表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

170/293

170.もう一人の……

 暗黒の空から、雨が降り注ぐ。

 ラルフは、その冷たい飛沫を浴びながらも、まるで魂を置き忘れてきたかのように、振り返ったまま微動だにしなかった。電脳空間から現実へと舞い戻る直前、彼の意識の奥底で響いた、あの奇妙な声。それは、まるで明け方に見た淡い夢のように、彼の心に引っかかっていた。


 周囲では、誰もが恐る恐る、活動を停止した金属ゴーレムを検分している。その金属体は、まるで不気味な彫像のように、廃墟の街に鎮座していた。


「これ、一体なんなのです?」


 フィセの声が、静寂に沈む空間に響いた。彼女の視線は、一体のゴーレムが握りしめている異形の武器に釘付けになっている。ラルフは無言でそれに近づくと、物言わぬ金属の掌から、その武器を奪い取った。

 まるで長年の相棒であるかのように、慣れた手つきで銃身を脇の下でくるりと回転させ、スピンコックで弾薬を装填する。その一連の動作は、淀みなく、そして優雅だった。

 視線の先に捉えたのは、少し離れた場所に立つ、朽ちかけた街灯。狙いを定め、引き金を引く。

 ガオンッ!

 耳をつんざくような轟音が、廃墟の街に木霊した。直後、街灯は砕け散り、その破片がガラスの雨のように降り注ぐ。フィセは思わず耳を塞ぎ、驚愕に目を見開いた。

 ラルフが手にしたそれは、レバーアクション式のライフル(に良く似た、魔導銃とでも呼ぶべき物)。ラルフの前世において、アメリカの西部開拓時代を象徴する、まさに"侵略者の銃"でありながら、数々のフィクションを華やかに彩ったロマン溢れるガジェットだ。

 それをフィセへと手渡す。


「クラーケンバスターよりは手軽だと思うから、気を付けて使えよ」


 ラルフの言葉に、フィセは呆然としたまま、未知の武器を両手で受け取った。その顔には、困惑と畏敬の念が入り混じっていた。


「ラルフ様ぁ! ちょっとこっちへ!」


 ヒューズの焦燥じみた声が、ラルフを現実に引き戻した。


 廃墟群の街の中央に、突如として現れた、眩い光を放つ魔法陣。一目見たラルフは、大魔道士としての途方もない知識から、それが何を意味するのかを瞬時に悟った。


「これは、転移の魔法陣だ」


 その言葉に、全員が息を呑んだ。転移。それは、この世界において禁忌とされる魔術。魔導師連盟によって、厳格に禁じられているはずのものだ。


「明らかに、これは、罠だな? そうだろ?」


 ヒューズの声には、警戒と疑念の色が濃く滲む。しかし、ラルフは――。


「僕だけが行こう。どうやら、招かれているみたいだしな」


 そう呟くと、迷いなくその魔法陣へと歩みを進めようとする。


「何を言うか?! 仲間一人を戦地に進ませるなど、騎士の名折れである!」


 カーライル騎士爵の叫びが、雨空の下に響き渡る。そこにいる誰もが、雨に濡れながらも、揺るぎない強い意志を宿した視線をラルフへと向けていた。

 ラルフの性格上、何を言っても聞かないだろう。ならば。全員で、その転移陣を踏み抜くしかない。おそらく、この先はダンジョンの深層。ただでさえ、これまでも苦戦を強いられてきたダンジョンだ。普通に考えれば、生きて帰ることはできないだろう。しかし、この非常識極まりない大魔道士と一緒ならば、生涯をかけても見ることが叶わないような、途方もない景色を見ることができるのではないか? そんな期待が、彼らの疲労すら忘れさせていた。


