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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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178.アラウンド・ザ・ワールド

 吟遊詩人のソニアは、心地よい疲労と、それ以上に満ち足りない空腹を抱え、居酒屋領主館へと続く目抜き通りを歩いていた。

 夕暮れ時、酒を提供する屋台はこれからが本番とばかりに、活気を増していく。冒険者ギルドの前には外席まで増設され、名物の鉄板焼きを求める人々で賑わっていた。そして、ぞろぞろと列を成すように、ソニアと目的地を同じくする者たちが、吸い込まれるように領主館へと向かっている。


 相変わらず、ロートシュタインの街には、醤油を甘く煮詰めた匂い、ソースが焦げた香ばしさ、火を通された香味野菜が放つ豊かな匂い、そして肉の脂が溶け出す芳醇な香りが混じり合っている。

 人々の弾けるような笑い声が、そこかしこで響いていた。肌を撫でる柔らかな風の中にさえ、どこからかスパイスの刺激が混じっている気さえする。

 

 さて、今日は、何を食べようか?


 この街はどこにいても五感が忙しい。そして、そのどれもこれもが、「美味しい」という幸福な感覚に通じているのだ。


 ソニアは、領主であるラルフ・ドーソン公爵が巻き起こした、「美味しい革命」を、まさに目の前で見てきた一人だった。


 彼女は、このロートシュタインの生まれだ。両親は家具屋を営んでいて、その次女として生を享けた。

 ソニアがまだ幼い頃、ラルフ・ドーソンの父が領主だった頃は、このような街ではなかった気がする。ダンジョンに潜り、一山当ててやろうとする荒くれ者の冒険者が集う、決して治安の良いとは言えない街だったはずだ。

 「夜には決して出歩くな」、そう言われて育ったものだ。


 しかし、共和国との戦争が終わり、ラルフ・ドーソンがこの領を治めるようになってから、街は徐々に、そして、あっという間に、今のような食べ歩きと美食の街へと変貌を遂げた。今や、仕事終わりの一杯が、ソニアにとっての至福のひと時となっている。


(どうしてこうなったんだろう?)


 と、ふと疑問が湧いてくることもある。

 元々、吟遊詩人になったのは、世界中を旅して、見聞きした逸話を人々に語って聞かせたかったはずなのに……。なぜか、ロートシュタインを拠点に、かなり稼げてしまっているのだ。


 ソニアが物心ついた頃、この街に流れてきた吟遊詩人の、遠い異国の冒険譚に心を躍らされたことが、彼女の原点だった。

 それがきっかけで、将来は吟遊詩人になりたいと両親に話したら、当然のように猛反対された。


 旅をするということは危険だから、

 才能があっても稼げるのは一握りの世界だから、

 そして、女だから……。


 母親につらつらと聞かされた言葉は、至極真っ当な意見だったとは思う。

 しかし、家具職人の父は、


「手慰みにな、作ってみた」


 と、ぶっきらぼうに、ソニアに弦楽器をプレゼントしてくれたのだ。母は盛大に呆れていたが、ソニアは飛び上がるほど嬉しかった。


 それから毎日毎日、ソニアは楽器と歌の練習をした。いや、練習などとは思わなかった。ただ、歌うこと。楽器が日々上手くなること、それがただただ、楽しかっただけなのだ。

 分からないことがあれば、街中で演奏している見知らぬ吟遊詩人に教えを乞うたこともある。大抵は門前払いだったが、彼女の存在を面白がり、手ほどきをしてくれる者もいた。


 そして、その才能を徐々に開花させていった。そうなると、母も認めざるを得ない。しかし、やはり心配は尽きない。それが親心だ。

 なので、母はソニアに、ある試練を課した。


「ここ、ロートシュタインで。ウチの家具屋の一ヶ月の売上と同じ売上を出してみなさい。そしたら、認める!」と。


 ソニアは、街へ出た。友人や、家具屋のお得意様に聴かせたことはあれど、一介の吟遊詩人として人前で歌うのは初めてだった。

 そして、なぜかその直後、領主ラルフ・ドーソンに拉致されるという事件が起きる。


 それからは、ソニアにとって怒涛の人生の始まりだった。居酒屋領主館の中庭で、王族相手に歌を披露したこともある。王都で行われた、街道整備の完了記念式典では、ラルフ・ドーソンと並んでステージに立った。

