164.普通のダンジョン
第二階層での探索は、当初の計画を変更し、人海戦術に切り替えることになった。食欲に負けて指示を無視し、全員が第二階層へと突入してしまったからだ。この事態を教訓に、海賊公社の船には食料の買い出しに戻ってもらい、今後は同様の事態が起きないよう徹底することになった。
ラルフたちは袋小路に拠点を構え、探索の拠点と食料配給に注力した。迷宮に散らばった冒険者たちが、食欲を刺激する匂いに誘われて拠点へ戻ってくると、ヒューズは彼らから聞き取りを行い、綿密なマッピングを進めていく。
「よぉ! これを見ろよ! 宝箱を見つけて開けたら、フィードリアン金貨が入ってたぜ!」
得意げに自慢話をする冒険者。
「ラルフ様、焼き鳥の皮とビールください!」
ラルフの屋台に注文をする冒険者。
「あいよ!」
ラルフが手際良く炭火に串を並べると、香ばしい匂いが辺りに漂った。
「まるで緊張感がねぇな……」
ヒューズは呆れたように呟きながら、マップに新たな分岐を書き加える。探索に疲れた者たちは、通路に座り込み、酒盛りまで始めていた。
その時、一人の冒険者が息を切らして駆け寄ってきた。
「ラルフ様! ヒューズ! あったぜ! 三階層への道です! 間違いありません!」
「おお! 早かったな!」
ラルフは目を見開いた。
「案内できるか?」
ヒューズが問いかけると、冒険者はラルフの屋台を指差し、
「一杯やってからでいいすか?」
と答えた。ヒューズは額に青筋を浮かべ、頬をひきつらせたが、
「……一杯だけだぞ……」
と、もはやどうでもよくなったのか、しぶしぶ許可を出した。
拠点を畳み、三階層へのルートを進む一行。足を進めるごとに空気は湿り気を帯び、視界は悪くなっていく。曲がり角の向こうから、「グギャギャ!」と聞き慣れた咆哮が響き、定番の魔獣であるゴブリンが十数匹現れた。
「《呪鎖念縛》」
ラルフが右手をかざして呪文を唱えると、ゴブリンたちはまるで時間が止まったかのように静止した。ゴブリンたちは汗を噴き出し、なぜ自分たちの身体が言うことを聞かなくなったのか理解できない表情で、運命を悟った。ヒューズやカーライル親子が剣を手に取り、ゆっくりと近づいていく。そして、無情にも脳天に剣を振り下ろし、血飛沫を飛び散らせながらその命を奪っていった。
「やはり、マスターがいると簡単すぎるな」
ミラがゴブリンの首を刎ねながら言った。
「楽なのはいいことだ!」
ヒューズは言いながらゴブリンの脳天を叩き割る。
「ふん! どちらにせよ、ゴブリンなど試し斬りにしかならんな!」
カーライル騎士爵はそう言い放ち、五体のゴブリンを横薙ぎに斬り捨てた。
「やはり、ラルフ様は後衛にいてもらっていいですか?」
ヒューズがラルフに尋ねる。
「……はいはい! わかりましたよ!」
ラルフは不貞腐れたように後ろに下がった。
「私もクラーケンバスターをぶっ放したいんですけど、大物がいないですよねぇ」
フィセも不満そうだ。誰もが、さすがに過剰戦力ではないかと思った。しかし、階層が下がるごとに難易度が上がるのがダンジョンというものだ。油断はできない。
三階層は、一言でいえば「森林」だった。陽の光が届いているはずもないのに、この場所はまるで昼間の樹海のように明るい。鳥のさえずりや獣の咆哮が響き渡る。ダンジョンの未知なる現象の一端が、そこに広がっていた。
「こりゃあ、なんというか、ありきたりだな……」
ヒューズが口を開いた。
「え? どういうこと?」
ラルフが疑問を投げかける。
するとヒューズは、不穏な言葉を紡ぎ出した。
「秘匿されていたダンジョンなのでしょう? ならば、何かあるはず……。しかし、普通だ。普通すぎるんですよ……このダンジョンは」