 転移陣に乗り、眩い光に包まれる。

 光が収まった先に広がっていたのは、何もない薄暗い空間だった。

 果てしなく遠くに目を凝らしても、壁らしきものは見えない。見上げてみても、天井は闇に溶け込んでいる。

 もしかしたら、ダンジョンの外、どこか遠くの見知らぬ場所に転移させられてしまったのだろうか? 誰もが、一瞬、不安に襲われた。


 しかし、そうではない。

 すぐに誰もが悟った。

 明らかな害意。あるいは、純粋な殺意が、形を伴って彼らの眼前に現れたからだ。


 そこに佇んでいたのは、巨大な三つ首の竜。否。その外甲は、銀色の金属に覆われ、無機質な緑色の光を帯びた瞳が、鈍く輝いている。


「ヒュドラの、ゴーレムか?」


 ヒューズがそう呟き、剣を構える。ラルフは、大きく溜息をついた。

 わかった……。

 もう、わかった。

 理解してしまった。

 どうやら、ラルフ以外の、"転生者"が存在するということを。


 緑色の目が、一層その輝きを増す。ヒュウンヒュウン、ゴウンゴウンゴウン。不気味な駆動音が、薄暗い空間に響き渡る。二本の長い尾が持ち上がり、ゆらゆらと揺らめく。そして、三つの首が、それぞれ独立した意志を持つかのように動き出し、この階層への侵入者――つまり、ラルフ達を、憎悪に満ちた眼差しで睨みつけた。


「ラルフ様ぁ! これは、いよいよヤバイんじゃねーか?!」


 珍しく、剣を握るヒューズの手が震えている。誰もが、この絶体絶命の状況を前に、どうすることもできない。やはり、ここに来るべきではなかった。名誉、未知への挑戦、自分の強さの証明。そんな浅はかなものを欲したが故に、目の前の絶望と対峙しなければならないなんて。そんな後悔の念すら、彼らの心に湧き上がってきた。

 しかし。ラルフ・ドーソンは、いつもの不敵な笑みを浮かべ、一歩前へと踏み出した。


「……ラルフ・ドーソン……」


 カーライル騎士爵は、偉大なる大魔道士の、その頼もしい背中を見つめた。この強敵を前に、この絶望の中で、まだ前に進めるというのか?! 彼の心に、感動の波が押し寄せる。

 そして。


「ええええい!! ビビってたまるか?! 殺ってやる!!」


 気合を入れ直し、剣を抜いた。だが、ラルフは。


「あー。カーライル騎士爵。ヤツの相手は、もう一人の調査隊のメンバーにお願いしましょ!」


「は? ……もう一人?」


 誰もが、ラルフの発言を理解できず、困惑の表情を浮かべる。


「いや、一人というか……、一匹と言うべきか、一頭と言うべきか」


 そう言いながら、ラルフは懐から円筒形の物体を取り出した。一見すると小さな水筒のようにも見えるが、表面には複雑なルーン文字が刻まれている。


「まさか?! ……ラルフ・ドーソン! まさか、"アレ"を、完成させていたのか?!」


 テイマーのヴィヴィアンが、驚きの声を上げた。

 それは、まさにラルフ・ドーソンの魔導研究者としての知識と技術の粋を結集して作られた、

《テイマー・キャプセル》。

 空間拡張魔法の式と転移魔法の回路図が、幾重にも重ねて描かれ、その小さな物体の内部を構成している。マジックバッグの原理を応用し、契約した魔獣を収納し、必要な時に呼び出す。言葉にすれば単純だが、生きた存在を入れるには、呼吸や鼓動を保つための独立した環境生成魔法が必要になる。失敗すれば即死。だが、ラルフは夜も眠らず昼寝して、試行錯誤の末に、これを完成させたのだ。

 そして。


「いでよ! レッドフォード!!」


 その言葉は、大怪獣決戦の始まりを告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 メカキングギ○ラかな? vsラドン(レッドフォード)とは熱い!
ミ○ラス・・・ウィ○ダム・・・を想像するあたり、わたしも年齢だと実感(爆)
夜も眠らず昼寝してはただの昼夜逆転というwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