ロートシュタイン出版の『ロートシュタイン 魅惑のグルメ読本』だった。


「あっ、はい。少々、お待ち下さい……」


 ラルフは再び厨房に向かう。大魔導士であるラルフですら、彼女が内包する魔力のヤバさに、思わず手が震えてしまった。


(あれは、ヤバい……)


 この王国で、魔導士として唯一「魔女」の称号を得た自分の母親よりも、ヤバいかもしれない……と、ラルフの顔は青ざめていた。

 いや、むしろ。今、このロートシュタインに母がいなくて良かった……本当の意味でバケモノ級の魔導士同士がかち合ったら? いや、どうなるかなど、想像もしたくない。

 というか、両親は、今どこで何をしているのだ?!

 と、いつも湧き上がる焦燥感がある。しかし、考えても仕方ない。

 あの二人が、何処かで野垂れ死にしてるなんてことは、絶対にあり得ないと断言できるのだから……。


 偉大なるエルフはグルメ読本をパラパラとめくりながら、


「のう? エアリエルよ。そなたのオススメの料理も教えておくれ……」


「いや、だから婆さま! オラ、ミュリエルだってぇ! エアリエルって誰なん?!」


 ボケとツッコミのエルフ二人。


「はて? エアリエルって孫もいたような? いや、孫の孫の孫の孫の孫だったか? ……あー! そうそう、魔導国家カランディアとかいうバカ共に喧嘩売って暴れ回った奴だったな……」


 それを聞いた国王ヴラドとヴィヴィアンは、それぞれ口にしていた酒を思わず噴き出した。


「ぶばろっ?!」


「ゲブボォ!!」


 滅亡した魔導国家カランディアという、歴史の闇に葬り去られた全容を、まさかこの者が知っているというのか? いや、何世紀も生きてきたとするなら、知っているのが自然なのだろう。なのだが……。


(いや、これ、本当に、とんんんんんんんんんんでもない人が、来ちゃったんじゃね?!)


 その場にいる全員が顔を青くし、目がグルグルと回り始めた。


「ほう! このスイギョーザとやらは、肉の味はするが、美味いなぁ! この刻んだ薬味が良い! でかしたぞ! エアリエル!」


 居酒屋メニューに舌鼓を打つ、偉大なるエルフ。


「婆さまぁ! だから、オラ、ミュリエルだってぇぇぇ!」


「誰だい、そんな言いづらい名前付けたのは?」


「はぁぁぁぁ?! 父ちゃんと母ちゃんは、婆さまに付けて貰ったって言ってやったけどぉ?!」


「もぐもぐ……もぐもぐ……。うむ! この胡麻和えも美味ではないか!」


「ヒドイ! 無視?!!!」


 本当に偉大なのか……?

 そのやり取りを見ていた誰もが、なんだかバカバカしくなってきてしまった。


 その時、ダンジョンマスターのスズが、店の奥から姿を現した。

 なぜか赤い癖っ毛のカツラを被り、丸っこい眉毛を貼り付けている。まるでタヌキのような顔だ。

 ラルフは一目で、それが前世の何かのコスプレだとわかってしまった。

 そして、スズは口を開く。


「進めば二つ……」


「やめなさい……」


 ラルフは優しく諭した。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 なるほど、オチの為のエアリアルでしたかww 止めとけスズちゃん、下手なことしたらそこのおばあ……おねいさんに潰れたトマトにされるぞ物理的に。多分モビ○スーツ並みにデカい手くらい魔…
逃げたらひとつ。。。
そのコスプレで「やめなさい」はヤバいのでは…?
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