表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

139/293

139.パレード

 はじまりは、漆黒の闇だった。


 ロートシュタイン中央広場に集いし何万という観衆のざわめきが、どよめきへと変わる。すべての魔導灯の火が落とされ、広場を包み込むのは、ただひたすらの暗闇。人々は、自分たちの鼓動が、これからはじまるであろう未知の騒動への期待で、狂おしいほどに高鳴っているのを感じていた。一人一人の息遣いが、その場の張り詰めた緊張感をさらに膨張させてゆく。誰もが舞台が設置された方向へと目を凝らし、これから起こるであろう奇跡を予感していた。


 その刹那、力強く、伸びやかなラッパの音色が、静寂を切り裂いた。


 丁寧に、そしてゆっくりと音階を登りゆくメロディー。それは、まさに天から降り注ぐ福音のようだった。ラルフの拡声魔法によって、その音色はロートシュタインの街全体に、いや、この世界の隅々にまで届くかのように鳴り響く。

 そして、次の瞬間、爆発とも錯覚するほどのファンファーレが、人々の身体を、魂の奥底までをも貫いた。宮廷楽団の、全員による、心臓を鷲掴みにするような全力の音の一撃。


「うぉおおお!」

「キャー!!!」

「なんだこれ?! なんだこれ?!」


 観客たちの興奮は、もはや制御不能だった。度肝を抜かれた人々は、叫び、跳ね、その感動を全身で表現する。魔道具による照明が、赤、黄色、緑の鮮やかな光を放ち、まるで音そのものが具現化したかのように、空間を駆け巡る。

 太鼓の音が、ゆっくりと、しかし確実にリズムを刻みながら、そのテンポを落としてゆく。そして、再びあのラッパのシンプルな上昇旋律。


 舞台の袖で指揮棒を振るう楽団長のオルランドは、このたった短い時間の中で、すでに大量の汗をかいていた。彼の顔には、狂気的なまでの笑みが浮かんでいる。


(なんだ?! なんなのだ?! この高揚感は、なんなのだこの楽曲は?! やはり、あの若き大魔導士は天才だ! いや、音楽の女神、ミューズが遣わされた使徒なのではなかろうか?!)


 ラルフがこのロートシュタイン祭のオープニングセレモニーの開幕に選んだ楽曲は、前世で幾度となく人々の心を震わせてきた、あの有名な、

『ツァラトゥストラはかく語りき』だった。

 その壮大な旋律は、まるで宇宙を駆ける惑星運動を描いたかのようであり、聴く者の魂を遥かな高みへと誘う迫力に満ちていた。前世でも、このような大一番の場面では何かと便利な楽曲だったと、ラルフは密かにほくそ笑む。


 再び、強烈なファンファーレが轟く。


「うぉー!」

「いぇー!」


 そして、この楽曲の最大の盛り上がりであるセクション。舞台裏で待機していた魔導士たちが、満を持して魔術を夜空へと打ち上げる。それは、ラルフが開発した爆裂魔法の応用、《速射連発花火スターマイン》。夜空に咲き乱れる無数の光の花が、人々を歓喜の渦へと引きずり込む。


 色鮮やかな照明と魔力花火の明滅により、それまで闇に包まれていた舞台の上空が、突如として照らし出された。


 すると、そこには。


 威風堂々とした立ち姿の、赤色の巨大なワイバーンがそびえ立っていた。その皮膚は鱗に覆われ、魔導光に反射して鈍く光る。


「ギャオオオオオオ!」


 ワイバーンは夜空に向かって咆哮し、特大のブレスを放った。火炎の奔流が夜の闇を切り裂き、その熱気が観客席にまで届く。


「うわぁぁぁぁ!」

「わ。わ、ワイバーンだぁ!」


 観客たちはもはやパニックだった。恐怖と興奮が入り混じった叫び声が広場に木霊する。しかし、誰もがその圧倒的な光景から目を離すことができなかった。

 そして、ワイバーンの巨大な体の後ろには、王国の旗と、誇らしげなロートシュタインの旗が、夜風にはためいていた。


 そして、またも唐突な暗転。


 観客たちは訳がわからないまま、キョロキョロと辺りを見渡す。今、自分たちが目にしたすべてが、まるで幻だったかのように、暗闇と静寂が広場を支配していた。一体、何が起こったのか。興奮の余韻だけが、人々の胸に強く残っていた。

