表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

174/293

174.ワールド・イズ・マイン

 ラルフとの邂逅がよほど嬉しかったのか、ダンジョン・マスターの少女は、興奮冷めやらぬ様子で謎の談義を繰り広げている。言葉は激流のように、途切れることなく紡がれていく。

 しかし、ラルフもまた、それに負けじと、時には畳みかけるように捲し立て、時には心に寄り添うかのような優しい声色で、彼女の言葉を受け止めていた。

 調査隊の面々は、もはや目の前の光景にどう反応していいのか分からなくなり、呆れ果ててその場に座り込んだ。ラルフがマジックバッグから取り出してくれたホットドッグとビールを手に、彼ら自身の雑談を始める始末だ。二人の会話は、彼らの理解の範疇を遥かに超えていた。


 しばらくすると、フィセはすぐ真横に、微かな気配を感じた。


「えっ? うわぁぁぁぁっ?!」


 思わず、彼女は声を上げる。いつの間にか、恐るべきダンジョン・マスターが、すぐ目の前で、フィセの手元を覗き込んでいたのだ。その距離は、警戒を解けば触れられそうなほど近い。


「へぇ。ビールまであるんだ?」


 少女は、感情の読めない声で呟く。その言葉は、奇妙なほどに場に馴染んでいた。


「お前も、ホットドッグ食べるか?」


 ラルフが、いつもの調子で彼女に問いかけた。彼の口調は、まるで旧知の友に話しかけるかのようだ。

 ダンジョン・マスターは、表情一つ変えずに答えた。


「食べる。マスタード抜きで……」


 その言葉に、ヒューズは呆れたようにジト目でラルフを見やった。彼の顔には、(なにがなんだか……)という疲労の色が色濃く浮かんでいる。


「……やっと、話し合いは終わったんですか?」


「終わった終わった。みんな、食べながらで良いので聞いてくれ! 掻い摘んで、彼女の要望を伝えるぞ」


 ラルフは、その場の指揮官のように、朗らかな声で宣言した。前世だとか転生者だとか、そういう込み入った事情は伏せて、ダンジョン・マスターである彼女の望みを皆に伝えることにした。

 意外なことに、その望みは、想像していたほど難しいことではなかった。


 一つ、冒険者に殺されるのは絶対に嫌だ。

 一つ、ダンジョン・コアを破壊したり、持ち去ったりして欲しくない。

 一つ、誰にも邪魔されず静かに暮らしたい。


 それを聞いたヒューズは、ホットドッグを咀嚼する少女の顔を見ながら、難しい表情で言葉を挟んだ。


「しかし、ダンジョンの存在は明るみに出ちまったしなぁ……。それに、侵入禁止の処置というのも、色々と難しそうだし……」


 少女は、もぐもぐとホットドッグを咀嚼している。その姿は、先ほどの圧倒的な存在感とは裏腹に、ごく普通の少女に見えた。


「いや。多分、大丈夫なんじゃないかな?」


 ラルフは、自信ありげに言い放つ。


「どういうことです?」


 ヒューズの問いに答える代わりに、ラルフはダンジョン・マスターに問いかけた。


「おいっ、ここって、ダンジョンの何階層目にあたる?」


 少女は、ごくりとホットドッグを飲み込み、そして答えた。


「この最深部は、第千七百九十八階層目……」


 その数字に、ヒューズは愕然とした。


「どうだ? ヒューズ?」


 ラルフが勝ち誇ったように問いかける。


「はあぁ?! 千?! 無理無理……。Sランク冒険者となると分からんが……。普通の冒険者が到達できるわけがない!」


 ヒューズは額に手を当て、心底参ったような表情を浮かべた。彼ら調査隊は、彼女の転移罠によって偶然にもここに辿り着けた、いや、誘い込まれたに過ぎない。この世界にいる冒険者たちが、自力で千を超える階層を踏破できるはずがない、と彼は悟ったのだ。


