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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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155/293

155.打上げ花火の下で

「あっはっはっはっはっはっはーっ!」


 ミュリエルの豪快な笑い声が、居酒屋領主館に響き渡る。いつもの満員御礼の喧騒に、今夜は祭りの終わりの名残惜しさが混じり合っていた。客たちは、熱気の余韻を持て余すかのように、どこか上滑りする空気を纏い、空騒ぎに興じている。


「ねぇ、お父様! 私、ここで働かせてもらえないかしら?」


 王都から来た貴族令嬢が、その突拍子もない願いを父に告げる。ラルフは一瞬、何を考えているのかと眉をひそめたが、すぐに合点がいった。この居酒屋領主館は、今やこの国の王侯貴族のみならず、各国からの重鎮までが出入りする特別な場所。王都の狭い社交界でちまちまとお茶会を開くよりも、ここで働けば、途方もない人脈を得ることも夢ではないだろう。


「どうかな? ドーソン公爵?」


 令嬢の父親が、ラルフに問いかける。


「あー、まあ、はい。ウチは割と来る者拒まずですけど、お嬢さん、ロートシュタインに住むの?」


「孤児院で寝泊まりできるって聞きましたわよ?」


 その言葉に、ラルフは思わず口ごもる。


「いや、あのぉ、……孤児院って、孤児たちが寝泊まりしてる場所だからね? 君、令嬢よね?」


 当たり前のことを確認したつもりだったが、居酒屋領主館で働く孤児の少女たちは、「えー! これから一緒にいられるのぅ?!」と、嬉しそうにきゃっきゃと飛び跳ねる。子供たちの純真な社交性には驚かされるが、これでいいのか、とラルフは頭を抱えたくなる。


「ふんっ! ここで働くってことは、あたしの部下ってことよね?」


 エリカが腕を組み、不遜に言い放つ。


「え?! あ、エ、エリカ・デューゼンバーグ! あなた、奴隷なのではなくて?!」


 どうやら、彼女はエリカのかつての同級生だったようだ。エリカは胸を張り、偉そうに言い放つ。


「ここは身分など関係ない場所でしてよ! お嬢さーん? ここにはここの、流儀と格式があるのよ!」


(ここに、そんな流儀も格式も作った覚えはない!)


 ラルフは心の中で叫んだ。


 ロートシュタイン祭の最終日は、ラルフにとっても、領民にとっても、まさに「わけのわからない」一日となった。日がまだ高い内から、帰路につく外国の来賓の馬車を見送る人々。帝国から来た議員が連れてきた子供は、「やだー! 帰りたくない! ここにもっといたいー!!」と、地面にひっくり返って駄々をこねる。共和国の議員の一部は、「もう、議員辞めるわ。ここに住む!」と、とんでもないことを言い放ち、帰国を頑なに拒んでいた。

 そんな光景があちこちで繰り広げられ、まるで世界すべてが、この祭りの終わりを拒絶しているかのようだった。悲痛な面持ちで帰路につく者、そして開き直ってロートシュタインに残ることを選択した者たち。残る者たちに、ラルフは心の中でこう呟いた。


(お前ら、ここに衝動的に居残って、明日からの食い扶持どうする気だよ?!)


 だが、まあ、なんとかなるのだろう。なにせ、ここはロートシュタインなのだから。


 その時、ヒュー、ドーン!! と、魔導士たちが打ち上げる花火の音が、居酒屋領主館の客席にも届いた。


「おー! 外で見ようぜ! なあ、ラルフ様ぁ! 外で飲んでいいよなぁ?!」


 冒険者の男が、興奮した声で問いかけてくる。ラルフは手のひらをひらひらとさせ、無言で、好きにしろ! と伝えた。全員が、領主館の外へと飛び出す。


 夜空を彩る花火。


 ドーン! と、腹の奥底にまで響く、美しい色彩の奔流。人々は夜空を見上げ、歓声を上げる。


「うわぁ!」


「すごーい! やっぱり、私、花火好きぃ!」


 ミンネとハルも、無邪気に飛び跳ねて喜んでいる。ラルフは、二人の柔らかなブラウンヘアーにそっと手を乗せ、


「来年も、またやろうな」


 と、約束をしてしまう。面倒なことは多々あれど、子供たちが心から楽しんでくれるのなら、それはそれでいいか、とラルフは諦めに似た笑みを浮かべた。それに、祭り自体は嫌いではない。むしろ、前世の日本人としての郷愁が、この花火と賑わう屋台の光景を眺めているだけで、心の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。皆が、幸せそうに笑ってくれる。それが、どれほど素晴らしいことか……。


