169.大魔道士は機械式人形の夢を見るか?
激しい雨が降りしきる廃墟で、ラルフはヒューズを突き飛ばす形になった。次の瞬間、雷鳴のような爆音が鼓膜を震わせ、部屋の壁が砕け散る。
「全員伏せろ!」
ラルフの叫び声が響き渡る。さすがは精鋭と謳われる者たち。彼らは一瞬にして手にしていた茶を投げ捨て、床に伏せた。
「なんだ?! 攻撃魔法か?!」
カーライル騎士爵が叫ぶ。ラルフは床に転がっていたケトルを拾い上げ、その鏡面で外の様子を探ろうと、匍匐前進で窓枠の下まで移動した。
そっとケトルを持ち上げる。そこには歪んだ雨の廃墟群が映り込んでいた。しかし、次の瞬間、「ヒューン!」という風を切る音が聞こえたかと思うと、「カンッ!」と乾いた音を立ててケトルが撃ち抜かれる。
「きゃあ!」
その音に驚き、フィセの悲鳴が木霊した。ラルフは即座に魔導障壁を空間に張り巡らせる。
「どういうことだ?! なんなのだ、この攻撃は?!」
ヒューズが激昂している。ラルフは、
(銃があるのかよ……?!)
と、苦々しく奥歯を噛み締めた。
魔道具製作において第一人者であるラルフは、前世の知識からあらゆる便利な魔道具を発明してきた。しかし、銃だけは決して手を付けなかった。この世界に不幸と悲劇をもたらすだけだと、固く自制していたのだ。それがまさか、このようなダンジョンの中で銃撃戦に巻き込まれようとは――。
「魔導障壁は張った! ヒューズ! 敵の位置と数を確認するぞ!」
ラルフとヒューズは、壁に背を預けながら、そっと窓枠から外を覗いた。雨に霞む廃墟群の向こう、"それ"は立っていた。
一見すると、そのシルエットは人のようにも見える。しかし異様なのは、鈍く銀色に輝く外骨格。そして、赤く不気味に光る目。手には、腰高に構えられた黒い武器。
「なんだあれは? 銀色のスケルトンか? それとも、鉄製のゴーレム?」
ヒューズは冒険者としての知識からその敵を分析したが、ラルフの思考は違った。ヒューズが言ったように、鉄製のゴーレム。おそらくそれが正しいのだろう。この世界において、あれを再現できる技術体系があるとすれば、そうなのだろう。
しかし、ラルフの脳裏には、前世で大好きだったあの映画が浮かんでいた。未来から来たサイボーグの姿が。
(ちょっと待て! 誰だ自重してない奴は?! アイル・ビー・バックじゃねーぞ?! ふざけんな!!)
心の中で盛大なツッコミを入れた。
すると、遠くから、その異様なシルエットは数を増やす。そのうちの一体が、また別の武器を携え、こちらに向けていた。
「なんだあれは?」
ヒューズには理解できないだろう。しかし、ラルフは知っている。前世のフィクションで何度もあの武器が登場し、そして心躍る破壊劇に魅せられたからだ。ガトリング銃――またはミニガン。ゼネラル・エレクトリック社が開発したM134に酷似した魔導兵器。それにロマンを感じなくはない。だが、それがこちらに向くとなると話は別だ。
次の瞬間、嵐のような機銃掃射が始まった。
「きゃぁぁぁぁ!」
誰かの悲鳴が木霊する。毎分四千発を発射できる鉄の飛礫が魔導障壁に断続的に突き刺さり、雨のような火花を散らす。
「ラルフ様! 大丈夫なんですよね?!」
サルヴァドルが悲痛な叫び声をあげた。
「あっ! やべっ?! 魔導障壁にヒビが入ってきた!」
珍しく焦りを滲ませたラルフの声に、誰もが絶望に叩き落とされた。しかし、その嵐は過ぎ去る。そして、ヒューズが再び外を窺う。
「ラルフ様! またなんかヤバそうなのが出てきたぜ! あれは何だ?」
ラルフも、息も絶え絶えに起き上がり、窓枠に取り付いて外を見た。遠くから、一体のゴーレムが肩に担いだ武器。ラルフの知識によれば、RPG……。ロールプレイングゲームの略称ではなく、対戦車ロケット擲弾発射器。つまり、ロケットランチャーだ。
「うん……、撤退……。皆、逃げるぞ!」
その言葉で、弾かれたように裏手の窓枠から全員が飛び出す。その直後、轟音を響かせ、今までいた廃墟は粉々に砕け散った。降り注ぐ破片を気にする様子もなく、全員が全速力で駆ける。そして、堅牢そうな石壁を発見すると、全員がその陰に隠れた。
「どうするのだ?! なんなのだ、あのモンスターは?!」
カーライル騎士爵が喚き散らす。
「ラルフ様! ラルフ様なら、何とかできるのではないのですか?」
海賊公社のメリッサが尋ねてくる。
「まあ……できなくは、ない……」
ラルフはそう答えた。
「じゃあなんとかしてくださいよ! ここでこそ大魔導士様の実力発揮でしょう?!」
フィセが泣きそうになりながら懇願してくる。大雨の中、全員ずぶ濡れで疲労困憊。さすがにこうなってしまうと、ラルフの出番だろう。
仕方なく、ラルフは魔導術式を展開する。それは、物理攻撃ではない。魔導士ならではの、電脳戦へと移行するのだ。
彼の唇が、微かに弧を描いた。
魔力の奔流が彼の指先に集束し、不可視の螺旋式魔導陣が展開される。それは古代の魔導国家が研究していた精神通信術と、現代魔術工学における量子呪文暗号理論を融合させた「侵入プロトコル」――通称。《マナ・ブリーチ》。
彼は不可視のマナ回線へ直接アクセスを開始した。制御ルーンの暗号鍵を魔力波形解析で分解し、逆位相パルスを流し込むことで真正操者の信号を偽装する。次いで、精神同期リンクのハンドシェイクを強制キャンセルし、自身の精神波を割り込ませた。
空間が歪む。
視界は戦場から一変し、黒曜石のような虚空に無数の光るルーンが浮かび上がる。
ここは「電脳界層」。魔力と意識がデータ化され、思考そのものが命令列として交錯する、もう一つの戦場だ。
彼の足元には、制御者の精神署名と紐づいたゴーレム制御マトリクスが鎖のように繋がっている。ラルフは瞬時にパケット構造――いや、ルーン式構造を解析し、アクセス権限テーブルを上書きするための「改竄呪文」を構築した。
侵入検知のアラート・チャームが赤く点滅するが、彼は意に介さない。システム防壁は旧式の「環状守護陣」で、現行の魔力流制御アルゴリズムに比べ脆弱だった。わずか数秒で防壁は解体され、ゴーレム群の制御権限はラルフの手中に落ちる。
「さて! これで、もう君の軍隊ではない」
ルーンの鎖が反転し、ゴーレムが現実世界でその動きを止めた。
ラルフはわずかに笑みを深め、電脳界層から現実へと意識を引き戻した。
しかし、その刹那――
「あなたは……誰?」
という、少女の声が響いた。