「とまあ、そういうことで。ダンジョンとして、ギルドに登録しても構わないか? 比較的浅い階層に限っては、冒険者達がウロウロすることになるが?」


 ラルフが、少女の意向を伺うように尋ねる。


「でも……。Sランク冒険者となると、わからないんでしょ?」


 ダンジョン・マスターは、不安そうに眉を下げた。その表情には、幼い少女のような純粋な心配が滲んでいた。

 ヒューズは(いや、このダンジョン・マスターならS級冒険者でも倒せるんじゃね?)と心の中で思ったが、さすがに口には出さなかった。


「S級冒険者は、ギルドが常に動向を確認している。彼らがこのダンジョンに潜るってなったら、……そん時は個別に対応するさ!」


 ラルフは、大言壮語ともとれる言葉を放った。

 しかし、少女は小さく呟く。


「……でも……。弱っちい冒険者だと、死んじゃう人も出るよ?」


 その言葉には、あきらかな、深い情け心が込められていた。


「まあ、それは冒険者の自己責任ってやつですよ。それが分かってない奴なんて、冒険者やってませんよ」


 ヒューズは、冷徹に言い放った。だが、彼の思考は、このダンジョンに挑む者に対する推奨レベルは、かなり高ランクに設定した方がいいだろう、と既に次の段階に進んでいた。


「そういえば、こんなダンジョンの奥地にいて、食べる物とかどうしてたんだ?」


 ラルフが、ふと疑問に思ったことを口にした。


「……私、お腹空かないから……」


 少女の答えに、ラルフは呆れたようにホットドッグを指さす。彼女のホットドッグは、もう半分ほどになっていた。


「はっ? いや、食ってるじゃん」


「食べることはできる。味も美味しいってわかる。でも、食事を必要としない……」


 少し寂しそうに少女は言った。その言葉は、彼女が持つ存在の特異性を改めて浮き彫りにした。

 すると、ヴィヴィアン・カスターが、震える声で驚愕の仮説を口にした。


「ラルフ……。もしかしたら、その子、いや! そのお方は、……人間では、ないのでは?」


「た、確かに……。ダンジョン・マスター、なんだもんな? えっ、じゃあ、お前、何者? モンスター?」


 ラルフは、流石にたじろいだ。彼の表情には、今更ながらの驚きが浮かんでいた。


「いや。ダンジョンという限られた空間ではあるが、それを生成し、管理する者。つまり、この小さな世界の、創造主……。“神”に近い存在なのでは?」


 ヴィヴィアンは、再び超ド級の仮説を打ち立てた。  

 だが、そこにいる誰もが、その言葉に妙な納得をしてしまった。

 空間や自然現象、そして造形物、さらには魔獣やモンスターを生み出す力。それは確かに、神と言われればしっくりきてしまう。

 しかし、魔導研究者としてのラルフの目が、その瞬間、輝き出した。"ダンジョン生成技術"。その研究をしてみたい! このような形で、ダンジョン・マスターと巡り合ったからには、それが可能だ。ふと、そういえば! と閃く。


「あのさ……。ダンジョンの生成とか、管理って、どうやってる感じ? まさか、《ステータスオープン》とか、できるみたいな?」


「それに近いことはできる……。だけど、もっと直感的でいて、視覚的に生成できるように、これを作った」


 そう言って彼女が持ち上げて見せたのは、ラルフにとっては、またしても懐かしい物体だった。


「おー! タブレットかぁ……。ちょっと触ってみても?」

 

