148.スターティング・グリッド
暑い日差しが照りつけるロートシュタインの石畳に、八台の魔導車が並んでいた。
街道から市民区、そして歴史ある水門を経て旧市場を縫う、市街特設コース。普段から賑わいの空気を纏うこの街が、今日はまた別の顔を見せていた。
この世界初の公式魔導車レース。
その名も――《ロートシュタイン・グランプリ》。
市民は建物の窓から、広場の大型魔導スクリーンから、あるいは街角の屋台越しに、この非日常を見守っている。
「歴史が始まるその瞬間を、我々は見届けようとしています……!」
実況のマルティが、会場全体に響くよう魔導拡声器で語りかける。
「魔導エンジンの轟きが、ここロートシュタインにこだまする! 栄えある第一回――《ロートシュタイン・グランプリ》、まもなく開幕ッ!」
並ぶマシンに、熱風がうねった。
街を震わせるような重低音とともに、各車の魔導炉が脈動を始める。
「本日は解説に、この街の主――ラルフ・ドーソン公爵閣下をお迎えしています!」
ひときわ落ち着いた声が返る。
「どーもー。いやぁ、こんな日が来るとは思わなかったねぇ。市街を走らせてくれって言われた時は、マジかヤベーわ、見たいわぁ、と思ったよねぇ」
肩の力が抜けたような声。だが、その裏には確かな熱があった。ロートシュタインの技術と、遊び心を愛する男の声だった。
「では早速、注目の出場者を一人ずつ見てまいりましょう!」
第一グリッド、赤の小型魔導車――クーパー。
「まずは、王都からやってきた洗濯屋! ナード・ベルグ選手と赤のクーパー!」
「クーパーかぁ。あれはね、小回りは利くけど、直線でどれだけ伸びるかが課題なんだよね。まあ、運転してて楽しい車ではあるんだよ。ギュインって曲がるし、ふわっと加速するし」
第二グリッド、純白の美しいフォルム、魔導車・シルフィー。
「続いて、辺境伯家のご令嬢! シンシア・シンプソン選手、純白のシルフィー!」
「うーん、シンシアさんって、正直あまり面識ないんだけどね……あのシルフィーはかなりイジってるなぁ。リアの魔導エアスポイラーが変わってる。浮力制御か、エアフローレンジの調整が入ってると思うよ」
第三グリッド、青く輝くチーター。
「こちらは共和国から電撃参戦、議員のバッソ選手! チーターに乗って三日目!」
「買ったばっかりらしいねぇ。だから、完全にノーマル。でもねぇ、あのチーターは速いのよ。魔導パイプの回し方がちょっと特殊でさ、スピードだけなら侮れない。……ま、曲がれれば、の話だけどね!」
第四グリッド、銀色のロードスター。
「次は地元代表! 居酒屋領主館のレグ選手、銀のロードスターで出走!」
「レグはウチの代表だからな! っていうか、僕より運転上手いよ。彼は普段、大型魔導車乗ってるからね。あのロードスターは僕が貸したんだけど、かなり速いよ」
第五グリッド、漆黒のネクサス2。
「“ただのミハエル”と名乗っての参戦! その正体は第三王子……!? 漆黒のネクサス2で登場!」
「ミハエルはねぇ、今回、気合い入ってるよ。昨日も夜遅くまで街道でセッティング出しててさ……近くで野営メシ食べてた人達から、爆音で苦情入ったからね! 魔導核が吠えてたよ」
観客がハハハっ! と笑い。ミハエルは顔を赤らめていた。
第六グリッド、紺色のマーク・ワン。
「続いては貴族の重鎮、伯爵デューゼンバーグ卿! 紺色のマーク・ワンでの出走!」
「マーク・ワンはねぇ、ラグジュアリーカーではあるんだけど……パワーはあるよ。安定性も抜群。何より、乗り心地が最強! レースってなると未知数だけど。割と良いとこいくと思うんだよなぁ」
第七グリッド、赤と白のエボ。
「西大陸の小国から来た無名の男! トミー・マッキノン選手! 赤と白のエボ!」
「トミーさんって、知らないんだけど、エボを買ったかぁ……あれはね、魔導車初の四輪駆動の実験車体なの。雪道仕様だったんだけど、うまく操れば、石畳でも舗装でも化けるよ。重心の跳ね返りがカギだねぇ」
最終グリッド、黄色のセブンスター。
「最後に登場は――金髪の閃光、エルフのミュリエル選手! 黄色のセブンスター!」
「えっ?! ミュリエルも出るの?! いや、まあ、確かに、あいつ、最近稼いだらしいからなぁ……うーん、でも、なんか事故る気しかしない……。うーわ、あの音。セブンスターの魔導流路、絶対触ってると思うんだよね。派手だけど、まともに曲がるかどうかは……運任せかな?」
すべての魔導車が唸りを上げる中、スターターが静かに歩み出る。
風が止み、空気が張り詰めた。
そして――
「第一回ロートシュタイン・グランプリ、スタートです!!」
マルティの絶叫と共に、轟音が街を貫いた。




