表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

177/293

177.あぶらげ

 翌日、ラルフは朝も早よから厨房に立っていた。まだ夜明けの薄闇が残る時間帯だ。

 彼の目の前には、エルフたちが丹精込めて栽培した、見慣れないほど大粒の大豆によく似た豆と、透明な瓶に入れられた液体――"にがり"が置かれている。このにがりは、港の近くで塩づくりを生業にしている漁民から分けてもらったものだ。


 そう、ラルフが今から作ろうとしているのは、他でもない豆腐だ。

 そして、さらにその先、油揚げまで作るつもりでいる。今夜も居酒屋領主館に姿を現すであろうダンジョン・マスターの少女からのリクエスト、いなり寿司を作るためだった。


 豆腐作りは、はっきり言って、とても面倒臭い。

 彼は以前にも一度挑戦したことがあるが、「もういいかなぁ」というのが、その時の正直な気持ちだった。


 ざっくりとした流れは、以下の通りだ。


 豆腐作りの手順(ラルフ流)


【材料】

* 大豆(乾燥)

* 水(浸水用)

* にがり(塩化マグネシウム溶液)… 小さじ1〜2(またはお酢・レモン汁でも代用可)


【作り方の手順】

* 大豆を浸す

大豆を丁寧に洗い、たっぷりの水に8時間以上(季節によって変動する)浸す。豆が2〜3倍に膨らむまで待つ。

* すりつぶす(呉づくり)

浸水して柔らかくなった大豆と水をミキサーにかける。これを「」と呼ぶ。

* 煮る

鍋に呉を入れて中火にかけ、吹きこぼれないよう絶えず混ぜながら10分ほど煮る。豆特有の青臭さが取れ、甘い香りが立つ。

* こす

ボウルにザルと清潔な布巾をセットし、煮た呉を慎重にこす。出てきた液体が豆乳、布巾に残ったカスがおからとなる。

* 豆乳を再加熱

豆乳を鍋に戻し、80℃くらいに温める。沸騰させると分離が乱れるため、細心の注意を払う。

* にがりを加えて固める

にがりを大さじ二杯ほどぬるま湯で薄め、温めた豆乳に回しかける。混ぜすぎず、静かにひと混ぜする。15分ほど置くと、みるみるうちに固まり、「おぼろ豆腐」となる。

* 型に入れて仕上げる(木綿豆腐の場合)

固まったおぼろ豆腐を布巾を敷いた型に流し込み、重しをのせて余分な水を切る。30分〜1時間ほど置くと、しっかりとした木綿豆腐が完成する。


 と、こんな感じである。これだけでも、要する時間も手間も、凄まじいものがあった。

 さらには、火力の繊細な調整や、材料の正確な分量、型枠へ上手いこと流し入れるコツなど、細部にこそ神が宿っているかのような奥深さが、この食材には秘められているのだ。


 ラルフは、


「めんどくさいなぁ……あー、めんどくさい。なんでこんなにめんどくさいんだ……」


 と、どこかの巨匠と呼ばれるアニメ監督のように、ブツブツと呪詛を吐き続けながらも、その手を止めずに調理を続けた。彼の顔には、疲労と、わずかな諦めが浮かんでいる。


 そして、やっとこさ豆腐が出来上がっても、油揚げを作るには、ここからさらに水気を切り、高温の油で揚げる必要がある。


(いったい誰なんだ?! こんなに面倒臭い食べ物を開発したのは?!!)


 ラルフは、思わず心の中で毒づいた。

 特に、日本の食文化とは、時を越えて命脈を保ち、時代と共に姿を変えながらも本質を守り続けてきた。それは、先人たちの知恵と工夫が凝縮された結晶であり、たゆまぬ努力によって磨き上げられ、未来へと伝えられていく生きた遺産と言えるのだろう。


 それはわかる!!!

 しかしだ!

 いくらなんでも、そこまでして食いたかったかぁ?!

 と言いたくなるのが、日本の食文化だ。


 その代表格がフグ。猛毒と解っていて、何故食おうとした? いったい、安全な処理技術が確立されるまでに、どれほどの尊い命が犠牲になったんだ?!


 あと、思い出されるのが、くず

 木の根っこだぞ?! なぜにそこから葛餅なんて和菓子を思い付いたんだよ?!!


 思えば、この豆腐もそうだ。

 なぜ、こんな手間暇をかけることを思い付いた?!

 豆食えよ! 豆を、そのまま!!


 あまりの面倒臭さに、ラルフは壮大な食文化に突っ込みを繰り返すという、取り留めのない思考を巡らせていた。彼の脳内では、日本の食の歴史が、まるでコミカルなドキュメンタリー映画のように再生されている。


 どうにかこうにか、やっとこさっとこ、油揚げが完成した。


 まずは、醤油やら薬味をかけて、そのまま食べる用だ。それは、大きくて分厚く、ラルフの前世の故郷、新潟県の名物である"栃尾のあぶらげ"を彷彿とさせるものだった。カリッと、ジュワっとした歯ごたえと、香ばしい油の匂いが、食欲をそそる。思わず……、お酒飲みたい!!! と心の中で叫ぶ。


 そして、もう一つは、いなり寿司用の薄くて四角いものだ。このいなり寿司用が、これまた大変だった。薄く均一に切るのも一苦労。そういえば、今度はこれを甘じょっぱいタレに漬け込んで、じっくりと味を浸透させなければならないのだ……。


(どんだけ工程踏むんだよ?!!!)


 なんだか、ラルフは泣きそうになってきた。彼の心は、まるで疲弊した兵士のように、この果てしない戦いに打ちひしがれている。

 ネット通販とか、スーパーマーケットとかの、便利なとんでもスキルを転生時に与えてくれなかった何者かを、恨めしくさえ思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 なんなら地方には毒キノコからわざわざ毒を抜く処理してまで食らう料理もあるしな…
豆腐は中国発祥ではありますが、もはや人類自体がなんかようやるわって思います。 ふぐとか世界中で食べられていたようですし、マレーシアなんかにも毒のある内臓を処理した伝統料理がありますからね…。 低温調…
日本人本当に食文化に関しては変態ですね(断言) フグの卵巣とか毒まで「よくわかんないけど」無毒化して食べてますし。 日本に生まれて生きててよかったとしみじみ思います。日本の食文化万歳。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