 ラルフの目が、子供のよう輝いた。


「どうぞ……。勝手に設定いじらないでね」


 少女の忠告も聞かず、ラルフはそれを受け取ると、ポチポチ、時にはスワイプしながら、様々な管理画面や機能を探索してみる。その指の動きは、慣れたものだった。

 ふと、その時、彼は面白い機能を見つけてしまった。ラルフの口が、ニタァ。と三日月のように歪む。その表情には、悪戯を企む者の影が宿っていた。


「おいおい……。キャラメイクができるじゃないかぁ〜」


「あっ?! それは、ダメぇぇぇぇ!」


 少女が悲鳴のような声を上げ、ラルフに飛び掛かる。だが、彼女の動きは間に合わない。


「あ、ポチッとな!」


 ラルフは、まるでゲームの選択肢を選ぶかのように、

[設定を変更しますか?]→[はい]を選択した。


 すると、少女の頭部が眩く発光しだした。その光が収まると、少女の髪形が劇的に変わっていた。

 青緑色の、ツインテールに……。


「ぎゃーハッハッハッハッハッハっ! あーハッハッハっ!! 腹痛ぇ、ハッハッハっ!! お前、勘弁してくれよ! あーハッハッハ!」


 ラルフは、腹を抱えて笑い転げた。そこにいる誰もが、便利な魔法だなぁ、くらいにしか思わなかったが、ラルフは違ったらしい。涙を浮かべるほどツボに入ったようだ。

 一方、少女は、顔を赤らめながら、泣きそうになるのをぐっと堪えている。その表情には、屈辱と怒りが入り混じっていた。


「お前、それ、あきらかに“アレ”じゃねーか?! ほら、歌ってみろ! なんか歌ってみろ!! ……あ、ただし! 著作権には配慮しろよ? わかるな? ……さんはい!」


 ラルフは、まるで悪魔のように唆す。


「せ、千本ビットぉ、空に踊れぇ♪」


 少女の声は、震えながらも、その歌を紡いだ。


「アッハッハッハッハッハッハッハー! お前、歌、下手くそだなぁ! なんだよそれ?! 音痴過ぎ! ハッハッハぁ!!!」


 ラルフは狂ったように笑い続ける。その笑い声は、体育館の薄暗い空間に響き渡った。

しかし、少女は我慢の限界だった。ついに、ブチ切れたのだ。


「笑うなバカ!! 設定勝手に変えるなって言ったし?! なのに、なのに……なのに!! 私のもう一つのコンプレックスを……、よくもぉ! 殺す! やはりお前は殺す! ラルフ・ドーソン! お前を同志と思った私がバカだった! お前は、前世で私をイジメたあいつらと一緒だ! 塵すら残さず、死ね!!」


 激昂する少女。その頭上には、再びリング状のデバイスが黄金色に輝き、浮かび上がる。そして、無数のビット兵器が嵐の中の木の葉のように、狂ったように舞い踊り始めた。空間が、緊張と殺意で満たされる。


「ちっ、よくわからんが、余計なことしやがって!!!」


 ヒューズ達は、危険を察知し、退避を始めた。せっかく平和的……平和的だったのか? 彼らにはもう分からなかったが、再び戦闘に突入する予兆が目の前にあった。しかし、その瞬間。


「《奪権掌握(オーバーライド)》」


 ラルフが右腕を振ると、空中で狂奔していたビット兵器は、まるで時間が止まったかのように、ピタリと静止した。


「はぁぁぁぁ?! ハッキング?! サイコデバイスも無しに、どうやって?!!」


 少女は、驚愕に目を見開いた。その声には、信じられない、という感情が色濃く滲む。


「用心がなさ過ぎだって。呪式工学をもっと勉強しろ。防壁コードも遮断プロトコルも組んでないんだから……。そりゃあ、すぐに乗っ取られるって。せめて、カウンタートラップくらい仕込んでおかないと」


 ラルフは、平然と解説する。その言葉は、技術的な専門用語と、どこか呆れたような口調が混じり合っていた。


「あなた……、さては、元プログラマーね?!」


 少女の問いに、ラルフは首を傾げる。


「いや……。普通の、サラリーマンだった」


「クソ! クソッ!! ズルい!!!  ……この、チート野郎がぁぁぁぁぁ!!!」


 二人が言っていることは、相変わらず意味不明だ。その絶叫を聞きながら、本当に大丈夫なのか? と。なんだか、調査隊全員が、深い不安に包まれていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なるほど「世界でいちばんお姫さま」か。 もうそっとしといてやれよw
葱はどうした葱は、その髪型なら葱振らさんかい。
まあ、侵入経路に対するカウンターとラップが普通のサラリーマンかというと……、本人は普通の認識なんだろうなぁ(同情の目)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