 今や、「ラルフ&ソニア」といえば、王国で知らぬ者はいない超人気フォークデュオだ。

 母が課した試練は、数週間で家業の家具屋の売上を越えてしまった。その結果に、父は気まずそうで、母は大笑いしていた……。


 そして、ラルフは、様々な斬新な音楽的な叡智をソニアに授けてくれた。かつて夢見た、「各国を旅する」という夢は、彼との出会いによって、その必要がなくなってしまったのだ。


 今、居酒屋領主館へと続く行列に並んでいても、


「えっ! ソニアさん?! あ、あの、あの、大ファンです! 握手してください!」


 と、憧れの眼差しを向ける貴族令嬢に求められ、


「やぁ! ソニアさん。今夜も、ラルフ&ソニアが聴けるのかな?」


 と、ランドルフ王子から親しげに挨拶をされる。


 さらには、行列の前の方に並んでいた、白髪頭の紳士が、ソニアに気付き、駆け寄ってくる。


「ソニアさん! やぁ! よかった! 今夜あたり、会える気がしたんですよぉ」


「こんばんは。オルランドさん」


 ソニアは深く頭を下げる。彼は、王宮の宮廷楽団の長だ。


(いったい、自分は何者になってしまったんだろう……?)


 と、ふと思うが、なんだか嬉しさの方が勝ってしまい、口元のニヤニヤを抑えることができない。


「新曲、やっとできたんですよ! 是非、ソニアさんと一緒に演奏しようとね! お忙しいのはわかってるんですが、次、いつセッションできますか?!」


 彼は楽譜とスケジュール帳を開きながら、まるで子供のように無邪気に尋ねてくる。こんな調子の日々なので、「世界中を旅する吟遊詩人」という夢から、ソニアはいつの間にか片手を放していた。

 それはそれで、寂しさを感じそうなものだが、この慌ただしくて奇妙な人々との縁が、それを許してくれない。


 もう、なんだか色々諦めて、今宵もまた、居酒屋領主館の暖簾をくぐる。

 多種多様な人種、民族、種族、そして、身分も関係ない、雑多なお祭り騒ぎは、まるで、世界中を旅しているような錯覚を味あわせてくれるかのようだ。


「ニンゲンも生魚食べる。これ、大発見ね!」


「だけど、ショーユと、ワサビ、我々の国に、ない」


 リザードマンの戦士達が、何やら舟の模型のような器に盛られた、宝石のように色とりどりの刺身に舌鼓を打っている。彼らの興奮した声が、店内に響く。


「火酒は我々の誇りだが。……この米酒も味わい深いなぁ」


「だが、如何せん、酒精が弱くないか?」


 ドワーフの職人達が、熱心に酒について議論している。その声には、彼らのこだわりが感じられた。


 女騎士が大盛りラーメンを啜り、国王様が焼き魚を食べ、貴族と冒険者がビールで乾杯し、共和国の議員と帝国の皇帝と聖教国の聖女様がエリカと同じテーブルを囲み、競馬新聞を開いて熱心に何やら語り合っている。


 まさにカオス。

 居酒屋領主館は、この世界の縮図のようだ。


 ソニアがカウンターに座ると、隣には見慣れない黒髪の少女が座っていて、何やら寿司のようなモノをモグモグと食べている。

 寿司といえば、生魚の料理ではないのか?

 とソニアは思った。しかし、目の前に並んでいるのは、黄色い卵焼きに見えるものと、茶色く小さな布袋のような料理が、ずらりと並んでいる。未知の料理だが、ソニアはどうしてもそれが気になった。


「ラルフ様! あのー。……こちらの人が食べてるものを……、私も食べてみたいです!」


 ソニアは、好奇心を抑えきれずに注文をした。

 カウンター越しに、ネギを刻んでいたラルフの背中が、ゆっくりと丸まり、深いため息をつくような仕草が見えた。その背中は、どこか物悲しく、そして諦めを帯びているかのようだった。


先に白状しておきます。

片手を放す、という表現は、自分が敬愛する、オルタナティブ・ロックバンド、the pillowsの『Fool on the Planet』の歌詞からのパクリです。


心の底から尊敬する、山中さわおさんへの、最大限のリスペクトと感謝を込めた、オマージュとパロディとして、

読んで下さる方々にご理解頂きたいです。

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― 新着の感想 ―
 もしやカーレースで車が突っ込んだ家具屋は…(笑)
まさかバスターズの方とは…("`д´)ゞ
初めまして いつも楽しく読んでおります。 まさかのバスターズさんでしたか!!嬉しいです!! 今回の話しはBeehiveの歌詞も合うかな〜と思いました。 これにて失礼します。
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