161.新たな船出
ロートシュタインの港町に、真夏の太陽が煌々と降り注ぐ。波止場には、潮風が運ぶ磯の香りと、人々の熱気が渦巻いていた。岩島へ向かう調査船を前にして、今回の未発見ダンジョン先遣調査隊の第一陣、選抜メンバーが今、勢揃いしていた。
ずらりと並んだ顔ぶれを、ラルフは複雑な面持ちで見つめた。
選抜メンバーは以下の通りだ。
冒険者ギルドマスター代理の、ヒューズ。
王国騎士団からは、厳格な風格を漂わせるマティヤスと、その娘であり女騎士ミラの、カーライル親子。
冷静沈着な宮廷魔導士、ヴィヴィアン・カスター。
炎のような情熱を秘めた火魔法の名手、パトリツィア・スーノ。
海賊公社から、獲物を狙う鋭い眼光を持つメリッサ・ストーン。
海の冒険者クラン"シャーク・ハンターズ"から、巨大な銛を肩に担いだ撃銛砲の名手、フィセ。
そして、まさかの宮廷料理長サルヴァドル・バイゼル。
最後に、この面倒事の元凶であり、大魔道士の、ラルフ・ドーソン自身。
ラルフは、思わず口を開いた。
「うん。なんか、色々突っ込みどころがあるから。言っていい?」
ヒューズは、その長い金髪を風になびかせながら、涼しい顔で「どうぞ」と答えた。まるで、ラルフの疑問を最初から予期していたかのような余裕ぶりだ。
「まず、なんか、女性が多いね?」
ラルフの視線は、ヴィヴィアン、パトリツィア、ミラ、メリッサと、フィセ。メンバーの半数を超える女性陣に向けられた。その顔ぶれは、いずれも並々ならぬ実力者ばかりだ。
「単純に、今すぐに動かせる最高戦力を集めてみた結果です。何か問題でも? ……世の中、女性の社会進出の時代ですよ? ラルフ様」
ヒューズが、呆れたような顔でラルフを見返した。まさか、この異世界でも、男女共同参画やフェミニズム運動、女性のエンパワーメントが叫ばれる時代なのか?! ラルフは感心というか、純粋に驚いてしまう。確かに、居酒屋領主館に集う常連客の冒険者にも、女性は多かった。この世界の多様性と、その中で生きる人々のたくましさを、改めて実感させられる。
「じゃあ、もう一つ。なんでサルヴァドルさんいるの? 宮廷料理長ですよね? 冒険者でもないし……」
ラルフは、今にも飛び出さんばかりに目を丸くして、サルヴァドルを見つめた。その問いに、サルヴァドルは、マゴロク閃光包丁を肩に担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべた。
「弟子は育ててある。問題はない!」
その言葉には、一切の迷いも不安もない。ただ、自信と、そして底知れぬ実力が込められているかのようだった。
「いや、問題というか、魔獣との戦闘が想定されるんですよ……」
ラルフは、思わず呻いた。魔獣との遭遇は、ダンジョン探索において避けられないものだ。料理人が、そのような危険な場所に足を踏み入れるなど、常識では考えられなかった。
「切れば良いのだろう?」
サルヴァドルの返答は、あまりにも簡潔で、そして恐ろしかった。
「あっ、はい……」
ラルフは、それ以上何も言えなかった。確かに、あの何でも切れる魔剣製作技術を流用した包丁は、もはや兵器と呼ぶにふさわしい代物だ。宮廷料理長であるサルヴァドルが、その包丁を携えてダンジョンに挑む姿は、もはや恐怖でしかなかった。
ヒューズは、集まった冒険者たち、そして見送りに来た大勢の群衆に向けて、力強く呼びかけた。彼の声は、港町に響き渡る喧騒を切り裂くように、人々の心に届く。
「皆の者、準備はいいな? 先遣隊の後は、皆好きに突入してこい! マッピングを優先しろ! 何せ未知のダンジョンだ。どんな小さな事も見落とすな! 生存戦略! 生きて帰る確率を上げろ! そして、金を稼げ! 美味い酒を飲もうぜ!」
そのヒューズの言葉に、港町に集まった冒険者たちは、「おぅ!!!!」と地響きのような声を上げ、士気を最高潮に高める。彼らの目には、未知への挑戦と、富への渇望が宿っていた。
続けて、ヒューズは、長い金髪を海風に靡かせながら、腰のロングソードを抜き、頭上に高らかに掲げた。太陽の光が剣身に反射し、眩い光を放つ。
「我らが領主様は、……まだ何か不服なようだが、今日! 我々は、歴史に名を残す!!」
その言葉に、冒険者たちは「ギャハハハっ!」と大笑いしている。彼らにとって、ラルフの不満は、もはやお決まりのジョークのようなものだった。
「歴史に名を残すのは誰だぁ?!」
「俺だッ!」
「いや! 俺たちだぁ!」
「私よぉ!」
冒険者たちのボルテージは最高潮を迎える。彼らの声が、港全体を揺るがすかのようだ。
「前人未到! 未知のダンジョン! 新たな冒険! この言葉に血湧き肉躍るのは誰だぁッ?!」
「俺たち、冒険者だぁ!」
「冒険者! バンザーイ!!」
熱狂の渦が、潮風さえも熱風に変えていくほどに感じられた。希望と興奮が、港町を支配する。
「さあ! ゆくぞ! 新たな船出だ!」
ヒューズを先頭に、選抜された先遣隊のメンバーが、力強く船に乗り込んでいく。彼らの足取りは軽やかで、顔には決意と期待が満ち溢れていた。
その光景を眺めながら、ラルフは心の中で呟いた。
(えっ?! 急に出てきたクセに、ヒューズの野郎、主人公してんなぁ?!)
彼の心には、未だ拭いきれない面倒事への憂鬱と、しかしどこか、この狂騒的な状況への諦めが混じり合っていた。




