136.屋台会議
ラルフが祭りに向けて奔走し、時には飲んだくれる日々を送っている頃、ロートシュタイン商業ギルドの集会場では、熱気あふれる会議が繰り広げられていた。
テーブルを囲むのは、街を代表する屋台の店主たち。彼らの目には、普段の商売とは異なる、特別な輝きが宿っていた。議題はただ一つ、祭りの期間限定スペシャルメニューについてだ。
「私たち鉄血の乙女は、このナポリタンってのをやってみようかと思う!」
通称"ポンコツラーメン"の店主、パメラが、腕まくりをして力強く宣言した。彼女の顔には、新しい挑戦への意気込みが満ちている。鉄鍋を振るうような堂々たる声が、集会場に響いた。
「じゃあ、うちの店は、このトムヤムクン? ってやつを試してみよう」
セキレイのスパイス・ラーメン、フランチャイズ一号店のオーナーであるボブが、腕を組みながら言った。彼の顔には、スパイスの奥深さを探求する職人のような真剣な表情が浮かんでいる。異国の響きを持つ料理名に、周囲からどよめきが漏れた。
「私達は、このバインミー? これをやってみたいです。宿をやっていた時の石窯があるので、パンは作れます!」
陽だまりラーメン食堂のペニーが、控えめながらも熱意を込めて申し出た。彼女の言葉には、妹と二人で懸命に生きてきた過去と、新しいことへの挑戦に臆さない強さが垣間見える。石窯の話には、周囲から感嘆の声が上がった。
「では、我々マクダナウェル商会は、このケバブとやらをやってみるか。大量に作り、素早く提供できるオペレーションに関しては、うちが専売特許だ」
ロビー・マクダナウェルが、自信満々に言い放った。その声には、巨大フードチェーン店の代表としての揺るぎないプライドがにじみ出ている。つい先日まで、反社会的勢力と見なされていた男とは思えないほどの変わりようだ。彼の言葉を聞く誰もが、彼の組織がもたらした"食の革命"を認めざるを得なかった。
彼らは、ラルフ・ドーソン公爵から提供された、数々の未知のレシピを振り分ける会議を行っていたのだ。
ロートシュタインの屋台街は、ラーメンや串焼きなど、競合してしまう品が多いのが現状だった。しかし、今回の祭りでは、各国から王侯貴族が押し寄せる。そのため、祭りの会場では各屋台が独立したオリジナルメニューを提供できるよう、ラルフの配慮がなされたのだ。通常ならば、各屋台主が新商品の開発に試行錯誤しなければならないところだが、そのような時間は与えられない。だからこそ、ラルフはまたしても、前世の記憶から掘り出した「未知のレシピ」を大量に提供したのだった。それは、また相変わらずというか、この世界の食文化を根底から覆すような、まさに"味の革命"と呼ぶにふさわしいものだった。
「この、アメリカンドッグって、やりたい店ないー?」
一人がそう問いかけると、間髪入れずに、熱い声が上がった。
「はい! はい!! それ俺がやりたい! というか、普通に食べてみたい!」
その言葉には、新しい味への純粋な好奇心と、商売人としての嗅覚が入り混じっていた。
「じゃあ、この大判焼きは?」
「それうちがやる! 絶対にうちがやるからなぁ!」
屋台オーナーたちの顔は、期待と興奮で高揚していた。ロートシュタインの祭りは、彼らにとって今までで一番の見せ場なのだ。この千載一遇のチャンスをものにし、自分たちの屋台を、ひいてはロートシュタインの食文化を、世界に知らしめる絶好の機会なのだから。
会議が終わり、パメラは自分の屋台"鉄血の乙女特製血のラーメン"に戻った。彼女の店は、今日も客で賑わっている。鉄鍋から立ち上る湯気と、麺を啜る音が、心地よいBGMだ。
「ナポリタン、か……」
彼女は、ラルフからもらったレシピの書かれた紙を広げた。そこには、赤色の鮮やかなソースで和えられた麺の絵が描かれている。血のラーメンと似ているのはトマトソースを使うこと、しかし調理法が独特だ。
「これも美味しいに違いない! 多分……」
正直なところ、半信半疑だった。これまで、ラルフが持ち込んだ「ラーメン」という奇妙な麺料理は、瞬く間にロートシュタインの定番となり、彼女の店を大繁盛させた。しかし、今度の「ナポリタン」は、それ以上に異質に思えた。
「でも、あの領主様なら、間違いはない!」
パメラは、ラルフの言葉を信じることにした。彼の「変人」ぶりは誰もが認めるところだが、彼の提案には常に、人々の心を掴む何かがあった。そして、何よりも、彼女は新しい挑戦が好きだった。
「よし! やってみようじゃないの!」
パメラは、再びエプロンを締め直し、鉄鍋を手に取った。彼女の瞳には、新しい味を創造する料理人の情熱が宿っている。ロートシュタインの祭りは、単なる祭りではない。それは、この街に集う人々が、それぞれの場所で新しい扉を開く「味覚の冒険」となるだろう。
その夜、ロートシュタインの街は、いつもより一層活気づいていた。各屋台からは、新しい料理の試作の匂いが漂ってくる。スパイスの香ばしさ、パンの焼ける甘い匂い、そして、何とも言えない異国の香りが入り混じり、街全体が巨大な厨房になったかのようだった。
遠くから、ラルフとソニアの、どこか間抜けだが楽しそうな歌声が聞こえてくる。
「ら〜♪ ら〜♪」
それは、祭りの始まりを告げる、希望の歌のように響いていた。




