133.妄想な夜
「はい! では、飲みながらでいいから! 祭りで何やればいいか、みんなで考えるぞー! まずは景気づけの乾杯だ! みんな酒杯は持ったか? いくぞ? では、……ルネサーンス!!」
ラルフは謎の音頭を取って乾杯した。
「ル、ルネサーン、ス?」
「え? な。なに? なんなの?」
「東大陸の言葉か?」
「エルフ語で、乾杯の意味かな?」
「いんやぁ、オラにもわかんねわ。あっハッハッハ!」
居酒屋領主館に集まる人々は、ラルフの言葉の意味が全く理解できず、困惑の色を隠せない。当のラルフは、彼らが困惑のズンドコに叩き落とされた自覚すらないようで、巨大なブランデーグラスでフレーバービールを、んぐんぐと飲んでいる。
その様子を見ていた国王も、もう諦めた様子で、米酒に切り替え、美味い魚を肴に黙々と晩酌を嗜む。ロートシュタインにいる限り、ラルフの奇行にいちいち付き合っていては身が持たないことを、国王は身をもって知っていた。
「やっぱり! ロートシュタインと言えば屋台ですよね!」
ポンコツラーメンの店主、パメラが叫んだ。その声に、貴族や冒険者たちから、「当然」「あったりめーだな!」と声が上がる。
「そりゃあ、勿論だな! 屋台のみんなは特別なスペシャルメニューでも考えてくれよ!」
ラルフのその声に、屋台の店主や露天商を営む者たちは、あーでもないこーでもないと相談を始めた。
「でも、ドーソン公爵! 各国から大量に来賓が集まるのだろう? その対応はどうするのだ?」
一人の貴族が、真面目な顔で尋ねた。
「あー。それは、知らん! 忙しくて対応できないから、好きに来て、好きに騒げ! どうせここにも間者が紛れ込んでいるんだろ? お国に伝えとけよ!」
ラルフはあっけらかんと言い放った。
ギクッ! と、何人かの人間が反応した。その様子を見逃さなかった者が、隣の人物を指さして叫ぶ。
「あっ! 領主さま! こいつギクッって言いましたよ! おい! お前、どこの国の間者だ?! 帝国か? 共和国か?!」
「いや、いや! 何のことか?! わ、わ、私はただ」
「いいから、放っておけって。お勤めご苦労さん。皆さんご所望の、ドラゴン肉の競りも開催するので、大枚持ってご来場下さい!」
ラルフはそう言って、巨大なブランデーグラスのビールを再びグビグビと飲み干した。
「はいはーい! 私はモフモフ動物園をやりたいわ!」
クレア王妃が、また自分の趣味に全振りした提案をしてきた。
「んじゃ、それはヴィヴィアンと冒険者ギルドで連携してやってくれ。金は出す!」
「ふぉー!」
「いぇー!」
一部の貴族が盛り上がる。意外にもモフモフ好きが多かったようだ。
「あ、はーい! はーい!」
ミンネとハルが大きな声で手を上げた。その可愛らしい姿に、みんなホッコリと頬を緩める。
「その……、お兄ちゃんと、ソニアさんの、歌。また聴きたいなぁ、って」
控えめに発言したミンネの言葉に、「当然だな」「やらない理由がない」と皆が同意した。
「んじゃあ、また新曲でも作るか? ソニア?」
「もちろんです! 是非またコラボしましょう!」
吟遊詩人のソニアはハイボールを片手に、ご満悦の表情で頷いた。
「あ、あの! 私もいいか! 武闘会なんて、どうだろう?」
腹ペコ女騎士のミラが発言した。
「おー。なるほど! 会場をどうするか。闘技場を建設するか……? いや、水上都市の湖に浮島を造って、そっから落ちたら負け、とか?」
ラルフの提案に、冒険者の何人かが叫んだ。
「ラルフ様! あんた天才だぜ!」
水に濡れた女騎士を見たいという、謎の性癖を拗らせているようだ。
「領主館と屋台街と港町と水上都市と、かなり移動距離がありますよ? 一日だけの開催でいいんですか?」
商業ギルドのギルマス、バルドルが建設的な意見を述べた。
「あー。なるほど。ぶっ通しで七日間くらいやってみるか?」
その言葉に、カニシュウマイを食っていたランドルフ第七王子が目を輝かせた。
「うーわ! やば! 超楽しそうではないか!」
すると、ミハエル王子が提案してきた。
「魔導車を走らせて、誰が一番速いか競わせるのはどうか?!」
魔導車好きな貴族たちが「や、やりたい!」「ほう、またカスタムパーツを注文しないとだな」「まあ、私のマーク・ワンが最速だがね」と、興奮気味に盛り上がっている。
「なるほど……レースかぁ。ありかもなぁ」
ラルフは呟いた。街道をぶっ飛ばして直線番長を決める、湾岸ではないがミッドでナイトなレースも良いだろう。
隣の領地との間にクネクネ峠道もある。白黒パンダなチート旧車が活躍するラリーマンガ的な展開も面白そうだ、と、ラルフは思考を巡らせた。
「競馬は? 何か大きな賞をやったらいいんじゃない?」
カレーと競馬をこよなく愛するエリカが提案してきた。
あーでもないこーでもない、と居酒屋領主館とロートシュタインの夜は更けていく。祭りの企画は、ラルフの奇行とロートシュタインの住人たちの熱意によって、確実に形になりつつあった。




