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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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154/293

154.フィセの休暇

 王都の商業ギルドで働くフィセは、かつての同僚マーサの魔導二輪車:スクラバーの後部座席に跨り、風を切り裂いていた。目的地は、街道の先に広がるロートシュタイン領。そこで開催される、盛大なお祭りへ向かうのだ。街道沿いの景色が目まぐるしく流れていく。貴族の馬車たちが優雅に連なる中を縫うように進むと、フィセは思わず大声を上げた。


「いぇー! 最高じゃない! なんか、私も魔導二輪車欲しくなってきたかも!」


 久しぶりの連休がもたらす開放感と、生まれてこのかた経験したことのないスピード感に、フィセの心は昂ぶっていた。


「ちゃんと掴まっててよー」


 肩越しに、マーサが少し呆れた声をかけてきた。

 街道をしばらく走ると、広大な競馬場が見えてきた。ここで小休憩だという。フィセはここに来るのが初めてだったが、マーサは慣れたように二輪車を停め、中へと入っていく。ここは賭け事だけでなく、飲食店だけの利用も可能らしい。なんだか、元同僚が遠い世界に行ってしまったなぁ、とフィセは思った。いつかの街道整備記念式典で、祭りくじの景品として魔導二輪車スクラバーを手に入れて以来、マーサはあっさりと商業ギルドの受付嬢を辞めてしまったのだ。今は、王国の各地を巡る運び屋として生計を立てている。その運び屋稼業も、このロートシュタイン祭の期間中は休業だという。なんでも、クライアントの貴族たちがほとんどロートシュタインに行ってしまうので、気兼ねなく休めたのだとか。


「はい! この大穴ドーナツがオススメよ!」


 マーサが差し出した競馬場グルメのドーナツ。王都にも似たような焼き菓子はあるが、このような旅先で、かつての友人と頬張る大穴ドーナツは、何故か目の奥が痛くなるほど美味しかった。

 ロートシュタインに近づくにつれ、街道は来賓の馬車でひしめき合い、大渋滞を起こしていた。


「うわぁ、凄い人の数……」


 フィセは思わず呟いた。こんな景色は、王都でも見たことがない。マーサの二輪車は、その馬車たちの隙間を縫うようにトロトロと進み、やがてロートシュタインの街中へと入った。

 予約していたホテル・マリアンヌにチェックインし、荷物を置くと、二人は早速街中へと繰り出した。


 そこからは、信じられない、いや、おそらく一生忘れられない光景の連続だった。平民も貴族も関係なく、誰もが飲み、食べ、踊り、語り合う。道を歩けば、見知らぬ誰かが料理や酒を差し出してくる。金を払おうとすると、もうその人物は人混みに消えている。いつの間にかマーサとは逸れてしまっていたが、フィセはそれどころではなかった。


「なにこれ?! なにこれ?! なんなのこのトルティーヤって?! 誰か教えて?!」


 未知の料理、未知の酒が、フィセの目の前に次々と現れる。したたかに酔ってきたフィセは、知らないうちに、知らない貴族と知らない冒険者と広場で踊り狂っていた。

 そして、日が落ちてオープニング・セレモニーが始まってからは、まさに夢のような、信じられないほど壮大な演出と音楽に圧倒され、号泣してしまったほどだ。その後、朝まで飲み、知らない人々と踊り明かした。


 翌朝、恐ろしいほどに美しいエルフ族の女性に抱きしめられたまま、目を覚ました。彼女の口からは「ぐがぁぁ!」と盛大ないびきが響き、そして、酒臭い……。よろよろと立ち上がり、ホテルへと戻る。そのまま、夕方まで寝続けた。後でマーサには存分に呆れられてしまったが、「ま、たまには羽目を外さなきゃね。受付嬢ってストレス溜まるのは、私もわかるから」と笑ってくれた。


 翌日、再びマーサの後ろに乗り、港へと赴いた。そこには、ウル・ヨルン号という巨大な戦艦、いや、漁船が停泊していた。なんでも、伝説の海竜を仕留めた船だという。それを見物するために多くの人々が集まり、海産物を提供する屋台が軒を連ねる。潮の香りと醤油の焦げる匂いは、フィセの胃袋を刺激してやまない。デッカイ海老の網焼きをモサモサと貪り食らってみたら、ここは天国か?! と思うほどの幸せだった。

 港の一角では、「爆式魔銛砲《バリスタランスMk-II》試射会」が開催されているらしく、フィセは興味本位で列に並んでみた。なんでも、伝説の海竜ア・ベイラを仕留めた兵器らしい。そんなものを平民が触って良いのか? とも思ったが、特に規制はないらしく、貴族や騎士たちや他国の来賓に交じって行列に並び、ついにフィセの番が来た。


「絶対に耳栓はしてくださいね。あと、反動はかなりあります。だけど、しっかり抱えてさえいれば大丈夫です! あと、射出前に、電雷が走りますが、驚かないでくださいね。特に問題はありませんから。最後に、決して人に向けないように!」


 冒険者クラン"シャーク・ハンターズ"の人が丁寧に説明してくれた。

 フィセは、その魔導兵器を何もない海上に向ける。すると、手元の魔石と魔法陣が光り出し、バリバリと放電を始める。そして、眩い閃光と電雷。バリバリッ! バシュウン!! と波間を割り、着弾地点の海面が巨大な白波を立ち上がらせた。その威力は、商業ギルドの受付嬢ごときに握らせて良いものではない。それが分かったフィセは、


