152.屋台と栄光の物語
ロートシュタイン祭、六日目の午前。
広場には、早朝から多くの人々が詰めかけていた。ついに、屋台コンテストの結果発表を迎えるのだ。特設舞台の席上には、公爵ラルフ・ドーソンをはじめ、国王ウラデュウス、そして共和国の参事会議員や帝国の皇女、聖教国の司祭など、各国から招かれた重鎮たちが居並んでいた。しかし、連日連夜の祭りの喧騒で、彼らの顔にはどこか疲労の色が浮かび、二日酔いの気配すら漂っていた。
「それでは、ついに! 屋台コンテストの結果が出ました! 余談なのですが、我々、商業ギルドの職員は徹夜でした!! 集計作業のために我々はもう死にそうです!!!」
商業ギルドマスターのバルドルが、謎のハイテンションで恨み節を交えながら司会進行を務める。その目元には大きな隈が見て取れる。ラルフは「たはぁ」と奇妙な溜息をついた。まさかこのような形でブラック労働を強いてしまっていたとは。前世ならば労基や中小企業庁が動いてしまう案件だと、反省する。
「いぇー!」
「ふぉー!」
「ポンコツぅ! ポンコツラーメン!」
観客たちは朝から元気いっぱいに叫び続ける。
「では! まずは売上金額第一位を獲得! 絶品チーズバーガーとケバブ! マクダナウェル・バーガーだぁ!」
「ふぉぉぉぉぉー!」
「やったぜぇ!」
客席にいたマクダナウェル商会の従業員たちが一斉に騒ぎ出す。商会長のロビー・マクダナウェルは、男泣きしてしまっている。ラルフは壇上にロビーを招き、トロフィーを手に彼に歩み寄った。
「ダントツの一位でした。さすがっす!」
そう言ってトロフィーを手渡す。
「うぐっ、ぐっ。こんな日が、こんな日が来るなんて……」
ロビーは感極まっていた。金貸しという裏稼業から一代で一大バーガーチェーンにまで成り上がったのだ。胸中に去来する様々な思いが、彼に涙を溢れさせたのだろう。彼らが作り出した、大量に作り素早く提供するオペレーション能力と、チームワークの勝利だった。
「さあ、続きまして……、冒険者ギルド特別賞です! これは、冒険者たちやギルドの幹部たちの投票によって選ばれました。魔獣肉や、解体技法、そして野草による味付けなど、冒険者視点からの独自性が評価されたように思われます。……では、冒険者ギルド特別賞は……、ジーニーの串焼き!」
「はっ?! 嘘だろ! 俺が?!」
冒険者のジーニーが副業で営む屋台。エルフたちから仕入れた味噌を使ったタレを絡めた、オーク肉の串焼き。冒険者と美食の街といわれるロートシュタインに相応しい、まさに伝統と革新の味が凝縮されていた。
冒険者ギルドのマスターからトロフィーを受け取ったジーニーは、観客たちに揉みくちゃにされ、さらには胴上げをされていた。
「さて、続きましては……。ラルフ・ドーソン公爵。お願いします」
引き継いだラルフは、マイクを握りしめる。
「はい。続いての部門賞は、公爵のお気に入り賞です! 僕が独断と偏見で選んだぞ!」
「ひゅー!」
「ラルフ様ぁ! 俺のラーメンだろぉ!」
「あたしのカレーパンよねぇ!」
と絶叫が上がる。それらを気にせず、ラルフは発表した。
「では、公爵のお気に入り賞は……。唐揚げと味玉唐揚げの、ミンネとハルとクレア王妃!」
「うぉおおおおお!」
「納得っ!」
「ひいきだ! ひいき!」
割れるような歓声が上がる。しかし、ちょこちょこと壇上に上がってきたミンネとハルを見て、観客席からは一際大きな声が響いた。
「ミンネたん! ミンネたん! 尊い!」
「ハルちゃん! 最高ぅ!」
「クレア様、どうか、踏んで下さい! 俺を蔑んだ目で踏んで下さい!」
野太い歓声が飛び交う中、壇上に三人が立ち並び、代表してハルが大きなトロフィーをラルフから受け取ると、また一際大きな歓声が上がった。
「では、続きまして。五大侯の選定印です。これは、他国からいらっしゃった来賓の皆様からの得票にて決まりました。言わば、国際的な栄誉ある賞となります。その栄光を勝ち取ったのが……川海老のトルティーヤ巻き! エマ!」
再び歓声が上がる。店主の少女、エマは共和国からやってきた難民で、一時期、居酒屋領主館でも働いていたことがある。あまりの驚きに茫然自失と立ち尽くしていた。
「さっ、エマ嬢、壇上へ」
