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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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179.ゴブリン

 いつもならラルフは、書類仕事に追われる午前中だが、久々にミンネとハルと一緒に、孤児院の畑を訪れていた。

 それは、孤児たちが細々と世話をしている小さな家庭菜園……では、もはやなかった。

 いつの間にか、畑は耕され、区画整理され、まるで一大農園のような規模になっている。ラルフは、(えっ? なにこれ? いつのまに?)と、ただただ戸惑うばかりだ。


「こっちから、あっちまでが青豆!」


 ミンネが元気に、青々とした葉を茂らせた栽培区画を指差して教えてくれる。


「あと、これが! ウメぇぇ!」


 ハルが、青く実をつけた木を指さし、興奮したように叫んだ。その通り、梅だ。どうやら、ロートシュタインの森林の中に自生していたらしく、こうして試しに栽培しているらしい。


(果たして、梅干しなんてこの世界に馴染むのだろうか?)


 ラルフは一抹の不安を覚えたが、もしかしたら梅酒なら、甘いお酒が好きな女性陣にウケるかもしれない、と楽観的に考えることにした。


「ほいじゃ、まあ。朝飯にしようぜ」


 ラルフは、二人にそう提案した。昨晩は居酒屋領主館が大盛況だったので、食材がすっかり底をついてしまった。なので、朝食はこうして出先で買い食いすることにしたのだ。ここに来る道すがら、目抜き通りの店で買ったモノを、三人は丸太に腰掛け、豊かな実りを眺めながら、それを頬張る。


 すると、向こうから、漆黒の髪に黒色のセーラー服を纏った少女が、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。


(えー、なんでぇ?)


 ラルフは、思わず顔をしかめた。その姿を見ただけで、もう面倒事が始まる予感がしたからだ。

 三人の前で立ち止まった少女は、やはりあの岩島のダンジョン・マスターだった。鈴は、三人の食事を上から見下ろし、どこか所在なさげに言った。


「どうやら、朝ごはんの最中に来てしまったみたいね……スマソスマソ」


ラルフは、(いや、だから……、なんか古いんだよなぁ……)と、呆れた顔になる。彼の頭の中では、懐かしのネットスラングが、彼女の言葉とシンクロしていた。


「何食べてるの?」


 ダンジョン・マスターが、無表情に問いかける。


「ハ……ハンバーガー……だけど?」


 ラルフは、なぜかたじろぎながら答えた。


「ハンバーガーか?! 栄養満点の朝メシの代表じゃない」


 少女は、両手を広げ、大袈裟なジェスチャーをした。その表情は無表情なのに、言葉だけが先行して滑稽なほどだ。ミンネとハルは、その言葉を真に受け、

(そうなんだぁ。栄養満点なんだぁ)と、純粋に新たな知見を得た喜びを噛みしめるかのように、テリヤキバーガーとベーコンエッグバーガーをモサモサと頬張る。


「なんのハンバーガーなの?」


 再び、黒髪の少女が、感情のない声で問いかけた。


「あ、ああ。僕は、チーズバーガーだけど?」


 ラルフが答えると、突然にして少女は激昂した。


「どこで買ったか聞いてんだよ?!」


 その声は、まるで恫喝するかのようだ。ラルフは、そのやり取りに、ついに合点がいった。


(あぁぁぁぁぁ、なんか、どっかで聞き覚えあるなぁぁぁぁ、と思った!)


 このやり取り、あの映画のオマージュだわ!と。

なので、ラルフは、その世界に存在する唯一のハンバーガー店を答えた。


「この世界には、まだマクダナウェル・バーガーしかないんだよ……」


「あらそう……」


 少女は、途端につまらなそうに返した。その感情の振れ幅の大きさに、ラルフはため息をつく。


「っていうか、こんな朝っぱらから、何しに来たんだよ……」


「昨日、あなたが言ってた食品加工及び製造ゴーレム、色々検討した結果、それは難しいけど……。他の手段を思いついた……」


「はっ? 何それ? ……なんか僕、そんなこと言ったっけ?」


 ラルフは首を傾げた。すると、隣にいたミンネが、ラルフの腕をツンツンとつつき、そっと耳打ちする。


「お兄ちゃん、トーフと、アブラゲ作るの面倒臭いから、なんとかならないかって、相談してたよ?」


 そんなことを言った気がする。いや、自分なら言いそうだ。

 夜も更けてから、厨房から出て常連たちと飲んで、また記憶を飛ばしているらしい。まあ、いつものことだ。


 しかし、「他の手段」というのも気になる。あのクソ面倒臭い食材加工の工程を、どうにか人の手ではなく、オートメーション化させることができるというのか? 魔道具製作の天才とも評される、ラルフでさえ、そんな便利な道具をどう開発していいかわからないのに、このダンジョン・マスターの少女は、代替案を思いついたという。


 改めてその方法を教えてもらうため、一行は領主館に移動した。そして、そこで見せられた、革命的な方策とは?


