149.波乱のレース
「目抜き通りを抜け、まずはストレート! やはりここはパワーのある車体が有利かッ?! クーパーが置いていかれる。ナード選手が後れをとった!」
マルティの実況が熱を帯びる。観客たちは酒を呷り、屋台の美味を頬張りながら、沸き立つような歓声を上げていた。
「ちょっとロードスターも不利かぁ? まあ、まだわからんよ!」
ラルフはアメリカンドッグをモサモサと食べながら、どこか気のない調子で解説する。
「先頭をとったのはバッソ選手のチーター! 続いてリック選手のマーク・ワン!」
「大方予想通りかな? シルフィーも速い速い! 余程優秀な魔導エンジニアを雇ったな? アンナぁ! ビールちょうだい!」
「えっ? やっ、ちょっと領主様、飲みながら、って……」
「堅いこと言いなさんな。お祭りなんだから」
ラルフは軽くあしらい、各車が怒涛の勢いで第一コーナーに突入していくのを眺めた。
「あーっ! と、ここでクラッシュ! バッソ選手、曲がり切れずに家具屋に突っ込んだァァァ!」
「ギャー!! 俺の店がぁぁぁぁ!」
観客席から、家具屋の主人の悲鳴が上がる。だが、解説席のラルフは涼しい顔でマイクを握った。
「えー。今回、レース中に起きた損害については、補償が出ます! 最低でも新築に建て替えできるほどの金額をお支払いしますので、ご安心下さい!」
「ううぉぉぉぉぉぉ! やったぜ!」
歓喜の声を上げた家具屋の主人は、手元のビールを一気飲みした。
「ウチにも突っ込めぇ!」
「ミュリエルちゃーん! アタイの店を破壊しておくれぇ!」
商人たちの間で、謎の白熱した声が上がり始める。
「現在トップはマーク・ワン! 続いてシルフィー! ここからはテクニカルなコーナーが続きます。道幅も狭く、オーバーテイクは難しいでしょう!」
「いやぁ、そうでもないんだなぁ」
ラルフは意味深に呟いた。
「ロデム橋を抜け、職人街へ。路面状況は石畳へ。なかなかハードだ! 続くヘアピンカーブ! おおおおおっとぉぉぉぉ! まさかのここで、レグ選手がシルフィーのインを突いた! ぶつかる! ぶつかる!」
「いや、いける!」
「いったぁぁぁぁ! まさに魔法のようなクイックコーナリング! 領主様、いったい今のは何が起きたんですか?!」
マルティの興奮した声に、ラルフは不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ、あれはな。"溝落とし"だ! イン側の溝にタイヤを引っ掛けて、無理矢理に曲がる!」
そして、遠心力から解き放たれるまま、アウト側へと一気に加速するロードスター。バックファイヤーの咆哮が木霊する。
「ここで驚異的な追い上げを見せるのは、クーパーとセブンスターだ!」
「うーわ。ミュリエル、かなり阿漕な走りしてるなぁ、っていうか、ドリフト上手っ!」
「あーはっはっはっはっはぁ!」
心底楽しそうにハンドルを握るエルフのミュリエル。車体のケツをブンブン振り回し、後輪をスライドさせ、砂埃を巻き上げる。沿道で飲食を楽しむ者たちは、やや迷惑そうな顔をしていた。
「そして熱き戦いは水路沿いのストレートへ。路面はダート。おおおおっとぉ! コースに侵入車が! 何者かが、魔導小型二輪車に二人乗りする何者かが、ミュリエル選手のセブンスターに並走しています!」
「はぁ?! あのバカ共が! おーい! エリカぁ、ヴィヴィアン! 小型二輪車であるキャブのニケツは炎上案件だからぁ!」
「えっ?! 炎上?! 燃えるんですか?!」
「えっ?! いやまあ、物理的にじゃなくてだな……」
ラルフは言い淀む。
「何やら仲間達が叱咤激励に来たようです。侵入車は沿道へ消えていく……。あーっとぉぉぉ! ここでまた侵入者、いや珍入者がぁぁぁぁ!」