「ちょぉぉぉぉぉぉ、きもちいいいいいいぃ!」


 と狂喜の声を上げた。


 居酒屋領主館に移動してからも、フィセにとっては信じられない経験の連続だった。

 マーサのクライアントや知り合いの貴族、果ては王族たちとも挨拶を交わし、彼らと酒を酌み交わす。さらには、サメの刺身、アジフライ、そして、グレン子爵が持ち込んだア・ベイラの肉を使って作られた竜田揚げ、という王侯貴族ですら狂喜乱舞するような美食の数々。突然始まるラルフ&ソニアの演奏。フィセは、この夢みたいな夜にまた酔いすぎていた。


「ロートシュタイン、最高っ!」


 と叫び、マーサは困った顔をしていたが、皆笑っていた。


 夢のような祭りが終わり、王都に戻り、フィセにとってのいつもの受付嬢の日々が始まっていた。

 しかし、なんだか、ぼんやりしてしまう。あのロートシュタイン祭以降、なんだか自分がおかしくなっている自覚はあった。

 目の前には、商業ギルドから融資を受けている宿屋の二代目の優男が頭を下げている。


「なぁ、フィセちゃん! この通りだ! 今はまだキツいんだ。もう少し待ってくれれば、ウチのオーク・チャップの評判は王都中に広まるはずなんだ! だから、もう少しだけ待って欲しいんだ」


 (ああ、そうですか。分かりました)


 そう言うべきだ。それで、この面倒事は目の前から去ってくれる。商業ギルドの上司たちも、特にそれで咎めることはないだろう。返済の不履行なんて、よくある話。いちいち付き合っていたらきりが無い。

 しかし、

 しかし、

 どうしても。

 フィセは、我慢の限界が来てしまった。この事なかれ主義の現場に、目の前にいる甘っちょろい男に、そして、こんなくだらないことに付き合い続けている、自分自身に……。だから、


「オーク・チャップ? 王都中に? へぇ、……、それで、その程度で返済できると? 客足が回復して、利益率が上がると?」


「へっ? え、えぇ、それは、間違いなく!」


 宿屋の二代目は、驚きに目を見開いたが、やっとそう言った。しかし、それは悪手だった。


「間違いなく?! 間違いだよ! 間違いだらけだよ?! じゃあ、最初から金なんて借りるなよ。バカがっ! 王都中に広まる? ……ロートシュタインに勝てるのかよ?! お前、何にも知らねぇなぁ?! 本当にバカ! バカなんだよ! 商売舐めすぎなんだよ! ロートシュタインに一度でも、行ってみろよ! あそこで勝負したら、お前の店なんて速攻で潰れるわ!! その程度なんだよ! お前は、辞めちまえ! 何がフィセちゃんだ?! 気持ち悪いぃんだよ! 金借りてる分際なら、フィセ様だろうがよ?! 勘違いしすぎなんだよ! 親から受け継いだ商売でなんの努力もせず生きていけると思ったのかよ? この穀潰しが! 早く潰れちまえ!」


 思わず、と言えば、そうなのだが。フィセは、自分自身の腹の底を再確認した。


 そして、商業ギルドを辞めた。


 数カ月後。


 フィセは、ウル・ヨルン号の船首で、荒れ狂う海面を睨んでいた。肩に担いでいるのは、巨大な漁具、超音衝撃銛砲:クラーケン・バスターだ。そして、ここは、"虚海"。"旧深魔獣オールド・ディープ"の巣窟だ。

 すると、目の前の海が火山噴火の如く白波を上げた。


「あ、あれは! まさか?! ジ・オルド! ……ア・ベイラに次ぐ神話級ですよ?!」


 観測手が叫ぶ。シャーク・ハンターズの面々は、その巨体に恐れおののく。しかし、フィセは、

 

 フッ、と咥えていた串を吐き捨てると、


「はんっ! 神話だかなんだか知らんけど。あれも美味しい"おつまみ"でしょ? なぁ、野郎どもぉ?!」


 と、フィセは不敵な笑みを浮かべた。


「うぉぉぉぉぉぉ!」

「やってやる! また伝説を作ってやるぜ! 俺は!!」


 乗組員は自らを鼓舞するように、フィセの言葉に応える。


「さぁ、楽しいことしようぜ! 美味い酒を飲もうぜ!」


 フィセは撃鉄を起こし、獰猛に笑う。また、神話に刻まれる海戦が始まった。


 その頃、居酒屋領主館では、


「元同僚のフィセが、この前転職したらしくて。なんか、今の職場が最高に楽しいって、送られてきた手紙に書いてあって、私、本当に嬉しいんですよねぇ!」


 マーサがレモンサワー片手にラルフに語っていた。


 ラルフは、


(フィセ? ……うーん? なんか、……シャーク・ハンターズに最近加入したメンバーが、そんな名前だったような?)

 と思い当たったが、あまり深く考えないようにした。

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― 新着の感想 ―
心の底に汚泥のように溜まっていたものが吹き出してしまったんでしょうねぇ… まぁ、楽しそうでなによりw
受付嬢がどんどん減って受付親父に代わって行きラルフが冒険者に恨まれる世界線がやってくるのか!?
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