「いや、ゴブリンかい?」


 ラルフは、簡潔に突っ込み、肩を落とした。ダンジョン・マスターの隣には、一匹の緑色の、このファンタジー世界の代表格とも言える魔獣が、何故かビシッと背筋を伸ばして立っている。


「ダンジョンが生成できる。一番器用な魔獣。それは事実……」


 スズは、淡々とした声で言った。


「いや、しかし。ゴブリンに豆腐やら油揚げやら作らせるのか? ……確かに、ダンジョン産の魔獣を労働力にできたら、それは革命だろうけどさ……」


 ラルフは、そう言って、かなりまずいことに気がついた。


(これは、ヤバイ産業革命なのでは?!)


 ダンジョンで生成される魔獣を労働力として活用する。それは、ある種の産業革命だ。しかし、前世の歴史が経験したものとは、全くの別物なのだ。

 魔獣が人間の代わりに働く。しかも、その魔獣を生み出すコストは魔力のみ……。これは、なんかヤバイ……。というか、危険なのでは?! と、ラルフは危機感を覚えた。

 しかし、知能がそれほど高くないゴブリンなら、それほどに人間の代替にはならないかもしれない、とも思った。なので、まずは安全性の確認だ。


「人間を襲ったりは、しないよな?」


「どう?」


 ダンジョン・マスターは、直立不動のゴブリンに問いかける。いや、なぜに? とラルフは思ったが、次の瞬間、ゴブリンは無機質な声で答えた。


「はい。襲うなと言われれば、襲いません」


「いや! 喋れんのかい?!!」


 ラルフは、思わず二度目のツッコミを入れた。しかも、意外にも美声だった。まるで、渋ボイスの人気声優のような声なのだ。


「とにかく。彼は生まれたての生成魔獣。これから、いくらでも教育もできるし、彼自身が学ぶ知能もある」


(いや、それホントに不味くね?!!)


 ラルフは、焦燥感に駆られた。ゴブリンに、人間の仕事が奪われる。

 前世の歴史では、十八世紀頃からの産業革命の折に、ラッダイト運動(機械打ち壊し運動)という、労働者たちの反乱が起こった。

 その後も、このような技術革新とそれに伴う労働者との社会的摩擦の例は、枚挙にいとまがない。


 二十世紀初頭の第二次産業革命。

 一九〇〇年代の、大恐慌と機械化。

 八〇年代のコンピュータの勃興と機械化。

 二〇〇〇年代のネットワークとグローバル化。

 そして、AIの登場。

 ラルフの知識によれば、それは混乱と不幸と断絶の歴史でもある。


 ゴブリン産業革命?


 いや、……ヤバイ。絶対に、ヤバイ……。なので、ラルフは首を振り、この話をなかったことにしようと試みた。


「うん……。この話は、無かったことで……」


「……そう……。じゃあ、この子は、ダンジョンの二階層にでも放っておこう……。かわいそうに。……多分、すぐに冒険者に殺されちゃう……。領主、ラルフ・ドーソンが、ダンジョンを開放したせいで……」


 鈴の言葉は、まるでラルフの罪悪感を煽るように響いた。その声には、深い悲しみが含まれているようだった。


「じゃあぁぁぁ! どうすりゃいいいんだよぉぉぉぉ??!」


 ラルフは、絶叫した。


「難しいこと考えずに、試しに使ってみればいいのに……」


 ダンジョン・マスターの少女は、呑気に言い放った。その無責任な言葉に、ラルフはめまいを覚える。


「うーん……。せめて、キャラのカスタマイズってできないか? あきらかにゴブリンってのはな、街中にいるのは、ちょっとな……」


「できなくはない。けど、この子は、機械じゃなくて、生物。その精神とか心は、育てる必要がある」


「いや、生物を生み出せるのかよ……。さすが、神様だけあるわ」

「いやー。それほどでもぉ」


 なぜか、鈴は照れ笑いをした。その顔は、まるで褒められた子供のようだ。


「ふーん……。ほいじゃあ、早速! 《業務端末(コントローラー)》」


 ラルフは、右手で魔法を展開すると、手元に薄い光の四角形が浮かび上がる。それは、鈴の持っていたタブレットを模したものだ。


「はっ? えっ? ちょっと待って? なんでそれをコピーできた?!」


 ダンジョン・マスターの顔に、初めて明確な焦りの色が浮かんだ。その焦りを他所に、ラルフは無情にも、指を動かす。


「あ、ポチッとな!」


 設定を変更する、その声は悪魔のように楽しげだった。すると、ダンジョン・マスターとゴブリンの頭部が光出し、次の瞬間、髪型が変わる。


 青緑色の、お揃いの、ツインテールに。


 ラルフは、腹が捩じ切れんばかりに爆笑した。


 一方、ダンジョン・マスターの少女は、殺意を込めた目で、涙を浮かべながら歯を噛み締めていた。その表情には、屈辱と、ラルフに対する深い恨みが宿っていた。

ボカコレ2025Summerが、はじまりますね。

実は、某ボカロPに、自分も歌詞を提供しています。

もし、興味がありましたら、検索して、探しあててみて下さいませ。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 結局この二人、どっちもどっちですねww しかしモンスターによる労働力確保かあ…今の日本みたく裏切るリスクのある外人を雇用するよりはよっぽどクリーンな気はしますが。とはいえやっぱり…
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