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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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210/293

210.狼とキノコ

 夕陽が森の木々の間から差し込み、黄金色の光の筋がこぼれ落ちる。その光を浴びながら、ポンコツラーメンの看板娘、パメラ、マジィ、ジュリの三人は満足げに収穫物を眺めていた。


「ホーンラビットも獲れたし、野蒜もこんなにいっぱい!」


 パメラが弾む声で言う。その手には、ずっしりと重い獲物と、摘みたてのノビルの束。見るからに豊かな今日の成果に、三人の顔がほころぶ。


「充分すぎるくらいだな!」


 マジィが肩をすくめ、愉快そうに笑う。彼女の満足そうな表情は、今日の狩りの成功を物語っていた。


「もっと果物はないっすかねぇ? もう少し奥を探してみたいっす!」


 ジュリが口元に手をやり、よだれを拭う。彼女の目は、さらなる未知の味覚を求めてきらめいていた。彼女たちはラーメン屋の経営者であると同時に、元冒険者だ。食の探求のためなら、危険を顧みず森の奥深くへと足を踏み入れる。それが彼女たちの日常だった。


「もう少し奥まで行ってみる?」


 パメラの提案に、マジィが頷く。


「この辺りなら、凶暴な魔獣も出ないだろうし、いいんじゃないか」


 その言葉にジュリは目を輝かせ、子供のように飛び跳ねる。


「よっしゃー! 果物、果物!」


 だが、その瞬間、背後の草むらが不気味にざわめいた。ガサガサ……。三人は反射的に腰の武器に手をかけ、素早く飛び退く。冒険者として培った、本能的な危機回避能力が警鐘を鳴らす。魔獣か? もしそうなら、食材にするか、それとも逃げるか。それぞれの思考が瞬時に交錯する。緊張が走る中、三人の額にじんわりと汗が滲む。その茂みをじっと睨みつける。


 茂みから現れたのは、猫背のだらしない人影だった。枯れ葉をまとったくたびれた魔導士のローブ。その姿は、およそ魔獣とはかけ離れていた。


「えっ? はっ? えっ? ラルフ、様?」


 パメラは信じられない光景に目を丸くする。なぜ、この森の奥深くに、領主であり公爵であり、大陸屈指の大魔導士である彼が?


「ん? おやまぁ、三人とも。どうしてここに?」


 ラルフは不思議そうに首を傾げる。彼の呑気な声に、マジィのいら立ちが爆発する。


「それはこっちの台詞ですよ?! 何をしてるんです?」


「いや。何って、キノコ採り」


 そう言って、彼は手に持っていた採れたてのマツタケを見せる。


「いや、いったいどこに、一人で森に分け入ってキノコ狩りをする貴族様がいるんすかぁ?!」


 ジュリの鋭いツッコミに、ラルフはきょとんとした顔で指を差す。


「えっ? どこにって、ここに」


 そのあまりの天然ぶりに、三人はもはや脱力するしかなかった。この領主のハチャメチャな人柄が、このロートシュタイン領の自由な気風を生んでいることは、誰もが知っている。だからこそ、この現状を前に、彼女たちはただ呆れ、そして納得するしかなかった。


「でも、ラルフ様、キノコは危ないっすよ。中にはとんでもない猛毒のもあるんすよー」


 ジュリが心配そうに忠告する。するとラルフは得意げにマジック・バッグを漁り始めた。


「それは、これがあれば大丈夫!」


 彼が取り出したのは、冒険者ギルドの新たなギルマス、ヒューズの著作『野営のススメ』だった。パメラがそれを受け取り、ページをめくる。三人が顔を寄せ合って覗き込む。そこには、野獣の狩り方や、可食できる野草、キノコが詳細に記されている。そして、あるページでジュリが叫んだ。


「あっ! これ、これ! さっき見ましたよ! なんか、とんでもなく巨大で、なんとなく気持ち悪かったんで、すぐそこを離れちゃったんすけど」


 その言葉に、ラルフの目が大きく見開かれる。


「どこだ?! どこで見た?!」


 彼の興奮した声に、ジュリは身を乗り出す。


「あっちっす! ついて来るっす!」


 四人は森の中を駆け出した。その途中、「グルルルっ! ガォォォォォォォォ!」と、獰猛なフォレスト・ウルフの襲撃を受ける。しかし、彼らの勢いを止めるものなど何もなかった。


「うるせぇ!」

「邪魔!」

「どけっ! お肉にするぞ?」

「狼さん、また来てっす!」


 四人のあまりの剣幕と、食材としか見ていない視線に、フォレスト・ウルフは戦意喪失。謎の心理的ダメージを受け、走り去る人間たちを呆然と見送った。

 彼らをこれほどまでに駆り立てるもの、それはヒューズの著作に記されたキノコ。その解説には、こう書かれていたのだ。

『旨味レベル:星五つ。希少性:幻』。

 それはラルフの前世でも馴染み深い、あのキノコだった。


「ここっす! この大木の裏にあるっす!」


 ジュリが指差す大木の裏側に回った四人は、その光景に言葉を失い、そして歓喜の声を上げる。


「うぉぉぉぉぉ! なんじゃこりゃあ! 大量!」

「これ全部そのキノコなの?! 多過ぎない!」

「最初見た時は気持ち悪かったっすけど、今は宝の山に見えるっす!」


 木の根元にびっしりと群生していたのは、"舞茸"だった。四人は我先にと舞茸を採集し始める。今夜はこれを肴に、また居酒屋領主館で宴だ。幻の食材を手に入れた喜びで、三人は高揚していた。


 四人は和やかに談笑しながら、森を歩く。手には穫れたての舞茸。これから帰って、また宴会だ。

 すると、前方から、先ほどのフォレスト・ウルフが、怒りに我を忘れ、鋭い牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。ラルフは、


「風よ。鋭き刃と成り……」


 と魔導詠唱を始めた。彼の詠唱からあふれ出す、凄まじい魔力の奔流。それを感じ取ったフォレスト・ウルフは、本能的な恐怖に駆られ、即座に腹を見せて降参の姿勢を取った。


「くぅ~ん……」


 その姿に、パメラは満面の笑みを浮かべる。


「なんと、狼の肉も手に入りましたね!」


 その言葉に、フォレスト・ウルフは運命の理不尽さと、逃げ場のない絶望に震えだす。


「やめなさい。無益な殺生は好まんよ。それに、ワンちゃんを食べる気はない」


 ラルフの言葉に、三人は首を傾げる。魔獣など、いくら狩ってもいいはずなのに。だが、彼女らがラルフに逆らうことはない。再び歩き出す四人。

 するとマジィが呟く。


「なんか、あのフォレスト・ウルフ、ついてきてますよ?」


「まだ隙を窺ってんすかねぇ?」


「やっぱり、討伐しちゃいましょうよ」


 三人娘がそう言うが、ラルフは、はぁ、とため息をつき、振り返る。


「お前、どうしたいんだ? 街に来たら間違いなく殺されるぞ?」


 フォレスト・ウルフは、その圧倒的な強者に、ボスとしての資質を感じていた。この者ならば、自分を守ってくれる。群れで生きる習性を持つこの魔獣は、ラルフに新たな群れのリーダー像を見ていた。

 その様子を見たパメラが、楽しそうに言う。


「またテイムします? レッドフォードさんみたいに」


 その言葉に、ラルフは苦笑いを浮かべる。彼が使役するワイバーンを、皆が敬意を込めて「レッドフォードさん」と呼ぶ。人間には到底敵わないその巨体と、人間語を理解しているかのような知性。それに乗って空を飛んだ人々なら、ラルフのペットに敬意を持つのは当然のことだろう。


「また、ヴィヴィアンさんに相談したらいいんじゃないですか?」


 マジィが助言する。


「はぁ、もう。好きにしろ……」


 ラルフは諦めたようにため息をつき、再び歩き出す。


(またペットが増えるのか? いっそ、モフモフ好きのクレア王妃に引き取ってもらうか)


 そんなことを考えながら、彼は家路についた。手土産は、幻のキノコと、一匹の狼だった。

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― 新着の感想 ―
キノコは見た目そっくりな毒キノコ有ったりして素人にゃ手出すの勇気が居るよなあ・・・ ベニテングタケを食べる人達はなんでそんな方向に勇気を持ったのか(明後日の方を見ながら
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