「あーはっはっはっはー! あの花火って、横から見たら平べったいんかなぁ?」


 エルフのミュリエルが、突如として走り出した。ラルフは、「はぁ」とため息をつく。


「なんか、その話、懐かしいわ……。打ち上げ花火は、下から見ても横から見ても、丸だよ……」


 思わずそう呟いた、その時。ヴィヴィアンが、


「えっ? 平べったいですよ? 今回雇われた魔導士たちが、そう設計しましたから」


 と、あっさりと言ってのけた。


(あ、そうだった。この花火、魔法だったわ。魔法ならそれも可能なのか!)


 ラルフは、その事実をすっかり失念していたことに気づく。


「あー、はっはっはっはっはー!」


 ミュリエルは、小高い丘を駆け登っていく。ラルフは呆れながらも、その後を追う。この酔っ払いエルフが何をしでかすか、理解不能だからこそ心配なのだ。


「ミュリエル! みんなの所に戻って、一緒に飲もうぜぇ! こんな誰もいない場所に来ても楽しくないだろ!」


 ラルフが叫ぶと、ミュリエルはドサッと丘の上で仰向けに倒れ込んだ。


「あーはっは、あーあー……」


 大の字に草の上に寝転ぶ彼女の隣に、ラルフは腰を下ろした。


「おい ……なに、泣いてんだよ……」


 ラルフは、聞いてもよいことなのか分からなかったが、聞かずにはいられなかった。


「いやぁ~! 楽しいなぁって!」


「楽しいなら、泣く必要ねえじゃねーかよ」


 夜空には、次々と大輪の花火が咲き誇る。その光が、ミュリエルの頬を濡らす大粒の涙をきらきらと輝かせた。


「いんやぁー。婆さまに言われてたんさ……。人間を好きになるなって……。人間は、すぐにシワシワになって、死んじゃうからって……」


 ラルフは気がついた。彼女たちエルフは長命種だ。その命の長さゆえの、深い孤独があるのだろうと。


「……そんじゃあ、僕らが死んだら。また、楽しいこと見つける旅に出ればいいだろ?」


 ラルフの言葉に、ミュリエルはしゃくりあげた。


「ひっく……、うえ……、領主さまぁ、そんなの……、そんなこと……。言わねぇで、欲しかったわ……」


 そう言って、さらに大粒の涙を流しはじめる。ラルフは無表情のまま、彼女の頭を優しく撫でた。そして、


「楽しいこと、新しい出会い。生きてる限り、いくらでもあるさ。……僕の知ってるエルフの魔導士も、共に戦った勇者の死後に、新たな旅立ちを迎えたんだよ」


「へぇ。そんなエルフの魔導士さまがいたんか?」


「うん、まあ、……物語の中でな。……よく、ミミックに食われてた」


「なんだそれ?! あーはっはっはっはー!」


 丘の上、祭りの終わりを告げるかのように、最後の花火が大輪の花を咲かせ、夜空を眩い光で満たした。その光は、二人の間に漂う、静かで温かい空気を優しく包み込んでいた。

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― 新着の感想 ―
そのミミックに食われているエルフは縦ロールになっちゃった・・・って言いそう
能天気でいつも楽しそうに笑ってるミュリエルがそんなこと考えて泣いてると思うと、不覚にもこっちまでくるものがあるね
変な魔導書大好きでで。 一緒に旅する仲間が出来るといいですね。 漫画連載再開は嬉しいw
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