それは、「ヌーヌー」と鳴きながらコース上にトテトテと入って来てしまった、ラヌートというモフモフ魔獣だった。
「えっ?! うわぁぁぁぁ!」
それを避けようと、エボを駆るトミーが思わずハンドルを切ってしまう。そして、
「うわぁぁぁぁ! トミー・マッキノン選手! 水路に落車! これは酷い!」
柵を突き破り、バッシャーン! と盛大な水飛沫を上げた。
「あっらぁ、あの魔導車高いのに……。保険入ってたのかなぁ?」
ラルフは思わず心配してしまった。
「さあ、水門を過ぎて再び市街地。倉庫街だ。道幅は広く、オーバーテイクのチャンス。……ん? 領主様? シンシア選手のシルフィー、何やら煙が出てませんか?」
「えっ? うわぁ、オーバーヒートかなぁ? あの車体は冷却が課題だったんだけど。やっぱり無理なチューンナップが祟ったかぁ」
「減速するシルフィー。それを華麗にオーバーテイク、セブンスターだぁ! 次のコーナーが迫る!」
「アンナぁ! ビールおかわりぃ!」
「ちょっとぉ! 領主様ぁ?!」
その時、ミュリエルのセブンスターのタイヤがスライドしながら、道に落ちていた煉瓦片を踏んだ。
「へっ?」
一瞬の浮遊感を感じたミュリエルは、次の瞬間には景色が回転していることを不思議に思った。
「うわー!」
「きゃー!」
派手に回転し宙を舞うセブンスターの車体が、沿道の人々の方へ転がっていく。人々は間一髪でそれを回避し、セブンスターは、堆肥の山に突っ込んで停止した。
「うわぁぁぁぁ! これは酷い。大変な事故が起きてしまいました! ミュリエル選手は無事なのかぁ?!」
さすがのラルフも居ても立ってもいられず、解説席を飛び出して現場に向かった。
事故現場に着くと、エリカとヴィヴィアンをはじめ、観客たちが運転席のミュリエルを救出し、堆肥の山からセブンスターを引っ張り出していた。ミュリエルは特に怪我はなく意識もはっきりしているようだが、とにかく目を回している。
「はー、回る回るわぁ。世界は回る……」
「しっかりしなさい! さぁ! 早く! 早くレースに戻るのよ! アンタが負けたら! またアタシは大損こくんだからぁ?!」
やっぱり。賭けてたな? とラルフは呆れた。何かしら法的な規制がそろそろ必要だろうかと悩ましくなる。
「エリカ殿! エンジンは掛かるが、折れ曲がったバンパー部分がタイヤに干渉しているようだ! このままでは復帰できない!」
セブンスターの車体の下を覗き込んでいたヴィヴィアンが叫んだ。
「くっそぉ! ここで諦めてなるものですか!!」
「おっ、おい、エリカ?」
ラルフはエリカの迫力に思わずたじろぐ。
彼女は道端に転がっていた大きな縁石の欠片を拾い上げ、故障箇所のバンパーをガンガンとぶっ叩き始めた。すると、バキッと音を立ててタイヤに干渉していた箇所が割れ落ちる。
「よし! これでいける! ミュリエル! しっかりしなさい! ほらコレ飲んで!」
と、回復ポーションの瓶をミュリエルの口に突っ込む。
「んぐ、んぐ、ぷはぁ~! なんならビールが飲みてがったなぁ!」
「飲酒運転はダメに決まってるでしょ! ほら早く乗りなさい!」
「うへぇ……」
そう言って、セブンスターに乗り込むミュリエル。ガオン! と魔導炉が唸りを上げ、キュキュキュっとスキール音を奏で、コースに戻っていった。
「ふぅ」
「なんとか復帰はできましたねぇ」
と、ひと息ついたエリカとヴィヴィアン。その姿は泥と堆肥まみれで、とてもご令嬢と宮廷魔術師のものではない。そんな二人に対して、
「《水球弾》」
ラルフは特大の水魔法をぶち当てた。ひとまずこれで大まかに汚れは落とせた。
「とにかくだ。二人とも風呂に入って、着替えることをオススメするぞ」
そう言い残し、ラルフは去っていった。
遠くから魔導車たちの咆哮が聞こえてくる空の下、エリカとヴィヴィアンは水を滴らせながら、無表情で立ち尽くしていた。