すると。


 ポロロンっ、


 と、弦楽器を爪弾く優しい音が、静かに響き渡った。その音色は、先の喧騒とはまるで対照的で、聴く者の心を穏やかに撫でる。


街道をゆく〜♪

山脈をこえてぇ〜♪


 舞台上にピンスポットライトが淡く浮かび上がり始める。その光の中に、弦楽器を持って立つ、二人の姿が浮かび上がった。


「きゃああああ!! ラルフさまぁ!」

「ソニアさーん! ソニアさんだぁ!」

「うっそだろ! いきなりここでラルフ&ソニアの出番かよ?!」


 女性たちの悲鳴にも似た歓声が、広場を揺らした。街道整備記念式典以来、ラルフとソニアは王都では、ちょっとした大人気フォークデュオのような存在になってしまっていたのだ。その人気と熱気は凄まじく、観客の中には、興奮のあまりバタリ、バタリと何人か卒倒し、医務室送りになるほどの者までいた。


 鳥達は東へ♪ 僕は街へ♪


 ソニアの伸びやかで透き通るような歌声と、ラルフの飄々としていながらも、その奥に確かな芯を感じさせる歌声が重なり合う。

 そこに、静かに静かに、宮廷楽団のオーケストレーションが加わってくる。弦楽器の音色が、二人の歌声に深みと広がりを与え、聴く者の心を温かく包み込んだ。


 君は待っているかい♪

 旅の終わりにぃ♪


 南風に言の葉を預けるように僕は歌う♪

 ヒラヒラと舞い落ちる花びらの影ぇ♪


 街道をゆく♪ 山脈をこえてぇ♪


 この世界で古くから愛され、詠み人知らずのまま歌い継がれてきた名曲。ラルフは、遠い異国からここロートシュタインにやってくる人々を饗すのに、この曲が最も相応しいと思ったのだ。


 曲が終わると、痛いほどの静寂が訪れた。誰もが舞台を見上げる。中には、とめどなく涙を流し、号泣している者もいた。その感動は、言葉では表現しきれないほどだった。


「ご来場の皆様。お待たせ致しました。ロートシュタイン祭! ……はーじまーるよっ!」


 と、ラルフのなんだか締まらない、間抜けな挨拶に、何人かがズッコケた。しかし、それはそれで彼らしいと、人々は苦笑いをしながら酒を飲む。彼の奔放さが、この祭の自由な雰囲気を象徴しているかのようだった。


 すると、またも壮大でいて、今度は軽快なファンファーレが「ダダダンダダダン!」と鳴り響く。

 次の楽曲は『ラデツキー行進曲』だった。

 ラルフは、これらの前世の楽曲を、なんとかこの世界で再現できないかと試行錯誤した。さすがの彼も譜面は書けなかったが、この世界のギターに似た弦楽器ララティナを爪弾きながらメロディーを宮廷楽団に聴かせたら、楽団のメンバーたちはあーだこーだと編曲を話し合いはじめ、みるみるうちに楽曲が組み上がってしまったのだ。


(さすが、プロは違うなぁ)