そう促されて、やっとの足取りで階段を登る。共和国の参事会議員のティボーがトロフィーを手に歩み寄った。
「あのトルティーヤ巻きは本当に美味しかった。国に帰ったら食べられなくなるのが口惜しい……。なので、是非とも、共和国に戻ってきてはくれまいか? これから共和国は全力で難民たちに対しての政策を考える。この通りだ!」
まさかのティボーが、一国の重鎮が、少女に頭を下げる。
すると、エマはにこやかに告げた。
「私はもう、このロートシュタインの民です。でも、もっと店を大きくして、いつかは共和国にも出店できるように、頑張ります」
ティボーは複雑な表情をしていたが、彼女の健闘を称え、固く握手を交わした。
「さあ、色々思うところはありますが。どんどんいきましょう! 次は聖火の大鍋杯! ここ、ロートシュタインの地元住民たちによる得票数が多かった屋台に贈られます。では……聖火の大鍋杯は……カレーパン! エリカ嬢!」
「ふぉー!!!」
「よくやったぁ!」
「エリカぁ! スパイスクイーン!」
エリカファンによる絶叫が巻き起こる。エリカは堂々とした足取りで、金髪のドリルツインテールを自慢げに揺らしながら登壇した。父であるリック・デューゼンバーグ伯爵からトロフィーが渡される。デューゼンバーグ伯爵は、思わずエリカを抱きしめてしまった。ちょっとだけ恥ずかしそうにしたエリカは、振り返ると、観客たちに向かって叫んだ。
「カレー最強!」
すると、
「カレー最強っ!!!!」
と、多くの者が返してきた。ラルフは、
(新興宗教か?……)と不安になった。
「さてお次は、月下の杯です。これは、夜の部、つまりナイトマーケットでの得票数、そして話題を掻っ攫った一杯に贈られます。その一杯とは……極み火酒ハイボール! ドワーフのイーラ・グレイグ!!」
うぉぉぉぉぉ! とドワーフの職人たちが声を上げる。まさか、亜人とされるドワーフ族に人族がこのような栄誉を与えてくれるとは思わなかったのだ。その興奮は凄まじく、イーラだけでなくドワーフたちが続々と壇上になだれ込んで来た。
「ちょっ! ちょっと待って、皆の者! 落ち着け! イーラさん! イーラさんはどこ?!」
トロフィーを渡す手筈になっていたグレン子爵が困惑している。ラルフたちは苦笑いを浮かべながら、その破茶滅茶な受賞風景を眺めていた。やっとドワーフたちが捌け、受賞式は続行する。
「続きまして。これは、最も栄誉ある賞とも言えるでしょう。金獅子勲章の発表です。これは、王族の皆様一押しの屋台に贈られます。この最も栄誉ある賞に輝いたのは…………。血のラーメン! ポンコツ三人娘!!!」
「うおおおおおおおおぉ!」
「ぎゃあああああぁ!!」
「ポッ、ポッ、ポンコ……、あ、ダメだ、意識が……」
「パメラぁ!」
「マジィ!」
「ジュリぃ!!」
大地を揺るがすほどの熱狂が渦巻く。
当の本人たちは、ポカーンと間抜け面を晒している。
農村から出てきた、かつて稼げない冒険者だった三人娘は、ある日、血のラーメンを開発した。そして今、王家の印を得たも同然だ。このような劇的な下剋上物語があるのかと、仲間の冒険者たちの興奮は絶頂を迎えていた。
「ほら! 三人とも、ボサッとしてないで。上がれ上がれ!」
仲間たちに背中を押され、三人娘の目の前には国王様が立っている。そして、
「私がこのロートシュタインで、はじめて食べたラーメンがそなたたちの血のラーメンだった。覚えているかな?」
「うぐっ、ひっく、うぐっ。は、はい!」
涙をだらだら流しながらパメラが答えた。
「パメラ殿、よく頑張ってきたな! マジィ殿、そなたが皆のまとめ役だったな、いつも偉いぞ! ジュリ殿、いつも元気で笑顔を絶やさない、そなたに救われている者は多いぞ!」
「うぐっ、あああ! ヴラドさーん!」
「う、う、う、偉そうなおっちゃーん!」
マジィとジュリも大泣きしながら、いつもの呼び方で、国王ウラデュウスと熱い抱擁を交わした。
たかがメシ、されど。
ロートシュタインの屋台には、語られぬ多くの物語が秘められていた。報われぬ者の成功。夢破れた者の再びの栄光。うらぶれ荒んだ先で再び立ち上がった者たち。それぞれの物語に、客たちは精一杯の祝福の言葉を投げかけ続けた。




