151.アジタマカラアゲ
屋台街は、浮かれ華やいだ人々が波のように押し寄せ、喧騒の極みに達していた。店主たちの威勢の良い呼び声が、晴れ渡る青空に吸い込まれていく。
「いらっしゃい! いらっしゃい!」
「真っ赤で美味しい、血のナポリタンだよぉ!」
ポンコツラーメンのパメラが叫ぶ物騒なメニューに、客たちは思わず足を止める。
「へいらっしゃい! 何?! カツオの炙りだってぇ? さてはお客さん、ツウだね?」
漁師飯の店主が威勢よく客を迎え、香ばしい匂いが辺りに満ちる。
急遽広場に増設されたテーブルでは、人々が思い思いの美味に舌鼓をうち、酒を酌み交わし、語り合っていた。もはや貴族も平民も、王侯貴族も農民も、王国も外国も関係なく、まるで居酒屋領主館の毎晩の喧騒が街全体に広がったかのようだった。
ラルフは、本日何杯目になるか分からないビールを片手に、ふらふらと屋台の列を眺めていた。その視線の先で、見慣れた二つの顔が彼に気づき、元気な声を上げた。
「あっ! お兄ちゃん! お疲れ様です!」
「お疲れーっです!」
ミンネとハルだ。彼女たちが屋台を出していたことを思い出し、ラルフは思わず破顔した。
「おー! そういえば、二人も屋台出してたんだったな!」
「そうだよー!」
「えっへん!」
幼い胸を張る二人の姿に、ラルフの心はほんわりと温かくなる。その時、屋台の中にもう一人、調理をしている人物がいることに気がついた。その人物が、まるで老舗小料理屋の女将のような割烹着を着て、優雅な仕草でラルフに声をかける。
「ドーソン公爵もいかが? 二人の考案したスペシャルメニューを食べてみたら?」
その声の主を見て、ラルフは心底驚愕した。
「ク、クレアさま?! 何してんです?!」
まさかのクレア王妃だった。王族の女性がこのような形で屋台で料理を作っているなど、あってはならない事態だ。
「何って、まだ小さい二人に揚げ物を任せるなんて、不安じゃない? だから手伝いを買って出たの!」
クレア王妃はにこやかに答える。しかし、ラルフは混乱を隠せない。
「いや! 王妃様に揚げ物任せるのも不安しかないですから?!」
「まあまあ、いいのいいの!」
ラルフは軽くあしらわれてしまい、なすすべなく肩をすくめた。
「はい! お兄ちゃん、どうぞ!」
ミンネが温かい包みを差し出してくれた。
「あっ、うん。ありがとう。おっ! 唐揚げか?!」
包みの中を覗き込むと、熱々の茶色い塊たちが顔を出す。これは確実にビールに合うと確信し、ラルフはそれを一口齧りついた。
「むふぅー!」
思わず感嘆の声が漏れる。サクサクの衣、醤油とニンニクがガツンと効いた下味、そしてジュワリと溢れ出す肉汁。たまらずビールを一気に流し込んだ。
「どう?」
ハルが期待に満ちた瞳で尋ねてくる。
「んまい!! これは凄い! 肉はロックバードかな?」
「ううん。それは、コロントロっていう飛べない鳥で、青い卵を産む魔獣の一種なんだって」
ミンネの説明に、ラルフは感心する。
「ほう。確かに、旨味が後から後から湧いてくるような……モグモグ」
ラルフは前世の知識から、(青い卵? アローカナかな?)と、ニワトリの一種を思い浮かべた。
「その、アジタマカラアゲもオススメだよ!」
その言葉を聞いたラルフは、包みの中を見た。確かに、コロッと丸い唐揚げがある。ラルフはそれをガブリと頬張った。その瞬間、ラルフの脳天に旨味の稲妻が突き抜けた。
「うっ! これは……、飯を、白飯を……!」
「はい!」
ミンネが小丼に盛られた白飯を差し出してくれた。ラルフは思わずそれをかき込む。
「うんまぁ!!!」
強烈な旨味を秘めたコロントロの卵。それをかなり濃い味付けにした味玉。それをまさか唐揚げにするなんて、天才の所業! これこそまさに白飯泥棒だ! ラルフは感動で打ち震えた。
「っていうか、なんで白飯まであるの?」
「絶対にカラアゲ丼もあった方がいいなって!」
「んもう、……君たち、天才!!」
ラルフは感極まって、二人の柔らかなブラウンヘアーを優しく撫でた。ラルフ・ドーソン公爵、二十三歳、独身。子供はいないが、この魅惑の屋台メシの味に、謎の父性に目覚めてしまいそうになるのだった。