 と、ラルフは感動すらしてしまった。


「あっ! あそこを見ろ!」


 観客の一人が、歓声を上げて指差した。目抜き通りの向こうから、きらめく灯りを揺らして行進してくる人々の波。

 そう、パレードだ。


「あっ! ポンコツラーメンの三人娘!」

「えっ! あっ、王都のネギたっぷり麺も来てるぞ!」

「おいおい! 串焼きのジーニーもいるぞ!」


 突如として始まった行進は、なんと屋台の店主たちのパレードだった。それぞれが自慢の屋台を魔導車に改造し、キッチンカーのように走行できるようにしていたのだ。これもまた、ラルフの企みの一つだった。ロートシュタインと言えば、美食の街、そして食べ歩きの街。ならば、この祭の真の主役に相応しいのは、貴族でも、ましてや王族たちでもなく……。そう、屋台の店主たちなのだ。


「おー! パメラぁ! 頑張れよ!」

「ジュリ殿ぉ! 儂の推しぃ! はー! 尊い!!」

「セキレイのスパイスラーメンこそ究極!」

「トルティーヤ! トルティーヤぁ!」

「おい! ボブ! テメェ、出世したなぁ!」

「ペニーちゃん! ニニィちゃん! 陽だまりラーメン食堂、バンザイ!」


 貴族も冒険者も、平民も農民も商人も関係なく、誰もが自分の"推し"の屋台に対して、熱のこもった応援の叫びを送る。

 目抜き通りには、何十、いや何百もの屋台が煌びやかに装飾され、行進を繰り広げていた。皆、店主や従業員たちは、その声援に応えるべく、満面の笑みで手を振る。

 その中には、魔導小型二輪車:キャブに跨り、後ろにリヤカーを括り付け、保温器にカレーパンを満載させたエリカの姿もあった。ハンドルを握るエリカは、いつもの不敵な笑みを浮かべてはいるが、どこか少し恥ずかしそうでもあった。顔に当たる風が、彼女の金髪ドリルツインテールをそよがせる。


「エリカぁ!」

「エリカちゃーん!」

「カレーこそ最強だろぉ?!」


 意外にもエリカファンは多い。その多くが、居酒屋領主館の常連たちだ。

 しかし、王都から訪れた貴族令嬢たちの中には驚愕の声も交じっていた。


「えっ? ウソ! あれ、エリカ・デューゼンバーグよね?!」

「ええっ?! 追放されて、奴隷落ちしたんじゃなかったの?!」


 エリカのかつての同級生たちの雑音など、どこ吹く風だ。確かに、奴隷という最低な身分ではある。だが、普通の貴族令嬢とは違う。好きに生き、好きなものを食べる。そんな自由を与えてくれたのが、ここロートシュタインと、ラルフ・ドーソンという男だ。王都のお行儀のよい貴族令嬢たちの評判など、クソ喰らえ! 私はここにいるぞ! と、エリカは胸を張る。競馬に賭ける元手を稼ぐ為に……。


 曲が変わる。今度は、陽気な『聖者の行進』だ。

 来客者たちは、手拍子を叩きながら、酒を飲み、歌い出す者もいる。広場は、まさに狂乱の宴へと変わっていた。


 そこへ、拡声魔法に乗ったラルフの声が、高らかに響く。


「この祭では、屋台コンテストを開催します! 各部門を設け、それぞれ、投票や売上に応じて部門賞と、金一封、そして記念品を贈呈します! 投票と審査は今夜から五日後の朝まで。六日目に結果発表だぁ! 皆様、食って飲んで! 推しの屋台を応援しろよ!」


「ひゅー!」

「おー!」

「食うぞぉ! 飲むぞぉ! その為にダンジョンに潜って稼いだんだぁ!」


 これこそ、本当のお祭り騒ぎ。

 ロートシュタイン祭の第一夜は、こうして盛大に戦いの火蓋が切られたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エリカって、どういう状態なんだったけ? > 確かに、奴隷という最低な身分ではある。 とありますけど、第七王子が出てきたときの顛末で 負債について親がラルフに払う形になった状態なだけで 奴隷身分から解…
オープニング曲、もっといい曲ありますよ。
ようつべでタイトルの音楽聴きながら読ませてもらいました。お祭りの情景がとても伝わってきました。自分もこのお祭りに参加したくなりましたー。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