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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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135/293

135.音楽、その音楽

「そうそうそう。そこで、ら〜♪ って」


「ら〜♪」


「違う違う! ハモりだから三度上、ドーレーミー♪ のミー♪ の音で、ら〜♪」


「ら〜♪」


「ら〜♪」


 居酒屋領主館の賑やかな喧騒の中、なんだか間抜けな音楽レッスンが行われていた。主役は、領主ラルフ・ドーソンと吟遊詩人のソニア。二人はギターに似た弦楽器「ララティナ」を抱え、ロートシュタインのお祭りに向けての新曲制作とリハーサルに勤しむ。片手にはそれぞれ、ラルフはビール、ソニアはハチミツハイボールを携えていた。


 この騒がしい場所で練習することに、他意はない。貴族であり、祭りの準備で多忙を極めるラルフが捻出できる時間は、ここくらいのものなのだ。その事情は、ここにいる誰もがなんとなく理解していた。


 同じテーブルでは、この王国で音楽のプロ中のプロ、宮廷楽長のオルランドが、米酒を舐めながら二人のやり取りを興味深そうに見守っている。


「やぁ、本当に、公爵様の音楽は独創的でありますなぁ! そのような旋律と和音をどこで習ったのですか?」


 オルランドの質問に、ラルフは返答に困った。まさか「前世です」とは言えない。苦肉の策として、彼は壮大な嘘をついた。


「魔導士だけがアクセスできる、アカシック・ライブラリに、失われた古代文明の楽譜がありまして……」


「うむー! それは興味深い! もしできれば、それを写本して貰えやしないか?!」


 宮廷楽長は興奮していた。その眼差しは、真の芸術に対する探究心に満ちている。ラルフは、内心で覚悟を決めた。おそらく、これから嘘に嘘を塗り重ねることになるだろう。そして、その罪悪感に苛まれながらも、さらに嘘を重ねてしまうのだ。何が真実で、何が嘘か、自分でもわからなくなっていき、そして最初についた小さな嘘で、いったい自分は何を守ろうとしたのか? と大きな後悔をする日が来るのではないか?! ラルフは、とりあえずビールを一気飲みした。その苦い味が、彼の心中の不安をかき消すかのように喉を通っていく。


「まあ。とにかく、祭り当日は。……というか七日間ぶっ通しの祭りなんだけど。色々協力して貰いたいんすよぉ」


 ラルフは話を切り替えた。


「やるに決まってるだろ! いや、むしろ、やらせて下さい! ですな! 楽団の連中も今から滾って滾って仕方ないようだからな」


 オルランドの言葉には、熱い魂が込められていた。彼の瞳は、音楽への情熱で燃え上がっている。


「えー! なんでそんなブチ上がってますのん?」


 ラルフは不思議そうに首を傾げた。


「そりゃあ、天才吟遊詩人のソニア殿と、ラルフ・ドーソン公爵とセッションできると聞いて、どいつもこいつも浮かれているのですよ」


「あっ! もしかして、街道整備の記念式典の時に、皆さん聴いてらした?」


「その通り! 正直、度肝抜かれました。嫉妬すら浮かばなかった。……あ! ソニア殿、サイン下さい。妻も娘も、そして私も、ファンです」


 オルランドはそう言って、色紙を差し出した。その顔は、一介のファンそのものだ。


「えぇ?! いやー。天才吟遊詩人だなんてぇ、まあ。そんな、そんな気はしてましたねどねぇ! えっへへ!」


 ソニアはまんざらでもない様子で照れ笑いを浮かべた。彼女は、日々の地道な努力が認められたことに、心から喜んでいるようだった。


「まあ、祭りに音楽は欠かせないからねぇ。二人とも、頑張っていきましょ」


 ラルフは軽くそう言う。すると、オルランドは拳を握りしめ、熱く語り始めた。


「その通りだ! やはり、音楽は素晴らしいのだ! 宮廷という箱庭の中で、何も知らん貴族どもを踊らせるだけの音楽など、音楽ではない!! 私は、私は人々の度肝を抜くような音楽がやりたいのだ! ラルフ・ドーソン公爵! 貴方のように!」


「はいはーい! 声が大きいなぁ! ここには王侯貴族もいるから。アンナぁー! 楽団長に米酒追加ぁ! めんどくせーから酔いつぶそうぜぇ!」


 ラルフは、とんでもないオーダーをアンナに入れた。オルランドの熱弁を遮るかのようなその言葉に、アンナは無表情ながらも、どこか呆れたような視線をラルフに送った。


「ラルフ様。このD#dim7ってコード、難し過ぎません?」


 ソニアがラルフの書いたコード譜を見ながら、ウンウンと唸りながら運指を確認している。彼女の指は、複雑なコード進行に戸惑っていた。


「難しいなら、一弦の一フレットだけ押さえて、ちょっと不協和音にはなるけど、主旋律にはぶつからないから、それで誤魔化して。次にEmで解決するから、その方が簡単! あとは勢いでなんとでもなる!」


 ラルフは、まるで天才的なひらめきのように、コツをソニアに伝えた。その音楽理論と、常識外れの簡略化の指示を聞いて、オルランドは驚きを隠せない様子でメモを素早く取る。彼の心の中には、興奮と、そしてわずかな困惑が渦巻いていた。


(というか、この領主は何者なのだ? 大魔導士であり、公爵であり。美味いメシと酒を作る発明家であり。音楽も天才ときた)


 オルランドは、この祭り、このビッグウェーブに乗れる喜びを、心の底から楽しんでいた。ロートシュタインの祭りは、単なる祭りではない。それは、ラルフ・ドーソンという規格外の男が引き起こす、奇跡と混沌の始まりなのだ。そして、オルランド自身もまた、その大きな波の一部となっていくことを感じていた。


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